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カーブアウト実務シリーズ(1/?)カーブアウト財務諸表Part1

今回から不定期のシリーズとして、カーブアウトM&Aの記事を始めたいと思います。これをテーマに選んだ意図としては、(1)日本企業の事業再編手法としてカーブアウトM&Aが一般的なものとなっている、(2)にも関わらずそれについて書籍やWeb上の情報が少なく決定版と言えるものがない、(3)そのためM&Aを本業にしている人々の間でも実務に関する誤解がある、ことがあります。
このシリーズは有料といたしますが、途中の段落まで無料としますので中身のクオリティをそこで判断いただければと思います。初回はカーブアウトM&Aにおいて最も重要な情報の1つと言って良いカーブアウト財務諸表、さらにはカーブアウトBSの実務について触れていきます。


カーブアウト財務諸表の重要性

カーブアウトM&Aでは実務面で様々なイシューがありますが、財務・価値評価の面で最も重要なものがカーブアウト財務諸表です。ここではデューデリジェンスなどのディールプロセスの中で参照される対象事業の過去の財務情報をカーブアウト財務諸表と呼ぶこととします。カーブアウト財務諸表は、単なる数値資料として以上に下記のような意味合いを持ちます。

(1)買い手・売り手の間の共通言語となる

会社単位を売買の対象とするいわゆる通常のM&Aでは、対象会社の数字資料としては各社の決算書はもちろん、社内の経営管理用の資料や上場企業であれば適時開示等の公開書類など様々なものがあり得ます。しかしカーブアウトM&Aでは、対象事業の財務数値そのものを示すのは事実上カーブアウト財務諸表一本となります。
よって財務のテーマはもちろん、法務や不動産といったテーマで財務上の数字を引用する場面でも必然的にカーブアウト財務諸表をベースに議論が行われることとなり、これは結果的に、カーブアウト財務諸表がディールの中で買い手・売り手双方の議論をつなぐ共通言語の役割を担っているということを意味します。
カーブアウト財務諸表の作成には多くの工数、コストを要しますが、このように財務パート以外の局面でも用いられる資料のため、重要論点の検討を先送りする等はできる限り避けて(確定できないポイントは少なからず出てくるものですが)、早期に精度の高い財務諸表の作成を意識する必要があります。カーブアウトM&Aの経験が少ない経理財務部門の担当者にはこのあたりが明確に理解されていないことがありますが、案件成功のためにはカーブアウト財務諸表についてはあまり作成コストの削減を意識しすぎないことが重要です。極端なケースでは、カーブアウト財務諸表のクオリティ(の低さ)が遠因となって案件がブレイクするといった事態すらあり得ることを案件に関わる当事者たちが理解すべきだと考えています。

(2)売り手にとっても初めての数字である

カーブアウトM&Aの対象事業の財務数値については、初めて事業の内容を見る買い手はもちろんですが、自社の事業を売却する売り手すらも肌感覚のない数字ができ上がる場合があります。これは単に作成ミスの場合を除けば、既存の管理区分とカーブアウト範囲とのアンマッチ部分、スタンドアロンコスト、その他のプロフォーマ事項などの存在によって生じる現象であり、結果的にその数字で実態と合っていたということも少なくありません。したがってこの点においても、売り手が初期的な価値目線やディールイシューの事前想定をするに当たり、信頼性の高いカーブアウト財務諸表を整備しておくことが重要と言えます。別の言い方をすると、最初に労を惜しんで管理会計PLに毛が生えただけのようなカーブアウト財務諸表を作成してしまうと、あとで目線感が大きく変わりデューデリジェンスや買い手との交渉の場において無用な混乱の元になる可能性さえあるのです。
カーブアウト財務諸表に限りませんが、なぜそのような数字感になっているのかをアドバイザー任せにせず、売り手自身が適切にレビューして納得しておく必要があります。また買い手側もできる限り作成過程まで踏み込んだ理解をしておくことが望ましいと言えるでしょう。

(3)売り手・買い手双方の会計処理の土台、指標となる

前述のようにカーブアウト財務諸表は代わりの効かない情報であるということを背景として、特にカーブアウトBSについては、売り手にとっての事業売却仕訳、買い手にとってのPPA(パーチェスプライスアロケーション)の対象といった会計処理の基本情報としての役割を持たされがちです。
自分のこれまでの実務経験によれば、日系企業では一般的に、事業売却時に特別損益で計上する事業売却損益の数字を(過剰なまでに)重視する傾向にあり、ディール約定前から売ったとしたら損益がいくら発生するかの情報(端的には利益なのか損失なのか)を経営層はディール担当部署や経理部門に対して求めてきます。その際に初期的な評価額を収入、カーブアウトBSの純資産額を払出簿価として損益を試算するといったことが一般的に行われていると理解しています。しかしながら後述のようにカーブアウト財務諸表と実際に移管・承継される資産負債の内容との間には差異があることが通常なのでこのような計算方法は誤差を生じるおそれがあります。また連結PLへの影響という意味では過年度の会計処理の影響を受ける面もあり、経理部門を巻き込んで詳細な検討を行わなければ損益の試算が難しい場合もあるでしょう。このように、カーブアウト財務諸表をいわば「目的外使用」する場合には、カーブアウト財務諸表と趣旨が合っているかに注意する必要があります。
一方買い手でも、買収時に生じるのれんの試算や買収後の最初の決算への会計インパクトの試算にカーブアウトBSを用いることがあります。このときにも実際に承継・移管される内容との差異が同じように問題となるほか、さらに本質的には売り手・買い手の間の会計方針の違いも考慮に入れる必要があります。

以上ではカーブアウト財務諸表の重要性について述べてきましたが、これに関する基本情報として「カーブアウト会計方針」を整理する必要があります。次はこれについて述べていきます。

カーブアウト会計方針

会計方針の整理

通常の財務諸表は会計基準(日本基準、IFRSなど)に準拠して作成されますが、売り手がカーブアウト財務諸表を(内部の不整合を起こさずに)作成するためにはさらに追加の仮定が必要となるケースがほとんどです。なぜならカーブアウトM&Aでは財務数値に影響を及ぼす次のようなファクターがあるからです。

(1)カーブアウト範囲(が今後どのように独立事業として独り立ちするか)
(2)ストラクチャー(切り出しスキーム、新設法人など)をどのように構成するか
(3)カーブアウトされずに残る事業はなにか
これら3点によりカーブアウト財務諸表の数値は影響を受けますが、売り手が3点を定めれば買い手も作成方法を自動的に読み解けるようになる、という単純な構成には通常なっていません。したがって買い手との間でカーブアウト財務諸表に基づく議論・交渉(デューデリジェンスを含む)をしていくための前提事項として、売り手はカーブアウト会計方針を明示する必要があります。これは一般的にカーブアウト財務諸表の本表と同時に買い手に提供されると考えられます。
カーブアウト会計方針には以下のような内容が含まれます。

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