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【落語(8)】 『三本の矢』

新作・創作の落語というのはたいてい現代を舞台にしている。

だが私はどうしても江戸という枠組みでないと、落語としては中々無理があると思っている(そうは言っても、嫌い嫌いと言いながら新作をけっこう作っているのだが)。

だから江戸時代の設定で噺を作るのだが、そんなに評判が良い訳でもない。根多自体の問題もあるのかもしれないが、いや、わざわざ江戸でやらなくても、という意見が聞かれる。故人の目指したことをやるというのは、そういうことじゃないんだと。

だが、自分としてはそこに挑戦したい。なんとなりゃあ「これは古典だ」と勘違いされるような噺を作りたいのである。

これはそんな意地を尽くした作品のひとつである。


*              *               *

竹「大家さん、こんちはー。お呼ばれしまして、みんなでやってきました」

八五郎「こんちはー。ほら、お前ぇも入れよ。何今更引き返そうとしてんだ」

金坊「・・・こんちは」

大家「来たか。入れ。座れ」

竹「あの、ハナに言っときますけど、今日は一杯奢るからってんで来たんですよ。飲ませるからって云っといて店賃寄こせなんていうのはなしですよ。一杯奢られるどころか却って損しちまいますからね」

八五郎「あ、気づかなかったね。そういうことかよ」

金坊「サギ。ドロボー」

大家「泥棒とは何事だ。そもそも払わなければならん店賃を払っとらんのだからお前たちのほうが余程泥棒だろう。まったく人聞きの悪い。そんなんではないよ。今日は一緒に御馳走でも食べながらな、ちょいと一杯ひっかけて話でもしてみたくなったという訳でな」

竹「あ、そういうことですか。なら、ごちになりやす。なあ」

八五郎「ああ、ありがてぇ。本当に」

金坊「御馳走喰わせろ!酒飲ませろ!」

大家「そうがっつくな。すぐに支度をさせるよ」

竹「流石大家。店子の面倒見が良い!」

八五郎「よっ、大家。日本一」

大家「心にもない世辞はいいよ」

竹「はい、じゃあやめます」

八五郎「そうだな。心にもないことは云わないほうがいいな」

金坊「飲ませろっ!」

大家「何だお前たちは。物の云いかた、目上の人を敬う心、礼儀というものがまるでなっていない。そんなことだからいつまでもうだつが上がらんのだ、ええ?」

竹「(小声で)おい、始まったよ。だれだよ、怒らせたのは。え?まあ俺も一寸云ったけどよ、お前ぇはとどめをさしたろう。こうなると長いよ。大家は。俺たち三人が呼ばれたのだって、要するに小言をいいやすいからだろ。長屋ではいつも三馬鹿って云われてるんだから。説教をしたかったんだよ、大家は。こないだお嫁さんもらった紺屋の清さんなんかと比べられるんだよ。清吉を見ろ、真面目一筋、実直で、お前たちとは大違いだ、とかなんとか云って」

大家「・・・・大体お前たちは根がいい加減でいかん。いい加減な奴というのは人に軽く見られる。ええ?今日だってどうだ。半刻も遅れて来て。竹、お前など起きるのはいつも何時だ?」

竹「え、いやまあ、六つには起きますよ」

大家「嘘を吐け。いい加減なことを云いおって」

竹「いやその、六つには起きるつもりで・・・まあ、また寝ちまったりして。家出んのはその時々ですけど、それでもちゃあんと働いてますよ」

大家「それがいかん。いい加減だと云うのだ。お前は大工、職人だろ。遅く家を出ればその分仕事が終わるのも遅くなる。同じだけ働いても、終わるのが昼時を過ぎるようならば、世間様からは仕事の遅い奴だ、と思われ、仕事の遅い奴は、これすなわち腕の悪い奴だと思われるということだ。信用も失う」

八五郎「あ、大丈夫ですよ、こいつは。遅く出てきた分、早く帰りますから」

竹「余計なことを云うな」

大家「ああ、八五郎。そう云ってるお前も、時を守らんな」

八五郎「ああ、あっしは商人ですから、遅くまで働いても遅くまで働いた分、銭になるわけで」

大家「お前は一人で商いをしてるのをいいことに、気の向いたときにしか働かんだろう。それに気まぐれだ。思いつきでこちらの長屋、あちらの長屋と売りあるく上に、すぐ休みをとってしまう。ええ?お前が売るのは魚だ。イキのいいのがすべてだろう。すなわち早さが命だ。『先々の時計になるや小商い』と云ってな、毎日休まず、同じ所できちんきちんと売り歩けば、信用もついて得意も増えるというものだ。そうすれば長屋の表に店だって構えられるようになるかもしれん」

八五郎「・・・」

大家「それから金坊、金坊」

金坊「フガッ、フガッ(ガツガツ飲み喰いしている)」

大家「・・・お前にはかける言葉もない」

竹「いやあ、まったく大家さんの云う通り」

八五郎「でもまあ、人にはそれぞれ分相応ってのがあるし、俺は今のままでいいですよ」

竹「馬鹿ッ」

大家「馬ぁ鹿もん!そんなことを云ってるからお前たちは嫁の来手もないんだ、ええ?良いか、紺屋の清吉を見ろ」

竹「馬鹿、お前ぇ、余計なこと云うから、始まったじゃねえか。説教ってのは、はいはいって云うこと聞いてりゃ、一番早く済むんだよ」

大家「・・・清吉は真面目で素直で実直で誠実で正直者、働き者で酒もバクチもやらんときている・・・」

八五郎「どっかおかしいんだね、きっと」

竹「しーっ」

大家「・・・お陰で見ろ、長屋でいちばんの器量良し、おみよを嫁にもらったではないか。お前たちとは大違いだ。お前たちは不真面目でいい加減でだらしがなくてなまけ者、嘘吐きでしみったれでまぬけでうすのろですっとこどっこい、思慮もなく徳もなく金もなく生きる価値もない。お前たちには嫁の来手はないだろうな」

八五郎「ひでえな。味噌糞だな」

竹「仕方ねえな。噺をそらすぞ。えー、大家さん、いやたしかに清の野郎うめえことやりやがって。そんときの宴は良かったですね。お似合いの夫婦だったなあ」

八五郎「ん?ああ良かった。おみよちゃん綺麗だったなあ」

金坊「料理、美味かった」

竹「料理はいいんだよ」

八五郎「あ、それから、大家さんの話も良かったですね。何でしたっけ?」

竹「ああっ、それはもしかしてお前」

八五郎「ほら、大家さん云ってたでしょ。生きていく上で三つの大切な袋があるって。ええっと、なんだっけ。一つは堪忍袋、もう一つはお袋で、もう一つは」

金坊「胃袋」

八五郎「そうそう。いやー流石大家さん良いことを云いますね。心に沁みました。心学をやってる人はやっぱり違う・・・って、あれ?」

竹「あちゃー」

大家「ふん」

竹「ほんと馬鹿だな、お前。いちばん触れちゃあいけねえところ触れやがって。ありがたいお話をして下すったのは角に住んでる先生だよ、あの、心学の」

八五郎「あ、そうか」

竹「大家の話は長くてつまんなくて皆寝ちまった。それだけでも大家は気にしてたのに、その後に先生の話が判りやすくて面白くて為になるってんでみんな拍手喝采。つまらねえ話をしたつまらねえ大家は、手前ぇもつまらねえ。まったく、つまらねえ大家の・・・」

大家「つまらなくて悪かったな。聞こえてるぞ。聞こえない訳がなかろう。もういい。何をやってるんだ。だれが酒を飲んで良いと云った。一杯飲ませるとは云ったが、二杯目も飲んでいいとは云っとらん。肴もしまえ」

竹「いや、ま、待ってください。いや、あたしもねえ、あんなついこないだ長屋に越してきた先生なんかがね、なんだか出しゃばったことを云いやがって、なんて思ってたんですよ。なあ」

八五郎「へ?」

竹「へ、じゃねえよ。お前ぇもなんか云え」

八五郎「あ、ああ・・・そうそう、俺は先生の話よりも大家さんの話のほうが良かったな」

大家「お前などいちばん前でいびきをかいていたろう。もういい。しまえ」

金坊「酒・・・と料理・・・」

竹「いやいや、大家さん。本当ね、頼れるのは大家さんですよ。大家さんのありがたい話が聞けるっていうんで、こうして今日もみんな集まってるんじゃないですか。なあ」

八五郎「いえいえ、本当」

竹「ホント、ホント」

金坊「・・・。本当・・・」

大家「そうか?」

竹「そうですよ。さ、気をとりなおして。なんてったって大家なんすから。よっ、日本一の大家。大明神!」

八五郎「神様」

金坊「仏様」

竹「それは縁起が悪いよ。ま、そういうことで飲み直しましょ。大体、あれくらいの話なら、大家さんくらいになると、知ってるでしょう」

八五郎「そうそう。どっかで聞いたような話だし」

金坊「・・・」

大家「まあそうだな。あの手の話ならいくらでも知ってる」

竹「そうですよね」

八五郎「例えば?」

竹「聞くな」

大家「たとえば・・・その、なんだな。人が生きる上で三つの大切な、矢がある・・・」

竹「矢?」

八五郎「それって何か、ちっとだけ違わねえか?たしか毛利元就公の、一本だと折れるけどたくさんだと折れねえって奴でしょ」

竹「いいから聞いてみようよ。なんなんスか?その大切な三つの矢っていうのは」

大家「まず一つは・・・」

八五郎「まず一つは?」

大家「・・・イヤ」

竹「ハ?イヤ?なんなんすか。その『イヤ』っつうのは」

大家「イヤはイヤだ。なにかを断るときに使う、『嫌』だ。人は、望んでもいないことを求められたときにきちんと断ることができんと、要らんものを背負って後で損をする。だから『イヤ』が大切だ」

竹「へーえ成程。うまくまとめたねえ。「イヤ」って云いかたはとげが立ってなんかイヤだと思ってたけどねえ」

八五郎「でもたしかに俺もイヤと云えねえからこんなところでこんな話聞かされるハメになったわけだしな」

金坊「・・・イヤ」

竹「で、一つめのイヤはいいとして、二つ目はなんなんですか?」

大家「二つ目は・・・」

竹「二つ目は?」

大家「真打になる前だな」

竹「ちょっと大家さん。今、シーンってなったの俺たちだけじゃないですよ。いい加減にして下さい。判んないなら判んないって云って下さい」

大家「冗談を云ってみただけだ。難しいことばかりを云うとな、お前たちが眠くなるだろうと思ったんだ。店子を思う心だな」

竹「なにが店子を思う心ですか。二つ目の矢はなんなんですか」

大家「だからそういうことだ」

竹「ハ?」

大家「店子を思う『大家』だ」

竹「はあ?」

大家「大切だろう。大切じゃないとでも云うのか?大家と云えば親も同然。大家がいるからこそ、長屋で暮らしていける。小言を云ってくれるのも大家。共に奉行所に云ってくれるのも大家だ。文句があるのか!」

竹「いや・・・あ、早速使ったね、『イヤ』ま、とにかく大家は大切です」

八五郎「でも、生きる上で大切な三つのうちの一つが大家ねえ。なんか俺、この先も読めてきちゃったよ。きっとさ、高砂屋とかでしょ。夫婦になることが大切だとかなんとか云っちゃって」

竹「蚊帳とか」

八五郎「お冷やとか」

金坊「うなぎ屋!」

大家「違う。そんなんではない。もっと大切なものだ」

竹「もっと大切な矢ってなんですか」

大家「それは・・・」

竹「それは?」

大家「・・・時は元亀二年毛利元就臨終の際に息子の隆景を枕元に呼び云ったことにはーー」

竹「おいおい、いきなりなんだ?何か始まったぞ」

八五郎「やっぱり元就公だよ」

大家「ーー『生きる上で大切な三つの矢がある。一つはイヤ、断るときの言葉』」

竹「本当かね」

大家「『ーー二つ目は大家。長屋を治むる者なり』」

竹「元就公がそんなこと云うかね」

八五郎「元就公は長屋には住まねえだろう」

大家「『ーーそして三つ目の矢はーー』」

竹「うん、三つ目の矢は」

大家「そのとき元就が云ったことには・・・」

竹「うん。云ったことには?」

大家「・・・『時は治承四年源平合戦のおり、源頼朝が家臣を集め・・・』」

竹「一寸ちょっと!先伸ばしでしょ。ええ?大家さん、出まかせ云ってんでしょ、ねえ、いい加減なんだから」

八五郎「いい加減だ」

金坊「いい加減」

大家「イヤ、私は大家、決していい加減なことは云わん。ただ・・・元就公はいい加減だったらしいなあ」


Ver 1.0 2020/8/18


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