見出し画像

新楽園

 焦げるような砂浜に生えるヤシの上で、ウミネコモドキのつがいが求愛のダンスを踊っていた。ケイトウは皮膚のぶあつい足を片方ずつあげながら、ヤシの一本の日陰に入り、空の動きを見ていた。

 

 涼を求め、人々が避難するシーズンが近い。人々が長年にわたってまことしやかに噂しつづけた天変地異はついに現実のものとなり、人類はそこからさらなる進化をして”冬眠”ならぬ”夏眠”をするように進化した。

 そのため文明は過度に進化したのちに停滞し、一定の形に収束して以来、なんの変化もなく数千年の時を経たのである。どんなに科学技術が進もうと、人類にはできないことがあった。そのひとつが温度だ。人類のいかなる悪あがきもむなしく、この星は長期間の寒暖を繰り返すようになったのである。

 氷河期は問題ではなかった。燃料を使って温めれば良いからだ。だが温暖化した地球は、冷やすすべがなかった。温まるのを早めないのがせいぜいで、現状維持さえ至難のわざである。そうなると人類は、陽光の当たらぬ世界へと潜り込むしかなかった。


 ケイトウは、ナツメヤシの進化した巨木であるナツメヤシモドキの根元で、しゃがみこんだ。

「どうかしたのか」

 ケイトウの父、ロクジョウが後ろにいた。人はもはや服を着る習慣を持たない。

「いえ、この木の下に、うろを見つけまして」

「千年ヤシか」

 もはや生物の細かいケイトウを分類する学問も、必要がない。この星の文明は、ただ生き残ることにのみすべてを注ぐようになってしまった。だからナツメヤシモドキも、ただのヤシだ。おそらく次の「夏」が終わる頃には、違う種類の植物が育っていて、目覚めた人類はそれが食べられるか、どう利用できるかだけに頭を使う。だから少しでも似ていたものがあったら、なになにモドキと名をつけて、それで話を通じさせてしまう。

 適切な期に目覚める限り、あまり飢える心配はなかった。氷の中に保存された干した食料は数百年分はあったし、その後の季節は植物に溢れるからだ。

「人は生き物としては頭がよすぎるな。なのに今では長く生きすぎる。ものを考える必要がないと、頭脳はじゃまなものだ。たぶん、自分たちへの関心も、もう何世代かの交代で失われるかもしれん」

 いつ眠りにつくかは、人によって異なるが、最近は早く夏眠に入る者が多いようだ。起きて何かをすることを、人は望まない。暑さが近づくと思えば、さっさと余計な活動をやめてしまう。 ケイトウの、黒い肌が芽胞期の硬さをまとい始めている。おそらく明日あたりに、眠りにつくかもしれない。

「私はもう少し起きていようと思います。この世界を、もう少し探求しておきたいのです」

 父の顔を見てまるで言い訳でもするかのように、ケイトウは言った。ロクジョウは黙って去っていった。


 夏眠の果てに、人類の全てが起きられる保証はない。家族という単位は、なぜか眠りの果てに希薄になる。命を失うことのないように丁重に眠りにつかせた子供も、涼しい季節を迎えたとき石になったまま戻らぬことはしばしばだ。

 すると親たちは、さっさと見切りをつける。次の交配にいそしむ。命があれば家族としてはつながっている。強い愛情が結びつけるというよりは、生きている限りなんとなく繋がっている。それだけだ。


 人々は、巨大な地下壕を作り、そこで眠りにつく。この周辺の連中は、みな同じ地下壕に収まる。ケイトウはある日そこに、抜け穴があるのを見つけた。簡素な加工を施した地下道の壁にある小さな穴を覗くと、そこから奥に深く広がりがあったのである。

 おそらく、何者かが掘ったものだと思われた。執着と好奇心に乏しくなった人類は、冒険をしなくなった。だが、たまに遠い祖先が持っていたような冒険心に満ちた者が、不適応者のごとくに混じる。ケイトウもそのひとりであると自負している。おそらくその横穴を掘った者も、そうなのではないか。

 だが、その横穴は、入り口が小さすぎた。その割にはその奥の空間が果てしない。そこは入り口ではないということか。横穴を掘ってきた者がいて、間違ってケイトウたちの地下壕にたどり着いてしまったのだ。それは誤算であり、引き下がったということだろう。

 ケイトウはその穴を探ることにした。するとこのヤシの下の大きなうろに行き着いた。そう。入り口はこのヤシであったのだ。何者かはそこから、己の地下壕を掘り進めた。

 その横穴は独立していて、他に住人がいないような予感がした。一般の地下壕と比べて、深さが足りないのだ。横に横にと伸びている。

 

 ケイトウはひたすら進んだ。闇になるが、夏期を迎えつつあると夜目が利くようになる。それに、地下には発光性の紫ゴケが生えていたので、充分に明るかった。

 やがて気づく。そこは遠い昔、人工的に作られたトンネルであろうと。遺跡と呼ばれるものに入れていいだろう。それは作りかけのトンネルであったのだろう。岩と土に囲まれ、水に濡れていた。ところどころヤシの根が飛び出している。


画像1



 そのとき、このトンネルの主をついにケイトウは見つけた。

 少女であった。彼女は、遺跡から見つけたらしき、旧人類の衣服を身につけている。半透明のそれは装飾性が高く、おそらく特別に着飾るためのものであったのだろう。

 彼女は回っていた。何を見つめるでもなく、何のためでもなく片足で立ち、くるくると回っていた。

 余剰の行為だ。遊びだ。太古に、未開の地においてほど栄えていたという踊りというものだ。

 人類の進化は、そういったものを失う方に向かって行った。だがここにそれが返り咲いている。ケイトウは彼女の舞を食い入るように見つめ、熱い息を吐いた。


 どれほどの時間を費やしたであろう。うろから出ると、そこにロクジョウが立っていた。まるでケイトウのことをずっと待っていたかのようであった。

「いっしょに、いてくれないか」

 ケイトウは唖然とした。父に、家族の強い絆を大切にする感情が残っていたとは。死ぬときは死に、そうでなければ長く生きるこの人類のひとりでありながら、血筋への執着がまだあったのである。

 ケイトウは、少女のことを思った。あの舞をまた見たい。仲間たちと異なる振る舞いをするあの彼女のことが気になってならない。

 ケイトウは父についていきながら思った。


 まぐわおう。


 そのために、次の涼しい季節に、彼女よりも先に目覚め、舞を極めるのだ。彼女の目にとまるためには、それしかないだろう。

 死にゆく惑星のなかで、彩りのある生を取り戻すのだ。それは千年ばかり先になろうか。


 振り返ると、径を増した太陽が水平線に沈みながら照りつけていた。





また清世さんの企画に参加させてもらいました。

#第二回絵から小説




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?