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たぬきのタノスケ

80年代の後半から15年ほど
トトロが居そうな林に囲まれた家に
住んでいました。
家の近くには、たぬきなどの野生動物が
たくさん生息していました。

ある晩のこと、外で不審な音がするので
ドアを開けてみると、たぬきが洗車ブラシを
くわえていました。
盗もうという魂胆らしい。

でもどうして、洗車ブラシなんか欲しいのか?
その後も、娘の新品のピンクの運動靴が
片っぽ取られました
息子の靴も隣にあったのに。

どうも、そのたぬきはピンクが好きらしい。
思えば洗車ブラシもピンクだった。

夏が過ぎる頃、葉が落ちた藪の中で
古ぼけた娘の靴を見つけ
彼のピンクグッズコレクションを
発見することになります。

そのたぬき、『タノスケ』は
しょっちゅう出没するので、顔見知りになり
残り物を与えるようになりました。

最初は、警戒して近づいては来ませんでしたが
そのうちタノスケと私には信頼関係が
出来上がり、私の手から餌を食べるように
なりました。

ある晩、残り物がなく、餌をやらないでいると
ドアをノックするような物音が。
開けてみると、タノスケが、ビクターの犬の
ようなポーズで待ち構えています。

「アンタにそこまでされちゃ
やらないわけにはいくまいね」という訳で
しかたなく冷蔵庫のベーコンを
分けてやりました。

タノスケは餌をもらってもそこでは食べず
必ず彼を待っている仲間のもとへ戻り
一緒に分け合って食べていました。

野生のたぬきの群れにあって
人間とやり取りをするタノスケは
言わば異端児。

たぬき社会にあっては、風上にも
置けない奴でしょうが
背に腹は代えられないと言う訳で
タノスケは優遇されていたんでしょう。

でも警戒心ゼロではなく、餌を直接貰うのは
私からだけでした。

そんなある晩、残りもの何も
たぬきにやれるような食べ物が
まったくない事がありました。

ドアをノックするタノスケを
無視していたのですが
彼はしつこくノックを繰り返し
帰る気配はありません。

で、仕方なく、冷凍庫にあった
アイスクリームのピノを持って来て
彼に言いました。

「これは、あんたが自然界では
絶対に食べられないものだよ」
タノスケが口を開けたところで
ピノを放り込んでやりました。

その時のタノスケの驚きと喜びが
一緒になったような、うわーっと言った
感じの表情は忘れられません。

おそらく彼のたぬき人生の中でも
断トツ一位の幸せの瞬間だったに
違いありません。

この時ばかりは、仲間を振り向くこともせず
お代わりを要求し、3個まで食べたところで
「これ以上食べたら、お腹壊すからね」の
私の一言でアイスクリームは終わり。
名残惜しそうに帰っていきました。

ある晩、付近の山で異様な鳴き声がして
大騒ぎがあった後、たぬき狩りがあったと
聞きました。

なんでも、近くの森林公園にマムシが多く
その対策のために、たぬき部隊投入という
事らしかったです。

タノスケも姿を見せなくなりましたが
車に轢かれて死んだたぬきの死骸を
見る度に、彼じゃないだろうかと
心配していたので
公園内で安全に暮らせるのなら安心でした。

新しい群れでもうまくやって
お嫁さんをもらい
家族がふえたらいいなと
タノスケの幸せを祈りました。

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