天地争乱(仮) 2.村の日常

早朝。
昨夜に送った伝令の鷲や鷹や犬や猫が屋敷に戻ってきた。
伝令の内容は領主が変わったこと、自分たちの目的など。国中の全ての町や村に送った。これで各領主の出方を探る。

風輝が連れてきた六人の一人、榊原柚葉は日課である馬に朝食をあげに厩舎にいた。六人の馬のご飯係を任されている。
昨日は五匹だった馬が六匹に増えていた。それは昨日大名に文書を送りに行った夜太郎が帰ってきたことを意味していた。
もちろん帰ってきていると予想して、ご飯は七匹ぶん用意してある。
餌をあげているとき蓮花が来た。蓮花は侍女と朝食の準備をしていたはずだ。ここに何の用だろう。
「柚葉、ここでの食事はお米と野菜ばっかなの。一ヶ月それしか食べてない。お肉食べたいな〜」
なるほど厨房を抜け出して不満をたらしにきたようだ。
「だ・か・ら・さ、お肉取ってきて。猪か鹿食べたい」
さすが宮本家のお嬢様。豪華なものを召し上がりたいようだ。
「分かった。特別大きな猪を取ってこよう。夕方まで待っていてくれ」
それを聞けて満足したようで、もうすぐできるからね、と言って去っていった。
柚葉も数分後には餌を全部食べさせ、厩舎を後にした。

朝食は七人揃って大広間で食べていた。
「夜太郎おかえり」
蓮花が男さながら、食らいつくように食事しながら言った。
「女ならもう少し上品に食べられないのか」
夜太郎は対照的に少しずつご飯を食べる。
「最上義昭。あの程度者なら俺一人でも勝てる」
最上義昭とは出羽の国の大名だ。二年前に父親からその地位を受け継いだ。
「そりゃそうだ。三年前に交戦したとき余裕で勝ったし。それはそうと旗徒と灯は準備は整っているか?」
「問題なし。槍の使い方を教えればいいのだろう」
旗徒は柚葉に好き嫌いせずに食べなさい、とたしなめられている。
「こっちも大丈夫だ。土地も道具も充分ある」
灯はご飯を食べ終え、お茶を味わうように飲む。

ここで登場人物を紹介しよう。
千田風輝。佐谷出身の十八歳。一刀一銃の戦闘スタイルで天下統一という夢を抱いている。
宮本蓮花。美作の国出身の二十歳。宮本武蔵を先祖に持つ、二刀流の使い手。由緒正しい家の出だが末っ子ということもあり、天真爛漫に生活していた。
榊原旗徒。柚葉と双子の十九歳。自分の身長の二倍の槍を使う器用人。
二木灯。二十歳の巨漢。女には扱えないほど重い大剣を使う。斬るより叩き割るような戦い方をする。
榊原柚葉。旗徒と双子の十九歳。弓の使い手で四〇〇メートル先の的も確実に射貫く。
望月夜太郎。近江の国出身の十七歳。忍者の名家である望月家の次男。
皆風輝に惹かれ、行動を共にしている。

朝食後、風輝は屋敷の前にお触書を立てた。
『一つ、食料は配給制とする。
一つ、職は自由だが、怠ることなくすること。
一つ、村に入る動物は襲ってこない限り危害を加 えないこと。狼や熊も飼い慣らしており、襲うことはない。
一つ、民からの要求はできる限り呑む。相談がある場合はいつでも屋敷来てよし。
一つ、村人皆、仲良く暮らすこと』
立てるとすぐに風輝は自分の部屋に戻った。

五つ半。屋敷内の道場に旗徒が着いた。既に十人以上の訓練を受けたい村人がいた。中には旗徒よりも若い人もいる。
「お前たちに槍を教える榊原旗徒だ。この紙に名前を書いてくれ。全員書き終わったら、訓練を始める」
参加者に名前を書かせる間に木製の槍を人数分出し、等間隔に並べる。そこに名前を書いた者から順々に並んでもらう。
全員終わると旗徒は前に立ち話し出した。
「ここには警備兵の者もいるが、全くの素人もいる。それに警備兵だからと言っても大した修練もしていないだろう。だから一から教える。まずは構え方だ」
こうして旗徒流訓練法が始まったのである。

そのころ、村の東側には灯がいた。そこにも十人以上の男がいた。
灯の指示のもと、炉作りをしていた。不規則な石を灯が力技で平にして、それを集まった村人が積む。
こうして灯のたたら吹き作りが始まった。

蓮花は侍女に掃除や食事、洗濯を指示するほかに食料庫や金庫の管理を任されていた。
一ヶ月もいたので食料の状況は知っていた。米や野菜、きのこ類や芋類しかない。これでは食べ盛りのお腹を満たせない。なので朝、柚葉に狩猟を頼んだのだ。
お金はというと金庫がどこにあるかは知っていたがどのくらいあるかまでは分からなかった。よって開けてみる。
中身は大して入っていなかった。十貫もなかった。これでは税を上げるのもうなずける。
さて、どうやってお金を工面しようか。話は簡単で屋敷にあるいらない物を売ればいいだけの話である。といってもどこに売るかが問題なのだが。正規で領主になったわけではないから国に売りに行くことができない。
まあ、どうにかなるでしょ。
こうして蓮花の内政が敷かれた。

夜太郎は柚葉と一緒に村を囲む柵の点検を任されていた。木でてきた柵は年月と共に朽ちていく。害獣対策なら多少の老朽化は目を瞑るが、これから戦闘が繰り広げられるなら強固にしなくてはならない。
夜太郎は忍者の格好ではなく袴の格好をしていた。忍者は窮屈なのだ。
そして柚葉が来ない。理由は知っている。狩猟だ。
一人でもできる仕事なので早速始める。
正門と思われるところから調べる。とんとんと中心を叩き、中が腐っていないか確かめる。駄目だ。見た目より相当きてる。二十年くらい使ってこれでは環境だけでなく木材が悪い。木材選びものちのちやらなくてはならない。
こうして夜太郎は一つ一つ調べるのであった。

柚葉は一人、山に入っていた。蓮花に頼まれた特大の猪を探すだけでなく、風輝に新たに頼まれた、これがあったからこそ山に行く許可が降りたと言っても過言ではない、生えている木の種類を調査することもしなくてはならない。足下は木の根や石やらがあって歩きにくいし、凶暴な獣がいるなか、木を見ながら進むのは危険である。普通の人ならの話だ。
柚葉は以前、山に一ヶ月篭るという修行をした。そのときの経験でどんな道でも躓くことなく歩けるようになった。その前までは何もないところで躓いていたが。
そして柚葉には人並み外れた能力がある。動物と心を通わすことができるのである。それの応用で近づく動物の声でその距離を測るのだ。
山に入って一時間。山の中腹まで来て、ようやく蓮花に許してもらえそうな大きさの猪に出会った。
こっちには気づいていないようなので足めがけて矢を放つ。バスっと綺麗に貫通する。足止めのつもりが逆に怒ったように暴れだした。
危険を感じて木の上に。どこかに行ってしまう猪を追う。木の枝から木の枝へ飛ぶ。モモンガのように。
止まるごとに矢を放ち、少しずつ体力を削る。ただの狩猟なり討伐なりならどう殺そうが構わないが、食すなら肉をしっかり残さないといけないから殺すのに一苦労。時間がかかるのなんの。
足に二本、頭に一本、背中に一本、尻に二本刺さった矢をこれまた綺麗に抜く。抜き終わったら持ってきておいた縄で四足をまとめて縛る。そして背負って村に戻る。
このときすでに九つ半。村に戻るのに一刻かかるので、遅めの昼食をとる。蓮花に作ってもらった握り飯だ。
八つ。ご飯を食べ、お腹が膨れたので下山する。

風輝は各家を回っていた。世帯ごとにどれだけの食糧、お金があるのかを確認。農家ならどれだけ作物が取れるのか、商家なら毎月どの程度の売り上げを上げているのかを調べる。
普通なら一ヶ月はかかる作業だが、風輝は一週間で終わらせるつもりである。農地を測るなら本来なら機器を使い、人手がいる作業だが、風輝は見ただけでだいたいの大きさはわかるし、土壌の状態もわかる。大福帳の見方もわかるので全て一人でできるのだ。

空が赤く染まり出した頃。屋敷の前で言い争いが起きていたそれを聞いた人で人だかりができていた。大人もいれば子供もいる。身分も何もない。その輪の中心に風輝たち六人がいる。もっともど真ん中には柚葉が狩ってきた猪が置かれているのだが。
議題は猪を誰が捌くか、どう捌くかだ。といっても女二人の言い争いなのだが。柚葉は自分がとってきたから捌くのも自分の役目だと主張する一方、蓮花は食事のことは自分に任されているのだから捌くのは当然だと主張する。これに男はどっちとも言えず膠着している。
苛々が頂点に達した風輝は刀を抜き、頭、足、皮、内蔵と順々に捌く。一秒でこれらを終えた風輝は蓮花と柚葉を一瞥して、短く一言言った。
「後は蓮花に任せた」
蓮花は一瞬頬を膨らませたが、すぐに機嫌を直し、調理の準備を始めた。柚葉は旗徒に抱きつき、風輝と蓮花を罵っていた。

その夜のご飯は宴会だった。村人を一同に集め、皆でご飯を食べる。
これがこれからの日常となるのだ。

#小説 #戦国

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?