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誘惑と懺悔と蛇の首飾り

「阿笠さんは、墓場まで持っていかないといけない話って何かありますか?」

そりゃ心のなかに浮かんでは消える感情とか罵詈雑言のほとんどは、墓場まで持っていかないといけないよなぁ。
と考えたりしたけれど、きっとそういうことを聞きたいわけではないんだろうと思い、特にないと答えた。

もちろん、そういう質問をするからには、相手には誰かに話したい『墓場まで持っていく話』があって、つらつらと始まった話を興味深くきいた。
まあ要は、パートナーを裏切ったことがあるって話だった。

「ズルをしましょうよ、きっとバレないから」

私は私で、今の生活に少し行き詰まりを感じていて、どうしたらいいですかね、なんて相談じみた愚痴をこぼしたりしていた。
そうして話の内容はどんどんプライベートなものになっていって、次第に言い寄られるようになった。

そのとき色々なことに自信をなくしていた私は、浮ついた気持ちになった。
でも同時に、不誠実な相手への嫌悪感と、少しでも喜んでしまったことへの罪悪感が膨らんでいった。

これ以上の発展はないので離れてほしいと伝えて、なにかと理由をつけて接触を減らし、ひとまずは安全圏まで撤退した。

けれど、このときに私が一歩踏み出していれば、落ちるところまで落ちてしまえるところに居た実感がある。
思い出すだけで、吊り橋でうっかり足元を見てしまったときのような気分がしてぞっとする。

ゆらゆら不安定になっていると、人はつけこんでくる。
そういう誘惑はどこにでもあって、流されるのは一瞬。

私はもうこんなことは二度と御免なので、揺れる心を繋ぎとめる錨として、ネックレスを買った。

遠目にはドロップ型に見えるけど、ヘビモチーフ。
ヘビであることは、私だけがわかっていればいい。

禁断の果実を食べるように唆すヘビには、簡単に揺らいでしまう自分の矮小な理性を思い出させてもらうように。

瞳に使われているサファイアには、ずるくて卑怯な自分に「誠実であれ」と、諭してもらうように。

なーんて。強すぎないヘビモチーフのものが欲しいというのが本音で、ほとんど後付けだけど。
それでもほとんど毎日、服の下にこのネックレスを身につけて、心が波立つような日には支えてもらっている。

ヘビは神聖なものとして扱われたり、怪物や悪魔の化身として扱われたり、白とも黒とも捉えられるところが好き。
いいこでもわるいこでも両方でもいいんだよね、私も。

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