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【数理小説(10)】 『無限の帝国4 連続体仮説』

 無限城、王の間。
「……でだな。その教材は本当にすばらしい内容なんだ。一度でいいからお前も観てみるがよいぞ、と。ハハハ。クイーンはもらった」
「ですから王様。そういったものは内容が薄っぺらで、役に立つような錯覚だけさせるものなのですって。はい、こちらもクイーンをいただきました」
 アレフ王と宰相のチョイスは、向かい合ってチェスをしていた。アレフ王の戦争好きーー正確にはすぐ奇妙で新しい戦法を試したがることーーにチョイスはもううんざりとしており、そんなに自分の戦法に自信があるならチェスでも活用できるはずだ、という話になり、対戦することにしたのである。アレフ王は、最近購入した『国・会社が永遠に繁栄する 〜ウルトラマネジメントメソッド』という自己啓発ビデオを観たから、自分はもうあらゆることにおいて無敵なのだと自信満々である。チェスにも、『一点集中破壊戦法』なる、あらゆる駒の攻撃を敵陣の一点に集中させ、そこから破っていくという戦法で臨んでいた。この戦法は、実際に次の戦に用いる予定であったもので、敵国の軍の中心にいるたった一人の兵に、こちらの歩兵3人が剣で攻め、さらにその背後から5人が長い槍で攻め、さらにその後ろから投擲、弓矢、爆竹に呪術師の呪いに至るまでの攻撃をするというものだ。狙い撃ちされた兵はたまったものではないが、どう考えても非効率的だ。
「あ、それは待った」王が言った。
 チョイスは首を振った。
「チェスで待ったをするような名将もいないのではありませんか。それともそのビデオ教材では待ったをするように言っていましたか」
「チョイスぅ。お前は四角四面に考えすぎだ。ちょっとくらい融通しろ」
 王は口を尖らせたが、チョイスは聞き入れなかった。
「盤は四角四面です。それに王様はもうすでに十回待ったをしております」
「一々数えておるのか。なら、十一回目ということでいいではないか。だめか?だめだったら、もうつまんないから、この盤面崩しちゃうもーん」
 聞き分けのない子供のようになったアレフ王の相手をこれ以上しなくて済むなら、弱すぎる相手とのチェスはとっとと辞めたいチョイスではあったが、彼には王にこれ以上戦争をさせないという使命がある。仕方なく待ったを受け入れることにした。
「じゃあ待ちますが、さきほどからやっている一点破壊集中戦法には到底無理があります。守りがおろそかすぎます。ですからその戦法は役に立たないとお認めになっては……」
「ヌハハハ。すでに新しい戦法を思いついた。確実な手応えもすでに感じておるぞ」
「確実な手応え?さっきから戦局が悪くて、王様は待ったをしてばかりではないですか」
「だからそれだよ。名付けて『待った戦法』だ。戦局が不利になったら、「待った」をかけつづけるのだ。これなら負けることはあるまい」
 チョイスが「この王を説得することは二度とすまい」と思うのは、もう何度目になるか判らなかった。
 そこに従者の一人、カーディナルが現れた。
「王様、ご報告がございます。先日制定されました、国民総番号法による国民全員に番号をつける作業が終了いたしました」
「おお、そうか。結構、結構。どの都市や町も、住人が無限にいるからな。それは相当な苦労があったであろう」
「いえ、それほどでも。どの住人も特定の住所に居るので、座標を示す二つの実数を利用して、それを小数点以下も含めてすべての桁を交互に配置することにより一つの……」
「ああ、よいよい。そなたらが相当の工夫の末にナンバリングが可能になったということが判れば充分だ」
「ははあ。恐れ入ります。ただ、意外なことが判明致しました」
「というと?」
「はい。どの都市も無限の住民がいることは確かなのですが、その数の大きさには違いがあるようなのであります。それで元老院の者の中には、税制や公共投資についても一律に同じであると、不公平であるということを述べるものもおります。特に首都をはじめとする主要な都市への人口の一局集中と、それ以外の僻地の村の過疎化が問題になっております」
「なんだって?」
 これにはチョイスが食いついた。王はよく聞いていなかったようだ。
「ちょっと待て、カーディナル。どういうことだ?無限ということはこれ以上の大きさはないということだろう?そこに違いがあるというのは……あれ?王様?なにをやっているのですか?」
「チェック!」
「ああ、チェスはまだ続いていたのですね。ですが、カーディナルの報告は大事かとも思われますが……って、王様。私がカーディナルのほうを向いていた間に、インチキして駒を勝手に動かしましたね?あれ?ああーっ!盤面が、ひっくり返っている!私が白だったのにーっ!」
「ええ?しらないもーん。証拠はあるのか?なあ、カーディナルも見ていないよなあ」
「私はチェスのことはよく判りません」
「もういいです。チェスどころではない。よいか、カーディナル。たとえば無限の住民の都市があるとする。それより一人住人が少ない都市があるとして、それでもその属洲の人口は無限だ。無限からいくら住民の数が少なくなったとしても、住民が尽きないから無限であろう」
「チェックメイト!」
 王は両手を上げ、全身で喜びを表していた。
「私はまだ手を動かしておりません」
「名付けて『逆転戦法』。うむ。これは勝てると確信したぞ」
「そんな戦法は現実には……いや、無視無視。それよりもカーディナル。無限というのは半分にしようが3分の1にしようが、やっぱり無限なのだ。無限である以上、差はつかないんだぞ?」
 チョイスが真剣にカーディナルに問うが、この従者は常に淡々としている。
「都市の人口差は、何人多い・少ないとか、何倍多い・少ないとかいったレベルの問題ではないということです」
「はあ?先ほど、差があると言ったばかりであろう」
「そうなのですが、なんと説明したらよろしいやら……」
 カーディナルは少し考え込んだ。
「つまりですね、チョイス様。人数に差があるかどうか比べるために、並べて数えてみたわけです」
「それは悠久の時間がかかりそうだな?」
「ああ、実際に並んでもらったのではありません。王様の命令で住民をナンバリングしてありますので、一人一人照らし合わせていった、ということであります。ファンクションという部下にやらせましたら、一晩かからずにできました」
「ふむ、言っていることは判るが……」
 チョイスは想像を巡らせた。王はチョイスとのチェスの勝利に浮かれている。もはや議論に加える相手ではない。
「このように各都市や村で一人ずつ対応を作って行くと、人口が少ない「村」と人口が多い「都市」があることが判ってしまったのです。1から順に数えていけばいつかはだれもが何らかの数字にあたる程度の人口がいる「村」と、その村の一人一人に対応するようにどんな工夫をして人を並べても、溢れて対応が定まらないもっと多くの人がいる「都市」とがあることに。ちなみに多い方の「都市」と「都市」の間では、一対一対応があることも認められました。つまり二種類の無限があるようなのです」
 チョイスはにわかには信じられなかった。
「うーん、税金は一人当たり1カッパーに相当する額を各自治体・属州に払わせているので、結局無限の金額を我が国は得られるわけではあるが、一極集中と過疎化……無限にいても過疎ってあるのか……ん?待てよ?カーディナル。その人口が少ないほうの村と、人口が多いほうの都市、それぞれどのくらいの数があるのだ?」
「村も都市も無限にありますが」
「そうか。それはそうだろうなあ。ん?いや、これは判るかどうか。もし判ったらでいいから教えてくれ。それぞれの数に、差はあるか?つまり、村の数と都市の数の違いだ」
「ああ、そういうことでございますか。それでしたら明確に判ります。村の数は、少ないほうの無限の数だけあります」
「本当か。それは、そういったあるひとつの村の住民全員を、そういったべつの村に一人ひとりバラバラに移住させようと思ったら、可能だということを意味するわけだな?」
「はい、そういうことになります」
「なんとなく判ってきた。もしかして、都市の数は、多いほうの無限か?」
「はい、その通りです」
「では人口の再編成だ。それによって強制的に都市の一極集中を減らす。そもそも今、インフィニティー帝国には、都市と村しかないのだな?」
「そういうことになります」
「では都市の数を限定しよう。『多い方の無限の人口がいる都市』といちいち呼ぶのは長ったらしくてかなわん。政令指定都市、いやいっそ王の名をつけて『アレフ1指定都市』と呼ぶことにする。アレフ1指定都市は主要な地域にひとつずつあれば充分だ」
「はい」
「次は地形も参考にし、村とアレフ指定都市の中間の人口の「町」や普通の「市」を制定する。2種類の無限には差がありすぎるのが問題なのだ。中間の無限大を用意しよう。私が考えるので、ナンバリングした住民台帳のデータを用意してくれ」
「早速手配します」


 「さて、アレフ1指定都市から人口を削ればよいかな。えーと、うまくいかないな。では過疎の村を合併して人口を増やして……難しいなあ」
 チョイスは一人考えていた。


「王様、大変です」
「どうしたチョイス。昨日余にチェスで負けたのがまだショックか」
「何を言っているんですか」
「余ともう一勝負をするか」
「ああ、それは遠慮します」
「ははは。相当悔しかったようだな」
「まあそういうことで結構です。それより、町や市を作れません」
「どういうことだ」
「はい、2種類の無限の、中間の無限が作れないのです」
「そうか。まあ大変な作業ではあるだろう。もう少し肩の力を抜いてだな。人なんか適当に選べばよいのだから。時間をかければどうにか定まるであろう」
「いえ、本当に信じがたい話ですが、見てください。いろいろな工夫はすでにしつくしたのです。それでも町が作れないのです。どのように人を選出しても、アレフ1指定都市か、過疎の村になります。どうしたらよいのやら」
「んー……わかった!では、アレフ1指定都市から人を減らすのはやめだ。もっと増やせ」
「はあ?そんなことをすれば一局集中はますますひどく……」
「そこがお前の考えの浅はかさよ。自己啓発をしつくした余は、頭が柔らかいのだ。アレフ1指定都市と村の中間を作ろうとするからできなかったのだ。ならば村はなくし、アレフ1指定都市を増やし、それ以上に大きなアレフ2指定都市をつくり、その中間のアレフ1.5指定都市とかを作っていけばよいであろう」
「おお、増やして中間を作る!逆転の発想ですな。それでは早速、その線で考えてみます!」


「王様!」
「なんだ!」
「アレフ1とアレフ2の中間を作れません!」
「そんなわけがあるか!」


 チョイスの言うことを証明する方法はあるであろうか?


〈了〉

Ver.1.0 2020/7/2


無限に広い平面に無限の数の住民が住む世界にある、インフィニティー帝国のアレフ王と宰相チョイスの話の始まりは、こちらからどうぞ。



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