14年のありがとう
2007年の夏からこの家で暮らした。
14年じゃない、15年だったわ。
色々ありました。
あたりまえだけど。
数え切れないケンカの数々…
子どもが生まれてハイハイもした床
不便さはあったけど、社宅だから安くて住まわせてもらってた。
欲をかかずに多少の不便も呑み込んできた。
だって、住まわせてもらっている、そんな感じだったから。
社宅ってそんな感じ。
世間一般の市場価格で家を手に入れてみると対価と同等の生活のプライドが生まれてくることがわかった。
より良く暮らしたい。
もっと丁寧に、素敵な暮らしを。
そんな思いが湧いてくる。
いままでなかったわけではないけれど、決められた枠の中で欲をかくことなく暮らすことが前提だった。だから、ガラスの天井を見ないようにして「これでいいのよ」と自分をだましてきた。
そんな繰り返しがわたしからプライドという人間としての尊厳をうばっていたのだと思う。
欲しいものが欲しい
と素直に言うことはとても大切だと思う。
子どもだけじゃない、大人だって、大人こそ言わないといけない。
そういう小さな積み重ねが、生きることへの欲、より良く生きたいというプリミティブな問いにつながるのだから。
これでいい、なんて甘んじちゃいけない。
自分の暮らしたい家で暮らす
ただそれだけを願うこと。
家族のためとか、誰かのための暮らしではなく、自分が幸せに豊かに過ごせる場所であること。
それが一番大切なんだ。
15年かけてそれを学んだんだ、この家で。
ありがとう。
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