第五回阿賀北ロマン賞受賞作①小説部門 『あぶらあげと笹団子』日坂ひよる
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第五回阿賀北ロマン賞受賞作①小説部門 『あぶらあげと笹団子』日坂ひよる

この記事は新潟県の阿賀北エリアの魅力を小説で伝えてきた阿賀北ロマン賞の受賞作を紹介するものです。以下は日坂ひよるさんが執筆された第5回阿賀北ロマン賞小説部門受賞作です。2020年より阿賀北ロマン賞は阿賀北ノベルジャムにフォーマットを新たにし、再スタートしています。<詳しくはこちら>公式サイト

小説創作ハッカソン「NovelJam(ノベルジャム)」初の地方開催を企画・運営しています。「阿賀北の小説 チームで創作 敬和学園大が初開催 筆者と編集者、デザイナー募集へ」 (新潟日報)→ https://niigata-nippo.co.jp/news/local/20200708554292.html

『あぶらあげと笹団子』日坂ひよる


机の中に目一杯詰め込んだ教科書をかき集めて、スクールカバンの中に詰め込む。ふと、窓辺に目をやると空は綺麗な夕焼けを見せていた。
今朝まであんな青々とした色だったというのに、今ではもうすっかり茜色だ。鴉が茜色の中おうちに帰りましょ、と言わんばかりに甲高い声で鳴いている。荷物を詰め込む作業も完了し、カバンの端までファスナーをしっかりかけさて帰るか、と教室の扉に手をかけた瞬間に声がかかる。
 「なあ、ユウヤ、お前、狐火見たことあるか、おまえんちからさ、麒麟山見えるだろ、だからほら」
クラスメイトの一人のハルヒコが何やら雑誌を掲げながら言い寄ってきた。宇宙人、超現象、心霊などという文字が彩る表紙から察するとオカルト系雑誌のようだった。嫌でもハルヒコの思考は読めた。ユウヤはそのことに対して抱いた感情を正直にクラスメイトに伝えた。
「……まだ、そういうの信じてるの。くだらない、あるわけないじゃんそんなの。だいたい、俺はそういう非科学的なことを信じないのがモットーだってお前も知ってるだろ?」
モットーねぇ、とユウヤが呆れたのと同じようにハルヒコは頭を掻きながら呆れる。ユウヤは呆れられたことに対して息を飲み、声がかかったことによって止まっていた足を再び動かし始めた。背後から椅子が引きずられ机の中に入れられる音が聞こえた。そして、一人の女子が「私もそろそろ帰ろうかな」と声を上げたがそれを制止するハルヒコの言葉が聞こえた。
 「やめとけやめとけ、あいつと一緒のタイミングに帰ると狐の嫁入りに巻き込まれっちまう」
確かに教室からは出た、それでも距離的にはまだ教室に近い。聞こえてるっつうの、とユウヤは毒づいた後に、もしかしてわざと聞こえるように言っているのか、と思う。え、そうなの、と素直に忠言に従い椅子につき直す女子も女子だとユウヤは思う。しかし、その女子は正しい判断をしたなとも思う。ハルヒコに変なこと嘯くんじゃねえ、と軽く叩いて言ってやりたかったし、その女子にもそんなことないから、と否定の言葉を述べたかったがユウヤにはできなかった。


 ユウヤがあからさまに不満ありげに帰ってゆく様をハルヒコは黙って見送った。にしても、アイツ、とクラスメイトの男子がハルヒコに耳打ちしてきた。ユウヤの帰宅時に起きる、狐の嫁入りのことを囃したてた男子である。なになに、と大人しく耳打ちされた言葉にハルヒコは耳を貸した。
 「にしてもあいつさ、ノリ悪くねぇ? あそこまであんな風に頭ごなしに否定するもんじゃないだろ、ふつー」
その男子がそういう風に言うのもハルヒコには頷けた。確かにノリが悪いし、そういうのを信じているにしてもあそこまで否定しない。あの時のユウヤは笑わず、かつ真剣にそう受け答えし否定したのである。やれ心霊現象だ、やれ超現象と浮かれていたのもさめるほどにだ。
こういうのは同意を求めているか、頷きが欲しいかであり反論する意見を欲していないなどというのは百も承知だったがハルヒコは言わずに居られなかった。
 「でもな、あいつは昔はああじゃなかったんだよ。むしろ好きで、熱心に調べたり信じたりしてたんだ」
ハルヒコの想像した通り、やはりその男子はつまらそうにえぇ、と言って見せたし、余計な言葉は聞こえたくせにその言葉が聞こえる距離から既にユウヤは居なかった。


 廊下を出て玄関を出て校舎を出て、自転車小屋へと行く。自転車に鍵を入れて、小屋から自転車を出して自宅目指してペダルを漕ぎ始めた時だった。手の甲に冷たい雫が一滴、静かに落ちた。ペダルを漕ぐ足が止まり、空を見上げると茜色の空にも関わらず雨が降り出しているという奇妙な光景が広がっていた。
気付けば手の甲だけにではなく、全身に雫は降り注がれている。ワイシャツに雫は染み込んで、吸ったワイシャツが肌に張り付く感覚がなんとも気持ち悪い。布製のスクールカバンにも遠慮無しに染み込んでいき、中の教科書も一緒に濡れるのではないかという心配がユウヤの頭に過る。一旦校舎に戻り、何か拭くものを取ってきたり雨宿りするという手段もあった、しかし、あんなやりとりが行われた後では意地でも戻りたくなかった。自転車を大人しく自転車小屋に入れ直し、自転車小屋で雨宿りすることをユウヤは選択した。
ハンドルから滴る水を手で落とし、手だけでなんとかできるような範囲をひとまずどうにかする。
そうだ、ここのところ最近ユウヤが校舎から出て帰ろうとするたびに狐の嫁入り、いわゆる天気雨が起きるのである。初日はこんなこともあるか、と済まされたがこれが二日三日と続くと流石に首を捻るものである。そして、先程のようなやり取りが行われるようになったのだ。当然の結果であり、今では、ユウヤと同じタイミングで帰宅しようとする者はそのことを知らない者だけである。人の口には戸が立てられない、とはよく言ったもので、たった数日でその話はあっという間に広がり学校で知らない者はほぼいない、という有様である。ユウヤは何か悪いことしたんじゃないか、ユウヤは何かに憑かれたんじゃないか、なんていう声が上がるばかりだ。ここまで頻繁に天気雨が続くと、どれだけ嫁入りしてる狐が多いんだ全く、と愚痴りたくもなる。だから、これは狐の嫁入りではなくただの天気雨なのである。この頻繁に続く有様も自分が解らないだけで科学的に解明できるはずなのだ、とユウヤは思う。だが、それでも言わずにはいられない。
「あーあ、狐の嫁入りとかいい迷惑だっつうの。なんでわざわざ雨降らすかな、大人しく普通に勝手に嫁入りしてくれよ」
雨がおさまる様子はまだまだ見えず、派手な音を地面に叩きつけていた。湿っているハンドルを握り締めて独りでに呟いたつもりだった。
 「お姉ちゃんのことも知らずにそんなこと言わないでよ! 何か行動を起こす時、意味が無くてやる行動なんてないのに人間って酷い!」
舌っ足らずな幼い子供が持つ独特な高い声色が聞こえ、即座に聞こえた方向を向く。少なくとも、今まで自転車小屋にはあの噂のせいか自分以外の人間は誰一人としていなかった。人が居れば気配を感じ取って、気付いてもおかしくはない。ましてや、自分の腰くらいの背丈を持った子供が今までそこに居たことに気付けなかったほうがおかしい。
ユウヤから見ればその子供は突如現れたのも同然だった。子供の方はずっと前から居たとでも言わんばかりで、声を上げたことにしまったと口元を手で抑えていた。
首を覆う程度の艶のある黒髪に、やや白すぎるように感じられる肌、性別が解らない中性的な子供ながらの愛らしい顔つきをしていた。黒眼が大きくくりくりと動く可愛らしい眼球が、その子供を凝視するユウヤのことを捉える。その眼球から見え隠れする警戒心が肌に突き刺さるが、ユウヤは凝視せずにはいられなかった。この自転車小屋は普段薄暗く、尚且つ今は天気のこともありさらに暗い。にも関わらず、その子供の着物は暗さを帯びることなく明るいのだ。この時期、この時代に着物を着ているということ自体に首を傾げたくもなるが、それよりももっと傾げたくなるのは着物が明るくおぼろげに光っているということだ。子供の青い着物が明るく光っている。人工的な光ではなく、自然が作り出しているとでも言うかのような滑らかな光で。
「お前の姉ちゃんってなんだ。お前の姉ちゃんとこの夕方にだけ頻繁に起きる天気雨が何か関係あるのか?」
とりあえず、子供の正体に関しての疑問は口にせず子供が言ったことに対しての疑問をユウヤは口にした。声を出したことによって不安を帯びていた子供の顔はますます不安を帯び、そのせいか顔が青白く冷汗をかいているように見えた。ユウヤの問い詰めるような口調に畏怖を覚えたのか、子供は小さく呟くように歯切れ悪く語り出した。
「ええと……お姉ちゃん、お嫁に行く前に病気でそのう……死んじゃって、それから十年たったから少なくとも形だけで取り行おうって……でも、ぼくがその嫁入りに使うお姉ちゃんの形見のかんざし無くしちゃって、見つかるまで嫁入り行列をしようってことになっちゃってその」
言葉をよく咀嚼する。かんざしを無くして何故見つかるまで嫁入り行列をすることになったのか、その経緯も謎だがさらに引っかかる言葉がある。
十年。その子供の容姿から見て、十年も生きているようには思えなかった。ユウヤの中の推測が徐々に確信へと近づいてゆく。スクールカバンから財布を取り出して、五円玉があるかどうかを探す。いざとなったら手でもできるが、五円玉があったほうがユウヤにとってはよかった。
そんなユウヤを不思議そうに見詰める子供の視線を感じながら、ユウヤは財布のほうを見て子供にまた問いかける。
 「どっかの県だか忘れたが、天気の雨のこと狐の嫁入りって言わず狐の葬式っていうところもあるらしいな。もしかして、お前のところもそれ?」
 「え、違う、違うよ! ぼくのところはそんな意味じゃないよ、そういう話は確かにきいたことあるけど、純粋にそのう、とにかくぼくのところは違うの!」
慌てた様子で否定する。ぼく、という一人称を使っているが未だに性別はよく解らない。
 「そうだよな、狐の葬式は人が死ぬ前触れって言うし。そう何日も続いたら流石に気味が悪すぎる、お祓いだお祓い」
そう何日も続くと流石に気味が悪い、という言葉に反応したのか、さっきとはまるで違う様子で顔を下に俯いて暗い雰囲気を出していた。かんざしを見つかるまでやろうということになった。つまりは、かんざしが見つかればもう狐の嫁入りだか狐の葬式だか天気雨は無くなる。ユウヤは言った。
 「かんざしを見つければ天気雨は止まるんだよな? なら、一緒に探してやる」
子供はもともと大きな目を見開いて、さらに大きくさせて驚く。驚嘆の声を出さなかったのが不思議なくらいだ。魚が餌を食べたり呼吸したりするときのように口をぱくぱくさせて、腕を回して興奮を隠そうとしているようだったが明らか隠せていなかった。
だが、それも止まる。子供はその子供なりに真剣な表情を作り、意を決してユウヤに言葉を告げる。
 「もう気付いていると思うけど、ぼくは」「言わなくていい」
財布にあった五円玉を取り出して、その穴から覗いて子供のことを見る。そこに人間の子供は居ない。そこにいるのは人間の子供ではなく、狐の子供だ。小さく可愛らしい耳をぴんとたて、黒い鼻の周りにひげを生やし、狐といえどもあどけなさを残していた。茶色の毛で体を覆っており、白い毛が喉元を埋め実に柔らかそうな毛並みだった。ユウヤが幼い頃、母親と一緒に見た動物図鑑の狐の画像そっくりそのままだった。狐も五円玉の意味には気づいているようだった。五円玉の穴や手で形作った穴からものを見ると、そのものの真の姿が見えるという。
眉に唾をつける、というのも効果的のようだが流石にそれは躊躇われた。ユウヤは子供の正体を充分に確認し、財布の中に五円玉をしまった。
「うん、そうだよね、ぼく最初っから怪しかったし、それより何も無いところから急に出てきちゃうし、ばればれだったよね」
ユウヤの言葉が狐を感情任せの衝動的な行動に走らせたことは、深く考えずとも想像できた。狐は自分の失敗に苦笑いしたが、ユウヤは黙った。自分はそこまでの行動を起こさせるような言葉をいとも簡単に発していたのだと。少しの間の沈黙を狐は破る。
 「じゃ、じゃあ、いつ探しにいく……?」
そう、狐が言いかけた時だった。スクールカバンの中が何か緑色にひかり、再び会話が止まる。緑の光を放っていたのは、メール通知を知らせる携帯だった。緑の光を点滅させる携帯に手を伸ばし、携帯を開き操作すると一通のメールが届いていた。宛先にはミユキさんという名前が表示されていた。
今日もまた、天気雨が降りましたね。ユウヤくんの登下校時間と被っているので、心配です。傘はあるでしょうか。もし、傘が無くてびしょ濡れになった場合はいつでも電話してください。車で迎えに行きます。お家で今からでも連絡待っています。
ユウヤはその文面をまじまじと見詰め、溜息一つ吐き出し音を立てながら携帯を閉じた。狐は不思議そうにこちらを見上げていたが、ユウヤは何事も無かったように気を取り直していう。いつの間にか、天気は元の通りになっていた。
 「今から行こう。どうせ、家には誰も待ってないし」


 自転車小屋から自転車を出し、ひとまず校門を通り抜け外へと目指す。校門を出て、狐のことを忘れいつもの癖で自転車に乗り込んでしまい、ユウヤははっと横を振り向いたが自転車と狐の歩行速度は同じだった。人間には成せない業だな、と思う。確かにできる人間もいるだろうが、人間の子供は不可能である。狐だからこそできる業なのか、とユウヤは考える。少し配慮したほうがいいのか、と迷うが呼吸一つ乱すことなく自転車と同じ速度で歩き続け、しかも平気な顔で言葉を連ねて喋っている。配慮なんてものはないなと、普段と変わらずにユウヤは自転車をこいでいた。
「えっと、かんざしはこう、ぴかぴか金色に光ってて彼岸花の飾りがついてるの。彼岸花って、めでたいなんていうイメージもあるんだよ!無くした理由はね……お姉ちゃんのために油揚げ買おうと思って、かんざしもって山を下りたの。栃尾の油揚げって知ってる?あれ、すっごく美味しくてぼくもお姉ちゃんも大好きだったの! あ、話それちゃったね……だから、無くしたところは町中かなって思ってるんだけど」
少なくともユウヤと同じくらい、いやそれ以上生きているはずなのに喋り方は全くその辺の人間の子供と変わりなかった。
喋りたいと思ったことを一気に喋って吐き出す。それ故に、話が解りにくく捉えるべき情報が拡散する。情報を懸命に捉えながらも、ユウヤは必要であるようで不必要な情報が欲しかった。狐の話題を遮って尋ねる。
「なあ、俺はユウヤって言うんだけどお前の名前はなんて言うんだ?」
狐は非常に驚いたような顔をして見せた。少なくとも、これからしばらくの間付き合うことになるのだから、呼び名を互いに知らなければ不便だろう、というユウヤの考えから発せられた何気ない質問が狐にとっては予想外であったらしい。何故、そんな表情を見せるのだろうとユウヤが思考を巡らせていると狐は微笑み呟くように言った。
「ぼくたち、名前無くても平気な生活送ってたから……名前なんて、なかったよ」
寂しそうであり、悲しそうでもあった。片親の人に片親について尋ねたり、故人になったことを知らず故人について尋ねたりしたわけでもない。だが、ユウヤはそれとよく似た気まずさを感じていた。しまった、と。でも何かしなければ、とユウヤはまた考える。気付けば狐の名前をユウヤは考えていた。狐を英語にしたものだとか、雨だの、この狐に似合いそうな名前だの考えるがいいのは浮かんでこない。
この短い時間で狐から得た情報を元に考える。真っ先に出てきたのは今探し求めている彼岸花のかんざしであり、彼岸花からユウヤは連想する。そこから鮮やかにとある記憶が脳内で描かれる。幼い自分が母親と一緒に白いベッドの上で植物図鑑を眺めている。彼岸花の写真が載っており、その隣には彼岸花に似ている花の写真が載せられていた。
 「じゃあ、お前今からショウな」
彼岸花の写真の隣にあった写真とは鍾馗水仙だった。鍾馗水仙から名前を借りて、ショウである。鍾馗水仙は明るい橙色や黄色の花弁を纏っており、狐には似合う我ながらいい名だなとユウヤは満足げに頷いたがそれはユウヤだけではなかった。先程の悲しそうで寂しそうな笑みはどこにいったのだ、もしかしてあれは仮面だったのかと問い詰めたくなるほどショウは破顔していた。それこそ鍾馗水仙の花弁の明るさを連想させる笑みだった。ただひたすらにその笑みをショウはユウヤに向けてくる。
 「ショウ、ショウかあ、いい名前だね! 鍾馗水仙見たことあるよ、綺麗で明るくって素敵な花だよね、そんな花から名前を貰えるだなんて嬉しいな」
ショウ、ショウ、僕の名前はショウ。歩幅と歩行速度に合わせてリズミカルに自分の名前を歌うようにショウは呟いていた。
そんなショウの歌に似た何かを聞きながら、ユウヤは自転車を漕いでゆく。風と共にショウの歌が流れていくのを肌で感じる。名前を手に入れたことではしゃぎすぎて、本来の目的を忘れているのではないのかといささかユウヤは心配になった。いつからショウがこの歌に似た何かを声に出し始めたのか、出し始めてからどのくらい経ったのか解らなくなった頃ショウはそれを止めた。
ショウのその何かが持つリズムに合わせていたつもりは無かったのだが、それが止まった時、ユウヤは自然と自転車にブレーキをかけていた。
 「ぼくが思うに、多分ここらへんかな。ここらへんはまだ、探してないから」
変なリズムを持った歌に似た何かを呟く代わりに、ショウは言葉を呟いた。ユウヤは目前に広がる光景にただただ唖然とするばかりだった。黄昏時で、あたりは暗さを帯びているが、青々とした草が一面に広がる草原が目の前にあった。雑草がのびきった空地にも見えなくはない。


 「うーん、やっぱりなかなか見つからないね」
まだ、天気雨の影響が残り露を帯びている草をかき分けて探していく。手は濡れ、変な青臭さが手に染み込む。そう簡単に見つかるわけもなくただ時間は流れてゆくばかりだった。ショウにはもう見つからないことに慣れている様子が見受けられ、今日だけで見つからないことは百も承知のようだった。草をかき分ける手元はもう暗く、空を仰げば茜色は闇色に完全に飲み込まれていた。それでもユウヤは草をかき分ける手を止めることはなかった。
「今日はもう、やめよ。明日また、明るくなったら一緒に探して。そろそろ帰らないと、ユウヤの家の人も心配するよ」
青臭く露に濡れて冷え切った手の上にのせられたショウの手は、温かった。手の上に手をのせられ、手の動きを止めざるを得なかった。
家の人も心配するよ。そののせられた手を振り払って手を動かしたかったが、そんなことができるわけもなくそのままユウヤは反論した。
 「だから、誰も居ないから大丈夫だって。それに、ショウの話だと金色で光るんだろ? それだったら暗い方が探しやすいし」
そう言葉を発したと同時に上からのせられる手の力が強く増し、ショウの舌っ足らずな言葉も強くなった。
「大丈夫じゃない、ユウヤの手こんなに冷たい、それに雨だって浴びた! 家に帰って体暖めて休まないと、風邪引いちゃって大変なことになる。ユウヤだって困るし、ぼくだってせっかく一緒に探してくれるって言ってくれたユウヤが居なくなると困る、だから今日はもう帰ろう!ぼくはもう帰るよ、だからユウヤも早く帰るんだよ、残って探したりしないでね、絶対にね!」
ショウがそう言ったかと思うと、忽然と姿を消した。視界に着物姿の子供はおらず、もちろん手の上にのせられていた手もない。慌てて首を動かし、辺りを見回すと不可解な光が一つ自分の周りにあることに気付いた。柔らかく、橙と紅を燃やし宙に浮かぶ火。
狐火、と口の中で呟く頃にはその火は自分の周りから消え転々と跳ねて遠くなってゆき、麒麟山があると思われる方向へ消えていく。
初めて目にする狐火に感動を覚える。ショウに言いくるめられたな、と唇を噛み締めユウヤは電灯をつけて自転車に腰かけた。


 カレンダーを眺めていたところ、幸いにも昨日は金曜日で今日は土曜日だということに気付いた。流石に学校行かず、かんざし探しをするのは気が引けた。制服ではなく私服を着込んで、いってきますも告げずに、静かに玄関から出て適当に自転車を走らせる。明日また、明るくなったら一緒に探して。あどけない声だというのに、促す冷静さを孕んだ声が鼓膜の中で反芻されていた。そう言われて一緒に探すために自転車を漕いでいるのだが、ユウヤは頭を抱えていた。なんと言っても、その場所が何処にあるか解らないからである。人に尋ねるにしても草原としか表現できなく、ショウと連絡を取る手段ももちろんなく、途方に暮れながらひたすらに自転車を走らせる。
 「一緒に探してって言われてもあんな場所わかんねぇよちくしょう……」
頭をかきながら心の中でひっそりと呟いたはずの独り言は舌打ちとともに、口から出ていた。
 「何が解らないの、ユウヤ」
鼓膜の中で反芻されていた声が現実となって、鼓膜に響く。驚き、急ブレーキをかけ辺りを見回すと不思議そうに首を傾けているショウがいた。忽然と現れ、忽然と消える。開いた口が開きっぱなし、質問攻めでも喰らわせてやろうかとした瞬間にショウの口が開く。
 「ぼくもなんかよく解らないけど、とりあえず昨日の続きしよ、ユウヤ!」
立ち止まっているユウヤをよそに、ショウははしゃぎながら道案内をするために駆けて行く。


 くぅ、と思わず変な声がユウヤの口から漏れていた。昨日の露は日光に干され、手は濡れていないが爪と指の間に土が入り込み指が茶色に染まる。昨日とは違い、時間の流れが解り辛い昼間だが腰が徐々に痛みに襲われてき腰を叩きたくなる。ついでに、首も一緒に叩きたい。暗かった昨日は気付かなかっただけなのか、活動していなかったのか何やら様々な虫たちが草の合間から顔を出してくる。
肉体的苦痛に加え、そんな精神的苦痛もユウヤの身に降り注ぐ。そんな状態に陥っていながら、かんざしのかの文字が出てくる気配が無ければ本体も見つかる様子は全くなかった。
かんざしと関係なくとも、何か物の一つや二つ、あわよくば小銭が落ちていてもよさそうなものだがこの草原自体物があまり落ちていない。
ユウヤが虫やら土やら肉体やら精神と戦って得られた報酬は一つだけだった。赤褐色に錆びた釘と思わしき物体二本だけである。頭の部分が捻じれ曲がり、丸みを帯びていない頭をもつ釘と全体的に平らで長細く頭の部分がもう原形を留めていない釘である。草の根元をかき分けている時に釘の鋭利な部分が指に刺さったことにより、色のせいで土と同化していた釘の存在に気付いた。鋭利な部分が丸みを帯びていたり、指に刺さらなかったりしていたら見逃していただろうとユウヤは考えていたがすぐにその考えを打ち消した。
かんざし以外のものを見つけたってどうにもならなく、かんざし以外なら見逃していたとしても問題ないじゃないかと。それでも、釘の存在は大きくその辺に投げたりぞんざいに扱ったりすることはできなかった。
一方ショウといえば、速さを緩めていない自転車と同じ速度で走ったり歩いたりすることができる並ならぬ体力を持っているせいか、全く疲れを見せていない。ユウヤとは真逆であり、涼しげな顔をして草をぷちぷちと抜いたり毟ったりしていた。その体力を分けてくれ、と恨めしそうにみるユウヤの視線に気付いたのかショウは急に慌て始める。
 「そ、そろそろ休憩しようか! ぼくも疲れちゃったし!」
 明らかのこっちを配慮するための下手な嘘が胸に突き刺さったが、その言葉に異議を唱える体力もなくユウヤはその言葉を受け入れた。
「やっぱり見つからないのかなぁ」
草原の近くにあった大きな岩に腰かけながらそう呟くショウの声色は、重く切実なものだった。ふと、手のひらの中にある二本の釘を見た。つい握り締めていたおかげで、手にまで赤錆が付着しおまけに鉄くさくなっていた。ユウヤの体温を帯びて、変な生温かさを持っていた。釘が見つかった、ならばかんざしもあるだろう。と、変な希望をユウヤに持たせた釘二本。ショウにも何か、希望や励ましを与えてくれるだろうか。ショウの方向に向かって手を開き、ショウにも何かの足しになればいいと願いつつ言う。
 「釘二本、なら見つかったけどな」
 「何!? 釘? 見せて見せて!」
見せたところで釘じゃ意味ないよ、かんざしじゃないと、と否定的な言葉を口にされるかと思いきやショウの反応はユウヤにとって意外なものだった。何かの足しに、希望や励ましと言いつつもどこか否定されるのではと思う自分がユウヤの中にはいた。ショウは何の変哲もないただの釘、いやそれよりも劣化した錆びた釘を興味しんしんといった様子でそっとユウヤの手のひらから摘む。一本摘み、自分の手のひらに置き、二本目も同じようにショウはそうやって扱った。同じように、扱った。二本目の平らで長細い釘らしくない釘をショウの手のひらに置いた途端、唐突に眩い光を帯び始めた。
口を半開きにさせまじまじとショウはその様子を眺めていたが、ユウヤにとっては太陽を直接目で捉えるような眩しさがありとても見詰められなかった。わあ、と声を上げて反射的に腕で目を隠しているうちにその光は徐々に消え去り、腕で隠すのを止めショウの手のひらを見ると錆びた釘と綺麗なかんざしがあった。太陽の光を反射させた黄金色の輝きが眩しく、焔のように紅く彩られた花弁一枚一枚が丹精に作られている彼岸花と思わしき花の飾りがついているかんざし。黄金色と紅が互いに見映えており、身に付けるための道具ではなく観賞用のためのものではないかと思わず錯覚を起こしそうなほどに綺麗だった。
えっと、かんざしはこう、ぴかぴか金色に光ってて彼岸花の飾りがついてるの。ショウの言葉を思い出す。ショウ自身もかんざしの美しさに見惚れていたのか、はっとしたかのように興奮気味に高い声を張り上げて叫ぶ。
 「これだよ、これ! なんだ、ユウヤ見つけてたなら早く言ってくれたっていいじゃん! さぶらいずはいらないよ!」
さぶらいず? あぁ、サプライズ、とユウヤは首を傾げ納得した。サプライズも何も、ショウが手にする瞬間までは一本目と同じ普通の釘だったのである。全体的に妙に平らで長細いのはかんざしであったため、頭の部分がもう原形を留めていない凹凸感があったのは花弁を表現するためと納得ができた。釘が釘にしてはらしくない形を模っていた理由には納得したが、ショウのサプライズという言葉には納得できず疑問が脳内を巡る。肉体的精神的疲労をわざわざ背負ってまでショウの驚く様子を見ようとは思わない。仕事と報酬が釣り合っていない、とユウヤは個人的に思う。
考えられる推測としては、人が触れても駄目だが狐が触れると何らかの力によって元の姿を取り戻し、かんざしになるということだろうか。ショウ自身、そのことに気付いていない可能性が大きかった。何らかの力なぁ、と自分の思考にユウヤは唇を噛んだ。そのようなことをショウに尋ねようと噛んだ唇を動かそうとしたが、ショウに先を取られ恐る恐るといった様子で質問を向けられた。
 「……ねぇ、ぼくとユウヤって友達?」
ユウヤはあまりにも唐突すぎるその質問に目を見開いた。あのね、えっとねとショウは言葉をならべてどうにか説明しようと努力していた。
「ぼくとユウヤ、年離れてると思うけどね、それでもね、狐の中では年近いほうだと思うんだ。年が近い、しかも人と話したのは初めてだし、ユウヤ凄く協力的で、ぼくは友達だと思ってるんだけど友達じゃなかったら友達になりたいなって。それに、名前だってくれた、だからその」
頬を赤く染めて下を俯き、大切そうにかんざしを握り締めた手を遊ばせていた。友達、と言葉を言おうとしたがとある言葉が過り、ユウヤは一旦唇を閉じ改めて言った。
「友達……にはなれないと思う。俺、非科学的なことは信じないのがモットーだからお前との関係を認めたらモットーに傷がつく。
それにお前が周りの人には見えなくて、お前は俺の作りだした幻って可能性だってあるし」
 何らかの力、狐だけが持つ力によって変化するかんざしなど、唐突に消えたり現れたりする狐など、自転車と同じ速度で歩く子供など。全て非現実的であり、非科学的なことであった。ショウの頬の赤みがおちてゆき、蒼ざめてゆくさまを見る。自分で言った言葉なのに、何かがおかしいと自分でも思う。後付けのように、それにショウを思ってかんざし探しを手伝ったのではなく天気雨がいい迷惑だから手伝ったなどと何処かに居る自分が言う。いつから非科学的なことを否定し、科学で証明できるものだけを存在しようと思ったのだろう、と過去を振り返っている場合ではないのに走馬灯のように記憶が駆け巡って行く。
小学四年生にユウヤの母親は病死している。その時はどんな病で倒れたのかすら理解できなかったが、今となっては痛いほど理解していた。元々身体が弱く、病院に入院しがちで母親が居ない家というのは珍しくなかった。記憶にある母の映像のほとんどは、白いベッドの上に居る姿だった。体調がよくなったときき、父と一緒に張り切ってどこかに出かけようものならばその翌日に倒れてしまう。嬉々としている息子と父に水がさせず、無理してしまうからである。そのため、徐々に出かける回数が減っていき、記憶が鮮明になればなるほど白いベッドの白さが増してゆき、外に出かけたときの緑の濃さが薄くなってゆく。そんな母親の口癖は「神様にお祈りすれば治るから」だった。母親の様子や父親の様子を見るからに、何かの宗教の熱心な教徒ではなかったように思う。困った時に都合よく、宗教にも何にも囚われていないただ自分を助けてくれる存在。助けて神様、と大なり小なり困った時に皆が祈る神のことを母親は言っていたのだとユウヤは解釈していた。
神様、と一言で言ってもいろいろな神様がいることは当時小学生であったユウヤでも理解していた。祈って、最も助けてくれそうで効果がありそうな神様は誰だろうと幼いながらにも考える。解らなければ調べればよいと、調べ始めそこから宇宙人、超現象、心霊と言ったものに興味を持ち好きになっていった。
父親はユウヤが母親が居なくて暇を弄ばないように、とよよく高価ないい図鑑を買い与えてくれた。神様図鑑、なんていうわけのわからない図鑑もそのうちの一つだった。神様図鑑を持って母親の病室に行き、来るたびに増えゆく点滴に囲まれながらこの神様に祈ったら効果ありそうだね、などと言う。もちろん、効果などなく祈りなんてただの気休め程度にすぎず母親は病に抗えずそのまま逝ってしまった。そこからだろうか、神様なんて具体性のないもの、非現実的なものや非科学的なものは信用できない、信じてはいけないというモットーを抱いたのは。確かにそれらは好きだった。好きだったが、母親の死がそれらよりも大きく、塗り潰した。
そして、月日は経ち一年前のこの季節に父親は「新しい母親」を連れてきた。父親が好意を寄せている女性、ミユキという人だった。亡き母にどことなく似ている容姿、何よりミユキが持つ雰囲気は亡き母と同じだった。今も昔も父親の好みの女性というものは変わらず、どこか亡き母親の面影を探しているのだなと理解した。似ている容姿、同じ雰囲気、ミユキの作り出す笑顔は「神様にお祈りすれば治るから」と口癖のように言っていた母の笑顔を思い出す。父親が好意を抱いた相手だ、ユウヤが好意を抱かない方に無理があった。ミユキは狐が好きだと言い、その狐から会話が広がり仲良くなれたらいいと、狐に詳しくないユウヤは調べ始める。狐とは可愛らしい外見を持っているが、人を化かしたり怨みが強かったりとオカルトというものからは切り離せない関係だった。五円玉やら、狐の嫁入りが狐の葬式と言われることがあるやら、調べて行くうちにオカルトの道に踏み入れるのもそう時間はかからなかった。塗り潰されたものが浮き上がってき、いつからか狐について調べているのではなく狐についてのオカルトを調べているようになっていった。
狐に対する知識は充分蓄えられ、どこまでも広がっていくような会話ができるようになった頃、ミユキの笑顔が怖くなっていった。
あの笑顔は母の死を連想させ、消失を思わせる笑顔だった。人が他界した時、自分とその人が親しかった分だけは喪失感は大きく、溢れ出る涙の量も多い。生き物と分別されるものに生まれた限り、寿命が尽きることは避けて通れぬ道であり死別も避けては通れぬ道だ。ミユキも亡き母と同じ道を辿るのだと思うと、襲いかかってくる喪失感に畏怖を覚えミユキと親しくなることができなくなり、だんだんミユキを避けるようになっていった。父親はそんなユウヤをもちろん叱りつける。ミユキは困った顔を見せる。しかし、どれも効果が無いと気付くと父親は諦めた。ミユキだけは文のやり取りだけでも、と返事が来ないメールを送り続けている。
「嘘つき! 非科学的、おかるとってことだよね? おかると嫌いな人が狐のお葬式とか五円玉のこととか知ってるわけないもん!
ユウヤの大切にしてることが信じないことならそれはそれでいいよ、でもね、ユウヤとぼくの関係ってそんなのに負けちゃうの?
ユウヤ、言葉に縛られてると思う、ううん、縛ってる。縛るのはユウヤの好きでもユウヤに受け入れてほしいって思ってる人だっている、そういう人を受け入れてくれたっていいと思うんだ、ぼくは……ぼくの我がままなのかな」
「病気の母親がそういうの信じれば、助かるって言ってたんだけど結局助からなかった。それ以来、そういうのを信じるのはやめた。
それに人と親しくなった分だけ、別れが辛く悲しいものになるからもうこりごりだから人とあまり親しくならないようにしてる……狐とも」
ショウの言葉を聞き、何か言わなければと思い出てきた言葉は最後まで自分を護るための言葉だった。気持ちの悪いくらい、完璧な言い訳と言葉の羅列。人を受け入れる勇気も無ければ、自分の非を認める勇気さえ無い自分に腹立たしくも悲しくもなった。
「ユウヤは出会いと別れ、別れを怖がり過ぎているよ! 持っていかなくてもいいかんざしをわざわざ持って行った挙句無くして、皆に怒られた。でも、無くしてユウヤに出会えた。無くさなきゃユウヤに出会えなかった。お姉ちゃんがユウヤと出会わせてくれたって、ぼくは思ってるよ。別れを怖がらないで、別れが新たな出会いを生むんだから」
非科学的だから、非科学的存在だからといって、関係を断ち切る。その「また」が起こるとは限らないのに、その「また」が怖くて自分の身を護るために関係を断ち切る。仲良くなってさよならが訪れるのが怖いからといって、関係を断ち切る。「また」裏切られる、「また」さようなら、それが何よりも怖くて人と何かと親しくなることができなかった。そんな風に勝手に怖さを抱き、自分を愛し触れ合おうとしてくれる人を受け入れず傷つけ自分を護ろうとするだなんておかしいと知っていたはずなのに、指摘されてようやく認識する。ショウの背後に一瞬、ミユキの悲しそうな笑顔が見えた気がした。言葉が何も出てこなかった。胃から喉まで詰まっている言葉の羅列をなんとか吐きだそうとしているうちに、ショウは消えており一つの狐火が山の方へと向かっていくのが見えた。
届くはずがないと頭で解っているのにも関わらず、山に向かって足を踏み出し手を伸ばすことを止められなかった。伸ばした手の肌の感覚が冷たいと声をあげる。腕を見れば小さな水滴一つがあり、地を打つ音と共にその数が増え最終的には数えられないくらいになる。あんなに晴れやかな空を見せていたというのに、今では空の青さは雲の鈍色に飲み込まれ光なき暗い空となり大地に雨を降り注いでいた。服が雨を吸い込んで、重くなって体全身に張り付く。今更雨宿りをする場所を求めたとしても、時既に遅しと解っていながらも濡れた髪を抑えながら走るのは止まらない。
鈍色の光が無い暗い空の下、黄金色はより目立ち輝き、日の光が無ければ雫を反射させて輝けばいいじゃない、といった様子で黄金色のかんざしはそこにあった。駆け出す足を止め、あの馬鹿と言いながら輝きを失うことを知らないかんざしを拾い上げた。
かんざしが皮膚にめり込むほど強く握り締め、自転車の元へ走って行く途中雨音に紛れて何やら電子音が自分を呼んでいることに気付いた。ジーンズのポケットに入れておきすっかり存在を忘却の彼方に追いやっていた、電子音を鳴らしながら緑の光で点滅する携帯。
携帯を開けば予測していた名前が案の定表示されており、手紙の温かさもない電子のメールだというのにその画面からは書いた人の優しさが滲み出ていた。
 今日は天気雨ではなく、雨が降りましたね。どこかにでかけたようですが、傘はあるでしょうか。学校の時と同じように、困ったら連絡を下さい。天気雨、とメール本文に書かれてあり空を仰げば天気雨であれば存在しているはずの太陽はおらず、初めてそこで天気雨ではない普通の雨だということに気付く。
雨といえば、天気雨だった。機械は水に弱い、だが形振り構ってられずユウヤは雨を浴びせながら携帯に文字を必死に打ち込んだ。
雨はいいです、それよりとちおのあぶらあげが売っているのはどこですか。返信が来ないメールという不名誉な肩書が無くなり、ユウヤが初めてミユキに返したメールそれだった。
ミユキのメールの返信はとても早かった。何故唐突にそのようなことを言うの、などと問い詰めるような文章はなくユウヤの問いかけだけに答えていた。この草原は何とも不思議な場所で自分が慣れ親しんだ地元の場所の一部にも関わらず、ショウ無しでは自力に辿りつけない場所だった。もちろん、自分が知らないような場所に何処に何があるかも解るはずもなかった。それでも雨に打たれながら自転車を漕いでいると、一つのスーパーが見えてきた。ミユキのメールにはスーパーに売っています、と書いてありスーパーの食品コーナーを探しまわるとメールの通りとちおのあぶらあげが売っていた。
どうせ買っても無駄だろうなと思いつつも、すぐに役目を終えそうなタオルととちおのあぶらあげをユウヤは購入した。
空は光が差すことを知らなければ、雨が止むということも知らずユウヤがスーパーを後にしても雨は変わらず降り続けていた。
やっぱりタオルを買ったのは無駄だったか、と溜息を吐きながら自転車に跨ぎ再び雨に打たれてあの草原を目指した。辿りつかなかった時の不安、辿りつかなかった場合という考えは一切浮かばずただひすたすらに足を動かし適当に道を突き進んでいくだけだった。突き進んでゆくとこの二日間、見慣れ過ぎた風景が視界に入ってきた。急ブレーキをかけ、自転車を止めて濡れた草の中走って行く。
あの休憩時間の際に腰かけていた岩の上にショウは変わらず腰かけていた。雨に濡れるのも構わないといった様子でだ。
鼻と目元を赤くさせて、瞳は潤んでおり頬を雨によってではなく涙によって濡らしていた。時折、着物で拭うがまるで無意味な行為だった。そんなショウにユウヤは無言で歩み寄り、かんざしとあのとちおのあぶらあげを目の前に差し出した。潤んだ瞳でショウはユウヤを見上げ、さらに瞳を潤ませてわあっと声を上げながらとちおのあぶらあげの袋を破いて食べ始めた。黙ってその様子を見守っていると、半分も食べ終わらないうちにあぶらあげを口に頬張ったままショウは尋ねてきた。
 「ぼくたち、友達だよね?」 
ユウヤは腕を組んで口元に薄ら笑みを浮かべて、その言葉に対し迷いなく言い切った。
 「俺の中では友達の好きなもんを知っている、それが俺にとって友達の条件の一つだ」


 あまりにも綺麗に晴れ上がり過ぎて、太陽の眩しさにではなく空の青さに眩しさを覚えてしまうようなそんな日だった。あれだけ雨を浴びておきながら体に何らかの不具合が起きないほど、ユウヤの体は残念ながら頑丈ではなくマスクをしてさらに狐の面を被る、というのは流石に苦しかった。いつもより重い頭に若干響くような賑やかさ、今日は狐の嫁入り行列の日だった。普段だったら、家で寝込んでいるところだが今日はそういうわけにも行かなかった。
 「あ、ユウヤ君、来てくれたんだね!」
今年の狐の嫁入り行列の主役が自分の父親と母親だというのに、家で大人しく寝込んでいろというほうが無理がある。薄い紅の粉と白い粉を装い、口元に狐の髭を描き、唇に韓紅を引く。狐を模ったミユキの化粧は奇怪なものにも見えるが、ユウヤには綺麗だと感じられた。白無垢を羽織り、微笑むミユキにもう母親の面影はない。 来ない奴は馬鹿だと思う、そうそっぽを向いてユウヤは言った。本日の主役が抜け出してきて、こんなところで油を売っていいものなのかとも思う。
そんなユウヤを目にし、面白そうに少し声を漏らして笑いミユキは言葉を続けた。
 「ハルヒコ君、だっけ、その子たち頑張って踊ってくれてたの。後でユウヤ君からお礼言っておいてほしいな」
ハルヒコなぁ、とユウヤは顔に手を添えながら考えた。そのお礼を言う時に何かまた仲良くなるようなきっかけがあれがいいんだけど、と一人淡々とユウヤが物思いにふけっていると後ね、とミユキは言葉を続けた。
「ユウヤ君、ちっちゃい子にもお友達がいるんだね、ショウちゃんって子が友達のユウヤのお母さんのために頑張るって、特に張り切ってて。そういえば、ユウヤ君の好物ってなんですかってしきりにきかれたんだけど私が言うよりユウヤ君から言ったほうがいいよね」
視野を狭める狐の面を勢いよく外し、視野を広げると辺りを見回し着物を身につけ、中性的な容姿持ち愛らしい顔をした子供の姿を探した。そうして見つかるわけがないということは頭では解っていたが、やらずにはいられなかった。案の定、視界にそんな子供の姿は入らない。改めて狐の面をつけ直し、雨を浴び過ぎて錆びることが心配になってきた自分の自転車はどこにとめてきたっけと考えながら、ユウヤは言った。
「……とちおのあぶらあげと笹団子買ってくるよ、母さん」

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