見出し画像

【落語(5)】 『SWEET MEMORIES(前編)』

姐さんにリクエストされりゃ、そりゃさあ…

********************************

バーの中。白鳳が先にカウンターでグラスを傾けている。バーテンダーはひとり寡黙に仕事をしている。裕太が下手からやってくる。

裕太「あ、白鳳、早いな」

白鳳「裕太が遅いのさ」

裕太「遅刻くらいで目くじらは立てっこなしだい。真打っていうのは最後に上がるもんだ(ストゥールに座る)」

白鳳「焦らすためにそういうことをするんだったらいい趣味じゃないな。他人のリクエストにはすぐ応えるもんだ。もっとも俺は裕太なんか待っちゃいなかったがな」

裕太「そんなこと言うなよ。(おしぼりで手を拭きながら)マスター、いつもの。いやさあ、それで、今しがたちょいと気になる女を見かけちまってね。さやかってんだが、本名だが源氏名だかは判んねえ。ここらで有名な、男をたらしこんで・・」

白鳳「どうでもいい話だな」

裕太「いや、よくねえよ。アレは」

白鳳「じゃあ15秒で話せ。人生は短い」

裕太「人生の時間を惜しむようなやつが、なんでバーにいる」

白鳳「俺も今日それが判ったよ。静かにすごして、時間を巻き戻したり、止めたりするためだ」

裕太「おおっとおー。多くを語らねえ白鳳さんが、なんか言ったねえ。今日ってなんかあったかい」

白鳳「そっちじゃなくて、『静かにすごしたい』ってほうに注目してもらいたかったね」

裕太「いやいや。お喋りな俺への当てつけは何度も耳にしているからね。それより白鳳さんのエピソードだよ(スナックを口に入れる)」

白鳳「お前は野暮だからなあ。ぱくぱくアーモンドを食いやがって」

裕太「野暮なやつに野暮って言うなって。いいじゃねえか、そういう話の流れになったんだから。言わねえほうが気持ち悪いだろうよ」

白鳳「ジョニーウォーカー一杯じゃとても語る気にはならん」

裕太「黒ラベルね。はいはい。マスター、白鳳先生のお替り、俺につけといて」

白鳳「(ため息)昔話だぞ」

裕太「あ、検事時代の?」

白鳳「しっ。あまり大声で言うなよ」

裕太「二人しかいねえだろうがよ。マスターだって知っているし。ねえ?んで?俺は15秒で話せなんて言わねえから話せよ」

白鳳「わかったよ。若い頃だった。俺は熱血と言えば聞こえはいいが、厳しい検察官だったね」

裕太「検察官っていうだけでもう厳しそうだな。現役にはお目にかかったことがないけれど」

白鳳「そうだな。法曹界の中でも、検察官っていうのは弁護士と違って極端に成り手が少ない。弁護士は弱い者の味方みたいなイメージがあって、人気がある。いっぽう検察官というのは、人を犯罪者として仕立て上げる、悪者みたいなイメージだ。犯罪に立ち向かう、正義の味方のはずなんだがな。だからその悪者のイメージのほうにわざわざなろうなんていうのは、よほどの正義漢の強い、職業意識の高い人が集まるっていうことになる。あえて善人とは言わないが、厳しい人が多いのは事実だ」

裕太「あは。俺はなれねえな」

白鳳「それでな。検察官の仕事のひとつに、勾留中の者に会って話をするというのがあるんだが」

裕太「噺をする。毎度馬鹿馬鹿しい噺を一席ってのとは訳が違うんだろうな」

白鳳「面白い話の逆だな。取り調べだ。厳しい説教も兼ねている。どんな事情があれ、法律を破ったということについて、自覚が足りない、とか、思慮が足りない、ってな。べつに、厳しく叱らなきゃならないっていうルールがあるわけじゃないんだが、そうしない検察官はいなかったよ」

裕太「ひええ。俺も留置場に検察官が来たら気をつけよう」

白鳳「その前にそういう状況にならないようにしてもらいたいね。俺は身柄引き受けをしないぞ」

裕太「そういうリアルなこと言うなって。それで?厳しくしてなにがあった?」

白鳳「ある日、特殊詐欺の受け子を取り調べた」

裕太「特殊な詐欺のウケ子さん。また変わった名前を。あれかね、寄席で真ん前の席で、くすぐりでもないところでやたら大声で笑う妙齢の婦人とか。あれ、演者もやりづらいらしいね。周りも引くし。それでついたあだ名とか」

白鳳「名前じゃないよ」

裕太「ボケただけだよ。あれだろ?オレオレ詐欺」

白鳳「振り込め詐欺とか言ったほうがいいな。『オレオレ』言うとは限らない」

裕太「俺もさ、先日、『あたしあたし詐欺』にあったんだよ。ありゃ男性なら誰でも心当たりがあるから引っかかるだろうね」

白鳳「何の話だよ」

裕太「母さん助けて詐欺っていう正式名称もあったっけ」

白鳳「マスター、お勘定はこちらが持ってくれるそうだ」

裕太「待った待った。待てよぉ。白鳳先生ー。もう黙ってるからね」

白鳳「どうせ喋るだろけどな」

裕太「ないないない。一生喋らない。もうハードボイルドに出てくる男くらいに喋らない」

白鳳「真面目な話だからあんまり茶化さないでもらいたいけれどね。それで、その子は、高校を卒業して働いたばかりだったなあ。あの特殊詐欺っていうのは、大元で絵を描いているやつが判らなくてね。捕まるのはいつも金を受け取る役である受け子のような末端ばかりなんだな。その末端を捕まえても、自分達に指示を出したやつなんて顔も知らなかったりして聞き出せないんだ。しかも大して分け前をもらえることもないし、ヤバくなればすぐ尻尾切り。使い捨てだ」

裕太「ひどいな。そりゃ詐欺だ。訴えりゃいいのに」

白鳳「騙されたとはいえ、犯罪の片棒担ぎには変わらない。クリーンじゃないことで文句をつけるために法廷に立つ権利っていうのはないんだよ。そのときも俺はそう言った」

裕太「ああ。今度はもっとバレないようにやれって・・ねぇ。黙ってます」

白鳳「その子は自分にも言い分があると言った。親が病気で稼がなければならないし、何より自分は脅されていたって云うんだ。暴走族の兄の先輩を経由して頼まれた受け子で、断れば何をされるかわからない。だからいやいややったって云うんだよ」

裕太「そりゃ気の毒に」

白鳳「だが俺はそれに言い返して、お互い激しい議論になってしまった。すると俺は、完膚なきまでに打ちのめすというのかな。飽くまで理詰めで責めてしまったんだ。怖い思いをしていたら警察に相談するのが筋だ。被害者が悲しい思いをするということについても考えが足りない。そもそもそういう話を持ちかけられるような環境にいるのも問題だ、兄が暴走族をやめるよう働きかけたのかと。働きかけてやめなかったのなら縁を切ったり、警察に突き出したりするべきで、そうせずに兄に反社会的行為を許してきたこと自体がもう正義に反しているんだ。そこから今回の事件は始まっているんだ。法の重みを忘れた者に同情の余地なんかない、とまでね」

裕太「うわ、レ・ミゼラブルのジャベールみたいなやつだね。うひゃぁぁ。俺、白鳳さんだけは敵に回さないようにするよ」

白鳳「今はそんなには怖くないさ。そういう相手にはな。で、彼女はそのとき、俺をきっ、と睨んだね。凄みがあった。『あんたのことは絶対に許さない』と言った。警察が恨まれることはある。有罪にした裁判官が恨まれることもある。だけど検事はそういうとき、恐れられることはあって後々までそれが思い返されることもあるそうだが、すでに留置中だから恨まれるっていうことはあまりないように思うんだ。それが『絶対に許さない』ときた。なんだか互いに傷つけ合う話しかたになっていってしまった」

裕太「うへえ」

白鳳「彼女の生い立ちだが、小さい頃は父親に殴られて育ったそうだ。それから父親がいなくなり、母親の手ひとつで育てられたそうだが、その後も父親は家を尋ねて、妻と娘、つまり母親と本人だな、ふたりに暴力をふるったそうだ。家を出てはいるから、金は入れない。暴力はふるう、という感じだった」

裕太「それは虐待っていうやつでしょう。すぐに通報しないと」

白鳳「俺も真っ先にそう思った。それですべて解決だと、単純にそう考えた。だが彼女は何度も学校や児童相談所、警察に相談したが、相手にされないことが多かったし、相談できてもそういう機関の職員が、父親を家に入れてしまっている母親を責め立てることもあったそうだ。何より小学生であった彼女が『君も気をつけるように』なんて注意されることがあったらしい。最後には彼女も施設に入ることができたみたいだが、そこでも辛い体験を強いられたそうだよ」

裕太「うはぁぁ」

白鳳「『何が正義だ、クソが』と彼女は言ったね。『あたしたちが奪われていたときには大人たちは誰もすぐに助けてくれなかったくせに、脅されて仕方なく奪う側に回ったら途端にサツが飛んできてこの通りさ。あたしはねえ、腹空かしている子を救えもしないくせに『正義』なんて言葉を振り回すやつのことなんか信じないんだ。情を持ってあたしを助けたくれたやつだけが正義さ。あたしを助けてくれるなら、殺し屋だって構わないのさ。いいかい。あたしを苦しめてきたやつは何人もいる。だけどあたしは、あんたを誰よりも許さない。覚えておきな』とね。これは俺の胸に刺さった」

裕太「誰よりもって言われちゃあね」

白鳳「違うよ。『腹空かしている子を救えない』ってところだ。実は、俺が正義の味方を目指したのは、アンパンマンみたいになりたかったからだ」

裕太「はあ?ここで突然アンパンマン?」

白鳳「ああ。アンパンマンはお腹を空かした子を助ける正義の味方だろう?やなせたかし先生も、そういう思いであの漫画を作ったらしいよ」

裕太「お前もまた妙なことで職業を決めたもんだねぇ」

白鳳「とにかく俺はガツーンと一発くらった思いがした。お腹を空かせているっていうことは要するに貧困だ。貧しいものを救うことは、俺にはできないんだって思ったよ。それから、児童相談所や施設のことを調べに調べた。現状は、たしかに厳しいもんだった」

裕太「ああ、それってよくニュースとかでもやっているよなあ」

白鳳「ああ。熱心な職員もいて、そういう人たちのお陰で救われる子供たちもいるっていうのは事実だ。だがまだまだ充分じゃない。大学卒の、飢えなんて見たこともないような連中が、税金課の仕事に就くか、図書館に配属になるか、なんて選択肢と横並びで、じゃあお前、とりあえず児童相談所に行ってくれ、なんて頼まれる。あれは特に資格がなくても働けるからな。子供なんて相手にしたことがない職員だっているだろう。それが、ノウハウもなく、大した研修を受けることもなく仕事を任される。責任の重い仕事を大量にだ。そういう中に、心無い対応っていうのでは済まない、悪意のある行為が混じる。検察捜査って言ってね、検察でも刑事みたいに事件を捜査できるんだ。俺は現役時代に、児童の施設での不正に関する事件を担当した」

裕太「あ、そうか。それってあの、検察主導で厚労省まで巻き込んで、児相の闇を一気に暴いた事件のことだな。お前、すんげえ活躍したんだな」

白鳳「大した影響は与えられなかったさ。それで、その捜査をしていた最中のことだ。おそらく、例の、俺を睨んだ子だと思われる子と施設で出会った。たぶんそうだと思う。それが2回目の出会いだ。施設にいたんだ。最初はそこにいる職員かと思ったんだ。でも違ったよ。そこを尋ねてきたんだったよ」

裕太「あ、親ってことか?子供を児相に預けている」

白鳳「俺も最初はそうかと思ったが、それも違った。その施設は、彼女が高校時代に過ごした施設だったんだ。それで不正が暴かれようとしているということを知って、気にかけてやって来たらしいんだ。聞き込みをしているとき、俺は彼女の姿を見かけて、もしや、と思った。あの力強い目が、あの日の出来事を思い出させたよ」

つづく

Ver.1.0 2020/6/24


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?