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日本のクリスト

ここは、古都にある一軒のBAR。
武士が歩いていた時代に作られた人工の川にかかる小さな橋を渡り、細い路地に面した目立たない建物の階段を上がったところ、名刺大の表札の横にある頭を下げないと入れないような小さな扉を開けると、そこにカウンターだけの隠れ家的なBARがひっそりと明かりを灯しているのである。


「いらしゃいませ!
あ、ミワちゃん、ちょっとご無沙汰でしたね?」

いつもの馴染み客が、わりと早い時間に店に訪れた。
OLをしているそうだが、その趣味は、若い女性には似つかわしくなく神社や神話や歴史の裏を夢想する変わった癖の持ち主である。
それほどオシャレに気を使っているわけではないのだが、大きな目と何気に整った顔立ちが、さりげない美しさを醸しだしている。

「マスター、お久しぶりです。
最近、忙しくて、お疲れさんなので、なかなか足がむかなかったの・・・」

「で、今日は何にします?」

「えーと。"Go to heaven"頂こうかな?」

「え?そんな強いの大丈夫ですか?」

「ふふふ、ちょっと昇天気分なの。」

昇天と呼ばれるこのカクテルは、世界一のアルコール度数を誇るスピリタスと世界一のアルコール度数のリキュール、ラッテ・リ・ソッチラを融合させた天にも昇るカクテルである。


「何か、良いことでもあったんですか?
それとも、嫌なことでも?」

マスターは、こんな強い酒を頼む彼女のことが気になった。

「いえ、そうじゃないの。ちょっと考えていたことに決着がついてね、それが昇天気分なだけよ。」

「あはは、例の99や98の神様のことですか?」

「あー?あれは、ちょっと今保留中よ。進展なし。
今日のは、イザの話。」

「へー、なんだか知りませんが、教えていただけませんか?
時々、来られるお客様で、いつも何か面白い話はないか?って・・・いつも困らされているので、ネタにさせてください。」


「じゃあ、簡単に話すね・・・てか、簡単な事なんだけど・・・

私は、神社とか調べたり参拝したりするのが好きなんだけど、前から、妙に気になる名前があったの。
それは、伊射とか、伊佐とかがつく神社があること。
なぜだか、わからないけどこの二文字が気になっていたの。

伊勢にも・・・というか、イセもイザと同じだと思うし、イザワの宮という別宮があるし、志摩の国一ノ宮、伊射波神社(イザワジンジャ)というのもあるし、多分、伊豆(イズ)も同じかもしれないね。
で、このイザだけど、みんな知ってることかもしれないけど、イザナギ、イザナミのイザだと気付いたのよ。

伊射波って、イザワというよりイザナミって読めるよね。
実際、伊射奈美神社や、伊射奈岐神社というのがあるのよ。

話は、変わるけど、
キリストの事をアラブ語では、「イサ」といい、ペルシャ語では、「イシ」と言うらしいのだけど、これが伊勢や伊雑に繋がる言葉だということが、ある本に書いていてね。
そこには、一説に日本人のルーツと考えられている、スメール、シュメールは梵語が漢訳されて須弥山と呼ばれ、意訳されて妙高、妙見、妙光の別名がある。また、須弥山は別名イザタラ山という。と書いていたわ。

キリストという言葉は後からだと思うけど、キリストの概念は太古から存在していたと思うの。
イエス・キリストのキリストっ名前じゃないの知ってた?
キリスト、クリストというのは、ある状態を表わすの、元々は、崇高なエネルギーを意味する言葉なんだけど、そのエネルギーの状態にあるから、キリストと呼ぶわけなのね。

このエネルギーは、原初的であり、高次元的であり、神のエネルギーであって、どこにでも存在するものと考えられているわ。
まるで、ジェダイの使うフォースみたいなものね。

で、そのクリストエネルギーだけど、別名、愛とも呼ばれているの。
だから、キリスト教の最も大切な概念に愛があるわけ、
仏教では、慈悲ね。
しかし、神道で、これを何というのか解らなかったのよ。
アマテラスかな?とも考えていたのだけど・・・

おそらく、「イザ」或いは「イサ」ね。
もう失われた言葉かもしれないけど。
だから、太陽の男をヒルコ、太陽の女をヒルメと言うように、
きっと、クリストの男を「イザのコ」、そして女を「イザのメ」と呼んでおり、それが、「イザナギ」「イザナミ」と呼ばれるようになったんだと思うわ。

愛の男女ゆえ、その愛のエネルギーによって国を生み、神を生んだのよ。」


ミワは一気に説明を終えるとグラスに口をつけた。
難しい顔で聞いていたマスターは、

「そうすると、ミワちゃんが気になっていた、イザというのは、クリストであり、愛という意味だったという話ですか?
そして、イザナギ、イザナミは、日本のキリストさんだったという話ですね。」

「まあ、矛盾もあるかもしれないけど、私の気持ちは、それで落着いたの。
そして、イエスさまのように昇天しようと考えたわけよ。」

満足そうに笑顔を向けるミワの顔は、どこか背中に羽をはやして天に昇る天使のようだとマスターは思った。

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