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#0 資本主義を否定する愚かな人たちに告ぐ

新しい時代のお金の教科書」が全文読めるマガジン。

この本は「お金のマトリクス」を使ってお金の歴史と未来に焦点をあて、そこから導き出される21世紀の生き方を提唱しています。

 代表山口がM&A、投資、起業、研究など、人生をかけて考えてきた「お金とは何か?」というテーマに関する完結版となります。本noteの編集秘話には内容を書くまでに経験したこと、考えたことなどを余すことなくお伝えするつもりです。どうぞ、お気軽にお読みください。

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資本にあらがうのでなく、創造し続けてゆくこと

 さて、この本を出版するにあたり「お金とは何か?」という問いの答えを探す旅の中でわかったことは「資本や貨幣に逆らうのはやめた方がいい」ということです。

 かのマルクスは大英図書館に30年以上ひきこもってあらゆる書物を読み込んだ上で、資本論を書きました。いわく「あぁ資本がすべてのみこんでゆく、人々の労働さえも『商品』になってしまう。人は機械化され搾取され匿名のものになってしまう…」そして人道的・倫理的な観点からその世界を否定した(マルクスの主張の本質はもちろんそれではないけれど、当時の人々はこのように読み取った)。

 古今東西のあらゆる経済学者は、あらゆる書物を読み、学び、思考した上で最後に必ず“日和る”ように思えます。アダムスミスしかり、ミル、ハイエクしかり、そしてあのケインズでさえも「資本に坑ずる」ことを考えるのです。

 最近ではジャックアタリやピケッティもそう。メディアも含め倫理的・人道的主張へと論を落ち着かせようとするように私には思えます。なぜならそれこそが彼らが経済学者になる理由だからです(私もそうです)。

 しかし残念ながら資本を否定したまさにそのタイミングに彼らの学問は死ぬのです。それまでのどんなに精緻な分析も定量的解析も深遠な洞察も無に帰するのです。

 経済の論点は、いつも同じです。すなわち格差の問題、そしてこの資本がすべてを飲み込んで画一化して無機化してゆくという点です。このどちらも本質的には同じ問題です。それは、我々が有機的だと思っているものが無機化することの問題です。格差は、全体論として人間関係の断絶によって社会の危機となり、個別論として人の生命の危機になり、ということです。

 今の話題は、AIによって人々がまた仕事が奪われるんではないか、という不安でしょうか。これも産業革命から同じです。あるいはずっと繰り返している金融資本主義によってお金が暴力的に実態経済、生活経済を脅かすということかもしれません。それも中国では管氏の時代から、イタリアでも13世紀の商業金融から変わってない。その破綻の周期も年々短くなっており、リーマンショックから7年経った今、不安が募ります。

 この世界は未来永劫に資本の波から逃れることはできません。繰り返しになりますが私が経済学を学んで悟ったことは、資本を否定することの愚かさでした。

貨幣とその蓄積である資本は、数字というもっとも汎用的、逆に言えば抽象的・匿名的な財の形をとった完全言語です。その汎用性ゆえに、人々の最終的な欲求はこの究極の財である貨幣の獲得に向かわざるを得ません(ただし私が今後述べる上位次元欲求は貨幣で買えません、それがお金のない経済、つまり信用主義経済です)。

 その上で人はどうあるべきか、なにをやるべきか?それは3つだと私は思います。

1 資本の波を食い止める(規制)
2 飲み込まれた人を助ける(福祉)
3 新たな有機的を発見する、創り出す

です。

 1と2は、政府や行政、NGO,NPOが地球規模でやっていることです。この資本を食い止める行為は中世で言えば城を作り国民を護る行為です。しかしそれ以上に資本を使ったビジネスが世界を無機化してゆくスピードの方が早いのが現在です。ですから、現代を資本主義だとか社会主義がよいとかいうのは馬鹿げていて、資本優位性社会主義時代と言うべきです。資本 〉社会、ということです。

 ビジネスとは本質的に、無機化する行為です。すなわち、標準化によってプロセスを単純化し、画一化によって商品を匿名化し、中毒化によって顧客の生命を無機化することです。ビジネスとは端的に言えば、「標準化・画一化・中毒化」することなのです。貨幣と資本という切断機によって、有機物を無機物に変える行為です。

 これを冷静に見据えた上で、人は、3つ目の、あらたな有機的を発見する、創造する行為に向かうのです。

 私が言いたいのはこれらの無機化することがよくないとか、そういうことではありません。そうではなくて、圧倒的なスピードとパワーで無機化する時代に、有機化創造に焦点を当てて生きることです。

大切なのは、無機・有機の「差」が余裕であり、うるおいとなるということを心に留めておくことです。都会で稼いでいても(無機化力が強くても)、有機性、たとえば関係が薄かったり、自然や食、マインドの安定がなければ豊かでないし、逆に、田舎で有機物が溢れていても、無機化するパワー(資本によるかく拌運動)が弱ければやはり豊かではない。(無機化 = 豊かさ × 富の追求)

 稼げばいい、穏やかであればいい、という一元的な考えでなく、有機物、無機化のバランスの中に、動的な生命としての豊かさがあるということです。


お金の時代は終わる。だからこそ知っておく必要がある

1. 資本や貨幣を否定することは無価値であること。
2. 有機物の発見と創造に尽くすこと
3. 生活経済において有機・無機の調和を心がけること

大切なことは、この3つです。これから数十回にわたる連載で、少しずつお伝えしていきます。

次回は第1回「ピカソがお金持ちだったわけ─21世紀、お金の時代は終わる」。7500億もの資産を持ったというピカソ、その理由に迫りながら、お金の本質を説明します。


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