第七回阿賀北ロマン賞受賞作①童話部門 『加治川で見た夢』 和田 彩音
この記事は新潟県の阿賀北エリアの魅力を小説で伝えてきた阿賀北ロマン賞の受賞作を紹介するものです。以下は和田 彩音さんが執筆された第7回阿賀北ロマン賞童話部門受賞作です。2020年より阿賀北ロマン賞は阿賀北ノベルジャムにフォーマットを新たにし、再スタートしています。<詳しくはこちら>公式サイト
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『加治川で見た夢』和田 彩音
あずみには取り柄も夢もなかった。将来就きたい仕事もなく、それで母とけんかをしていた。ある休日も、あずみは自分の将来のことについて揉めていた。ただ、その日は学校の課題に追われて気が立っており、普段は表すことのない感情が表に出てしまった。
「もう、放っておいてよ。」
そう言うとあずみは家を飛び出し、少し歩いた先にある加治川へ足を運んだ。気持ちが落ち着かないときはいつも加治川の河川敷に腰を下ろし、川のせせらぎや川風にあたることで気を静めていた。やがてあずみの意識は加治川のせせらぎの中へ溶けていった。
あずみが目を覚ました頃には日はすっかり傾き、空は茜色に染まっていた。母親とけんか中とはいえ、そろそろ家に帰らなければならない。深くため息をひとつ吐くと帰路に着く。
「あれ?」
家の前であずみは首を傾げる。確かに家に戻ってきたはずなのに、目の前にある家はあずみが暮らすコンクリート造りの家ではなく、古い木造の家だった。来た道を引き返してきたため、道を間違えたわけでもない。家の前で立ち往生していると、玄関が開きおばあさんと目が合った。
「お入り。」
おばあさんはあずみの帰りを待っていたかのように家に招き入れる。おばあさんとは初めて会うはずだが、どこかで会ったことのあるような懐かしい気持ちを抱かせた。家の中も初めて上がるはずなのに、古い木の香りも畳の質感も、あずみの体の奥が覚えているかのように気持ちが安らぐ。
「そろそろ冷えてきたから、川で頭を冷やすのもほどほどになさいね。」
「どうして私が川にいたことを知っているの。」
「頬を膨らませて帰ってくる姿が私の娘に似ていたの。だからもしかしたらと思ってね。」
おばあさんはお茶を一口すすると言葉を続ける。
「何か不安や悩みがあるなら溜めていないで話してごらん。」
あずみを見つめるおばあさんの目はしわで少したれているが、瞳はまっすぐにあずみをとらえていた。
「私には取り柄がないの。」
母には上手く伝えられなかった言葉が不思議とおばあさんの前では形になって出てくる。おばあさんはあずみが話し終えるまで口を挟むことはなく、時々頷くだけだった。
「話したらなんかすっきりしたわ。話を聞いてくれてありがとう。おばあちゃん。」
「いいのよ。私も娘に何かを身につけさせようとして、それでけんか別れしてしまったの。でも、私が間違っていたことに気づかされたわ。こちらこそありがとう。」
おばあさんの瞳はあずみを通して誰かを見ているようだった。
「さあ、もう帰りなさい。」
「うん。ねえ、またおばあちゃんの家に来てもいい?」
おばあさんはゆっくり頷く。
「もちろんだよ。鍵を渡すから会いたくなったらいつでもおいで。」
おばあさんは小さな鍵をあずみに手渡す。
「またね、おばあちゃん。」
玄関を出ると、あずみの意識はそこで途絶える。
次に目が覚めた場所は加治川の河川敷だった。日が傾き始め、風が少し冷たい。
「夢?」
まだ少しぼうっとする頭であずみは家に着く。目の前にあるのは木造の家ではなく、いつもの家だった。
「ただいま。」
家に入ると母親と会った。母も落ち着いたようで、あずみを責めることはなかった。
「おかえり。あら、その手に持っているもの何?」
指摘されて初めて自分が手に何かを持っていたことに気づいた。持っていたのは夢でおばあさんからもらったものと同じ鍵だった。
「ちょっと待って、その鍵。」
言い終える前に母は部屋の奥へ姿を消すと一冊の古い本を持ってきた。本には鍵がかかっているようだったが、鍵を入れてみると錠前が外れた。中には古い写真が多く貼られていた。
「やっぱり、このアルバムの鍵だったのね。」
隣でアルバムを眺めていたあずみは一枚の写真で目が留まった。そこには夢で会ったおばあさんの姿があった。
「母さん、この写真もらってもいい?」
あずみは母からおばあさんの写真をもらうと自分の部屋へ戻っていった。母は一人でアルバムを眺めている。ページをめくると一枚の便箋が挟まっていた。中の手紙には細くしっかりした文字で一言書かれていた。
『これからもあなたらしい人生を。』
手紙を読み終えると母は小さなため息を吐いて手紙を胸に抱きよせた。
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