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カーブアウト実務シリーズ(4/?)カーブアウト財務諸表Part2

シリーズの3/?では、価格調整の注意点について取り上げました。今回は1/? "カーブアウト財務諸表Part1"で取り上げたカーブアウト財務諸表をテーマとした2回目(Part2)となります。
カーブアウト財務諸表のキモとしては、シリーズ1〜3でも述べているように、買い手、売り手およびアドバイザーを含めた当事者の間で様々な目線合わせをすることが肝要ということがあります。本稿ではこの観点に着目しながら、カーブアウト財務諸表のより実務的な論点について見ていきたいと思います。

(Part1の記事はこちらです)


1. カーブアウト財務諸表の作成期間

1週間で作れる?

Part1においてその重要性を解説したカーブアウト財務諸表ですが、カーブアウトM&Aにおいては遅くともデューデリジェンスの開始時点までには用意されている必要があります(もちろんそれ以前のインフォメーションメモランダムが開示される時点である程度まとまったカーブアウト情報が含まれる場合もあります)。したがってそれに間に合うようカーブアウト財務諸表の作成期間を設けることとなりますが、通常のM&AではSPAのサイニング希望時期と交渉期間を踏まえた上でそこからの逆算でDDの期間を設けることが多いと思われます(たとえば9月末までに契約締結・公表、交渉の期間は2ヶ月として7月末までにDDの期間は終了、よってDDのスタートは・・・といった具合)。そしてカーブアウト財務諸表の作成も当該DD期間からさらに逆算される形で、言わばスケジュールありきで決められてしまいがちです。
しかし実際のカーブアウトM&A案件では当該スケジュールと現実のカーブアウト財務諸表作成進捗との間に齟齬をきたす事態がしばしば生じがちです。これの元を辿れば、往々にしてカーブアウト財務諸表の作成にどの程度の期間を要するのかという正しい理解を有している当事者がそもそもいなかったということもあるのです。
実際の案件ですが、全体プロセスの検討に際して作成期間が1〜2週間!と設定され(そうになっ)たケースもあります。これはいくらなんでも極端ではないかと思われるかもしれませんが、上場企業の方ですと、自社で普段実施している月次決算の期間プラスアルファ程度の長さを見ておけば作成が可能、という「思い込み」も一部には確かにあるようです。実際の実務を担うものからするとおそろしい限りですが、これがカーブアウトM&Aを巡る現在の実態だということを関係者は理解しておくべきでしょう。
それでは実際にかかる期間はどの程度なのか?ということが何より重要となる訳ですが、これへの回答は当該案件の特性およびDDのスコープに大きく左右されるため一意に定めることは難しいものの、一般に1〜3ヶ月であるというのが実務を担当するものとしての理解です。通常、対象会社の既存の決算書を整理して開示するだけであれば3ヶ月を要するということはあり得ないため、このあたりのカーブアウトM&A案件の特性をしっかりと理解している当事者とそうでない当事者(通常のM&Aの範囲で理解しようとする者)との間の目線感の違いは、案件の全体スケジュールの理解や策定に大きな齟齬をきたしかねないということが容易に想定できるでしょう。

作成期間に影響する要因

具体的に作成期間の長短に影響する要因としては以下のものが挙げられます。

(案件の特性)

  • 対象事業の金額的規模

  • 対象事業がカーブアウト元の(独立)企業の中で占める量的割合

  • カーブアウト範囲の複雑性、特に内部管理のための事業区分範囲との機能や資産の範囲の違い

  • カーブアウトM&A実施において事業活動や商流、資産に加える変更の内容、程度

  • カーブアウト範囲にカーブアウト元の(独立)企業にとっての子会社が含まれるか、会計的には連結財務諸表の作成が必要となるか

(DDのスコープ)

  • 作成対象となる期間(年数、四半期を含むか否か等)

各要因について少し述べれば、一般に金額的規模は小さければシンプル、大きければ複雑な傾向にあります。量的割合は多少難しく、割合が低ければシンプル(案件としては簡単)な傾向ですが逆に割合が非常に高ければカーブアウト前の財務数値等を利用できる余地が大きい可能性があり、カーブアウト財務諸表という文脈では工数の節約等が可能となる余地があり得ます。
範囲の複雑性については、何をもって複雑というのかという問題がありますが、押さえるべき点として管理用PLとの乖離の程度があります。カーブアウトM&A以前から管理用PLとして〇〇事業PLというものを持っているケースは珍しくないと思いますが、これが必ずしもカーブアウト対象としての〇〇事業と合致するとは限らないという点がミソとなります(この点については後述)。
またカーブアウトM&Aの実施に伴い、資材の調達先や販売時の商流がこれまでと変更になるケースが考えられます。これが対象事業の収益性等に影響する場合にはカーブアウト財務諸表上の調整が必要となり工数が増加します。
財務諸表の規模としては、単体・年度の財務諸表に加えて、連結・四半期の財務諸表の作成が必要となる場合にはそれに応じて工数が劇的に増加するおそれがあります。これは既存の管理用PL等が作業に大きく活用できる場合等を除いて、カーブアウト財務諸表の作成プロセスはその多くが基本的にマニュアルの作業となり、作成範囲の増加がそのまま作成期間の拡大に直結しやすい条件(規模の経済が働きにくい)があるからです。

上記の要因がそれぞれ長期化する方向に偏っているような案件においては、買い手が必要とするカーブアウト財務諸表一式が揃うまでに1ヶ月を上回ってくることが想定されます。なおこの場合売り手側のアドバイザーが本格的に稼働しはじめたタイミングが作成の開始時期と捉えておくと良いでしょう。

これまでのところを踏まえれば、売り手としてはカーブアウト財務諸表作成期間を含むディールスケジュールの設定に当たって明確な根拠もなく楽観的な日程をおくべきではないということが言えます。逆に買い手としては特に財務DD開始までの期間が短く設定されてきた際には本当に適切なカーブアウト財務諸表を入手できるのか、スケジュールが後から見直されるおそれはないのか、懐疑的な観点を持っておくことが望ましいでしょう。

2. カーブアウト財務諸表の作成原則と表明保証

カーブアウト財務諸表の準拠性は表明保証できない?

M&A実務に携わる方であればご承知のように、SPAの中では売り手が買い手に対し提供した(対象会社の)財務諸表は、「一般に公正妥当と認められる会計基準」(これは会計の世界のお決まりの用語となります)に則って全ての重要な点を適正に表示している、という表明が売り手から買い手へなされるのが一般的です。この項目は表明保証と呼ばれSPA交渉における買い手・売り手間の重要な論点の1つです。本項はSPAの記載事項の解説ではないため、その概略の説明は法務関係の文献に譲りますが、この財務諸表の適正性に関する表明は少なくとも通常のM&Aにおける買い手の最低限の要請であり、逆にこの点の表明をすることができないような売り手が買い手との交渉を妥結させてM&Aを成就させることはできないと言って過言ではないでしょう。その際に、通常の会社単位の財務諸表やそれに基づく連結財務諸表であれば、作成の基礎となる会計基準(日本基準やIFRSなど)と会計方針(減価償却の定額法、定率法など)が制度上定まっているため、そのような基準等に準拠していますという言わば宣誓を買い手は求めるわけです。

一方これがカーブアウトM&Aにおけるカーブアウト財務諸表に関する表明であればどうでしょうか。1/?"カーブアウト財務諸表Part1"で取り上げたように、カーブアウト財務諸表には作成の基礎となる普遍的なルールがなく、作成者たる売り手(通常)が案件の特性に応じた仮定を適宜設定しつつ作成することになります。これはすなわち、厳密にはカーブアウト財務諸表が一般に公正妥当な会計基準に準拠しているという表明を売り手はできないということになります。
ここで買い手の立場では、財務DDでカーブアウト財務諸表の数値の信頼性を完全に確かめることはできない(そもそも財務DDは数値の信頼性を確かめる手続とは異なります)ことからすると、意思決定の重要な基礎資料であるカーブアウト財務諸表の信頼性が保証されていることは取引に入るための前提であると言ってよく、契約上売り手がこの点の表明をしないなどということは案件実行上受け入れられないというケースがほとんどと考えられます。よって買い手と売り手の立場が相反することとなり、契約実務上どのように対応すべきかが論点となります。

表明保証できること、できないこと

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