こうげん

自分の趣味をわかりやすく明文化して、みんなに読んでもらえるような、興味を持たれるような…

こうげん

自分の趣味をわかりやすく明文化して、みんなに読んでもらえるような、興味を持たれるようなものをつくっていく予定 。それによって文章構成能力を高めていく。面白いと思った都市伝説や神話、歴史、アニメなどを独自の見解で語っていく予定。

最近の記事

聲の形をよみまして。

植野が可愛い この作品を読もうとしたきっかけはTwitterで聲の形関連のツイートを見たことなんですよ。植野が可愛いって内容だったんですけど、植野、かわいいです。僕は好きです。 感想を言っていこうと思います。 最初のほうは将也が自分の行った過去の罪悪感を西宮さんと関わることでぬぐおうとしたいわゆるマスターベーションだったと思います。 それは彼の世界には傷つけてしまった女の子と負い目に感じてる自分という二人しか存在しなかったかったからだと推測します。 心理面で描写を変え

    • 希望の国は存在できるか

      村上龍さん著の「希望の国のエクソダス」を読み終えました。 読んでいて考えさせられたので感想を文という形でアウトプットしたいと思います。 後から自分で読み返したくなるようなものが書ければなと思います。 作品の構造はマクロ的にみると大半が当時の日本や経済の状況など背景描写や前提の共有で、終盤のぽんちゃんが国会で演説するところから物語の本質が書かれていると感じました。 話の流れの中で主人公のフリーライターの視点での想いや周囲の人間の言動などミクロ的には情の入った描写があったのです

      • 隣の家に異性のおさななじみが住んでいたら...なんて誰でも一度は考えたことあるよね

        どうも、こうげんです。 私は建築系の専門学校に通っていて、現在、集合住宅を設計する課題を行っています。その課題では、その住宅に住む人々の年齢層や人数など決められています。 そこで私は思ったのです。この住宅はこれから創造するものなのだろうか、それとも既にあるものとして想像するのだろうか。 私は後者だと思いたい。 なぜなら、そこに住まう人々にも人生があり、彼らを私の課題のために住居に住まわすのは彼らの人生を踏みにじるようで心が痛むからだ。 だが、彼らは実際には存在しない

        • 気持ち悪いの美学(美しくない)

          会話や自己表現に()を使うやつって気持ち悪いですよね。 初投稿になります。こうげんと言います。 本日、僕はある開き直りをしたらとても気分が晴れやかになりやる気に満ちてきたのでその件について一筆させていただきます。 僕はよく()を使った表現をしていました。僕はよくふざけたりボケたりするときに回りくどい言い回しをします。しかし、その時に相手にうまく伝わらないかもしれないという懸念からタイトルのようにあとから()の中で説明を加える、という使い方をしていました。 最近は()を

        聲の形をよみまして。