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海の怖い話 ジュゴン

これは、3年ほど前、
私の友人から聞いた話です。

彼はその頃、スキューバダイビングに
ハマっていて、
その年の夏も休暇を取って
とある南の島に行っていたそうです。

水深5メートルくらいのところで潜っていたのですが、ふと見ると、いっしょに潜っていた
仲間がいなくなっていることに気づきました。

不安になったのですが、相手も長年の経験のあるダイバーだったこともあり、しばらく一人で
楽しんでいようと思ったそうです。

たくさんの熱帯魚たちとたわむれながら、しばし現実を忘れて海の美しさに浸っていました。

しばらくして我に返った時、仲間がまだ
見つからないことに気がつきました。

慌てて周囲を探したところ、
5メートルほど先の岩陰に、
酸素ボンベのようなものが見えました。

近づいていくと、
それはやっぱり仲間でした。

何かを夢中になって見ている仲間の肩を叩くと、彼は振り向いて、手に持っていた水中会話用のボードに何か書き込みました。

「向こうの岩陰、見てみ」
そう書いてあったので、視線をそちらに向けて
見てみました。

そこには、低くなった岩の間に、何か青白い物体が挟まっているように見えました。遠目でよくわからないのですが、つるんとした質感で、
ぶよぶよしている感じでした。

「何だろう?」と思って仲間に向かって首をひねったら、仲間は「ジュゴンが寝てるんじゃない?」とボードに書いてきました。

「ジュゴンかあ。かわいいな」
「こんな時間に寝てるんだね。かわいいね」

お互いにそうボードに書き合って、しばらくの間、ほんわかした気分になりました。

そのあと更に何泊かし、毎日海に潜りました。

その間、どちらからともなく、いつもあのジュゴンの寝ていた岩陰に見に行っていました。

ジュゴンは毎日、同じ場所に同じような格好で寝ていました。

「毎日いるね」
「あそこが奴のねぐらなんだな」

ジュゴンの秘密の隠れ家を自分達だけが知っているというような楽しみさえ感じていました。

……そして、いよいよ帰国するという日の朝のことでした。

ホテルのロビーに人が集まり、
何やらざわついています。

近くにいた人に聞いてみると、泳いでいた観光客が沖に流されて行方不明になっていたそうです。

ホテルの人達や警察も出て、この数日捜索していたそうなのですが、残念ながら、今朝遺体となって発見されたということでした。

遺体は潮に流されて、浅瀬の岩礁に挟まれていたため、なかなか見つからなかったとのことでした。

死後かなり時間がたっていて、その体は膨れ上がって男女の区別もつかないほどだったそうです。



「……なあ、俺たちが見たあれって……」
友人は仲間に言いました。

「……ジュゴンなんかじゃなかったんだ……」
仲間も青ざめた顔で言いました。

彼らが毎日楽しみにして見に行っていたのは、
人間の膨れ上がった水死体だったのです。


それ以来、友人は、海に潜ることが出来なくなってしまったそうです。

今でも海の底で見たもののことを考えると、怖くて眠れなくなることがあると言います。

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