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カーブアウト実務シリーズ(2/?)カーブアウトM&Aの落とし穴

カーブアウト実務シリーズの2回目となります。前回はカーブアウト財務諸表、特にBSについて触れました。今回はカーブアウトM&Aの落とし穴について述べていきます。カーブアウトM&Aは難易度が高い案件ですが、それはクローズさせることが難しいということでもあり、また形としてはクローズしても様々な困難が生じてしまうということでもあります。その内容を実務面から見ていきます。

なぜカーブアウトM&Aは難しいのか

カーブアウトM&Aに関する限られた書籍・文献でもカーブアウトM&Aは難易度が高いという話は大抵書いてありますが、その理由は一言で言えば通常のM&Aより論点が多くて深いということになります。しかしそれ以上の内容については、スタンドアロンイシュー等個別のテーマに入っていってしまうことが多いと思います。ここでは失敗しやすい要因という観点からカーブアウトM&Aの様々な論点とそれが失敗に繋がりやすい背景について見ていくこととします。

1. カーブアウト財務諸表の問題

前回の記事(カーブアウト実務シリーズ(1/?)カーブアウト財務諸表Part1)でカーブアウト財務諸表の重要性について触れました。逆に言えば、カーブアウト財務諸表に瑕疵があればそこで買い手と売り手の間の議論が困難になるということでもあります。カーブアウト財務諸表に関する瑕疵はもちろん単なるミスや作り手の経理的な能力不足によっても発生しますが、より本質的な問題についても考えることが重要です。

(1) 作成の準備が不十分
カーブアウト財務諸表は、管理会計の資料にさらっと手を加えれば完成するというものではなく、その作成には対象事業の会計(処理)に関する知識に加えて、対象事業の深い理解が必要です。よって対象となる事業部の担当者や当該事業所の管理部門担当者などの関与が通常不可欠となります。
しかし案件情報の秘匿を理由に一部のコーポレート部門にしか案件の存在が共有されない場合もあり、経理部門や企画部門の限られたメンバーのみでカーブアウト財務諸表を作成しようと試みられることもあります。本来は必要最低限度に絞ってでも予め対象事業部や対象事業所のメンバーをチームに加えることが作成の観点からは望ましいと言えます。そういった段取りができていない状態で作成を始めてしまったり買い手への提出スケジュールを組んでしまったりすると、非常に簡便=ざっくりとしたカーブアウト財務諸表しか作成できなくなるといった問題が生じます。
よってカーブアウト財務諸表作成にあたっては必要な人的リソースの見極めが重要と言えるでしょう。これは外部のアドバイザーを起用する場合でも同様で、彼らが対象事業の内容を適切に把握できるよう彼らからの質問を受けられる人を用意しておく必要があります。

(2)優先度を下げてしまう
前回の記事ではカーブアウトBSの論点に触れましたが、BSは一般に作成の基礎となる既存資料に乏しく作成の工数も多くなることから、作成が遅れるまたは後回しになりがちです。買い手としてはPL・BSとも早くに欲しがりますので、BSが遅れることの弁明として、カーブアウトの範囲は買い手との交渉で変わりうるのでカーブアウト範囲の交渉が進めばBSを作成する、といった説明を行う売り手もいます。
これはある意味ではその通りであるものの、カーブアウトM&Aの実務として言えば、好ましくないと言わざるを得ません。結局は卵が先か鶏が先かということになりますが、実際には議論用資料としてのBSがないがために交渉が停滞または抽象的な議論となり、円滑なプロセスが阻害される可能性の方が高いように感じます。
このようにカーブアウト財務諸表の優先度を下げてしまうこともプロセス上の問題を引き起こします。(1)と同様ですがリソースを確保することで買い手への情報提供が大きく遅延しないようにすることが重要です。

(3)プロフォーマ調整事項の問題
カーブアウト財務諸表では通常の財務会計では行っていない調整を行うケースが多くあります。特に重要なものはコーポレート機能や内部シナジーの喪失に関するスタンドアロンイシューに係る調整ですが、事業所の移転が見込まれたり、商流の変更を売り手が想定していたりする場合などに実績数値と別枠でプロフォーマ調整を加えるケースもあります(広い意味でのスタンドアロンイシューと言えるかもしれません)。
プロフォーマ調整の実施には会計知識とともに、当該案件を遂行する上での会計だけではない様々な論点(ビジネス、機能、特定の契約やアセットなど)やそれらに係る交渉過程等の理解が不可欠です。財務会計のアドバイザーがいる場合でも彼らに必要な情報を適時にインプットしてあげる必要があります。
なおプロフォーマ調整の内容に関しては別の局面で触れていきたいと思います。

2. スケジュールの問題

カーブアウトM&Aでは契約締結から実際のクロージングまで半年から1年以上ということも珍しくなく、通常の会社を譲渡する(株式を売買する)案件よりも長くなる傾向にあると思います。この要因はさまざま考えられますが、

  • 移管される人員の選定やそれらの人員に話を通す人事的なプロセスに時間がかかる
    ・・・会社分割であれば労働契約承継法に基づく手続はもちろんのこと、丁寧なプロセスのために時間をかける企業も多いと感じます

  • 承継する資産・負債の精緻化に時間がかかる
    ・・・例えば固定資産台帳の確認中に実在性の無い資産が検出されるなど最終的に承継する項目の特定には多くの工数がかかると思われます(さらに言えばクロージングしたあとに書面と実態との間の齟齬が判明するケースも珍しくないでしょう)

  • クロージング以前に再編手続を実行する必要がある場合がある
    ・・・買い手あるいは買い手の子会社等に直接会社分割や事業譲渡をする場合には不要ですが、ストラクチャーとして事前に売り手側で会社分割等を行いカーブアウト対象事業を会社として独立させた上で、クロージングにおいて株式譲渡するような手法も散見されます。この場合には新しいハコの設立や会社分割の会社法の手続等により、クロージング前に必ず一定の期間を要することとなります。

上記の点はそれぞれがカーブアウトM&Aプロセスの遂行を難しくする個別論点に該当するのと同時に、これら各点の存在によってクロージングの時期が遅くなる結果、案件全体が長期化することでプロセスのコントロールが難しくなり、マイルストンの遅延、プロセス序盤には想定していなかった新しい事象の発生、外部環境の変化、といったものに悩まされることが通常のM&Aよりも多くなると考えられます。これに対する解決策は簡単ではありませんが、案件のPMO機能の強化(M&A経験豊富なメンバーの選抜、他案件や通常業務との掛け持ちは避ける等)・適切なアドバイザーの起用(ファームとしてだけではなく個々のメンバーとしてカーブアウトM&Aに精通している人でチームを組成してもらう)に加えて、契約締結がゴールではなくプレクロージングからが本番くらいの意識の醸成が重要となります。

3. 実務上の問題

カーブアウトM&Aにおいては他所でも指摘されるように、スタンドアロン問題の識別・検討・対処という非常に重要な問題が生じます。スタンドアロン問題については財務会計面以外でも、法務・オペレーション・知財・人事労務といった様々ななテーマに関わるものがあり、本稿でそれらを普遍的、一般的に語ることはそもそも困難かつ筆者の力量を超えてしまいますが、その中でも経験上比較的多くの案件に関係し、かつ重要性も高くカーブアウトM&Aを困難たらしめているものとして以下を挙げておきたいと思います。

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