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【ショートショート】 『深煎り入学式』

 新学期。新しい校長の入学式での挨拶がどうなるか、教員たちは話していた。
「アメリカンだといいなあ」
 校長の挨拶は、コーヒーの焙煎に喩えた隠語を使う習いになっていた。浅煎りなら「アメリカン」熱量ばかりはあるが苦い思いをさせられるのは深煎りの「フレンチ」である。

 入学式当日。校長の挨拶は冗長でまとまりはないくせに、やたらと「自主的」を連呼して暑苦しい。
「はあ。フレンチローストを通り越して、最上級のイタリアンだったよ」
 集会のたびに児童と教員が焦げ上がる一年となった。

 ところが次の春休み、この噂がどう漏れたか、校長が「私の話はイタリアンだって?」と教員を捕まえて言い、職員室の温度がすうっと下がった。
 だが校長は思いの外、ご機嫌だ。

 やがてその校長二度めの入学式。
「あれ? 今年の入学式は深煎りじゃないぞ?」
 食前酒、前菜、メイン料理、ドルチェ、といった構成のある話に仕上がっていたそうな。 

#毎週ショートショートnote

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