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わたしのイカイ地図②



    第二話
街の様子は私の街、東京の下町とさほど変わらない。ただ、それはそれは綺麗で、そこは東京とは比べ物にならない。嫌なドブの臭いとかもしない。イカって綺麗好きなのね。そう言えば街路樹も街灯もない。イカには必要ないのかもしれない。
そんなことに思いを馳せてしばらくぼーっと歩いていると、沿道にスーパーらしき店があった。覗くと色とりどりのイカ。やっぱりイカしかいない。
「やっぱりみんなあなたに似てるじゃない」
「あなたほどは違いませんが」
それにしてはすれ違うイカがいないのはどうしてだろう。
「人口はどれくらい?」
「人口とは?」
「住んでる人の数」
「ああ、頭数ですね。この一帯だけですと100万頭です」
イカの数え方って何かあった気がするけど、まいっか。
「こんな街がいくつもあるわけね」
「そんなところです。ここはいいところですよ」
 
私たちが向かったのは仰々しい建物だった。裁判所?そうか市役所だ。
スロープもすいすい上れる、この道のシステムはどうなっているんだろ。そういえば道もあの部屋のリノリウムと色は違うけど、同じ質感。グリップのせい?
「何するの?ここで」
「うーん、住民登録です。そうすればあなたの言語をみなさんに流布できる。そういう決まりがあるんです」
「そう」
イカは受付係だろうイカと話している。こっちをチラチラ見ながら・・・気持ち悪い。一方の受付係ときたら、こちらをチラリとも見ない。とにかくキュッキュキュッキュとしか聞こえない。

一件落着したみたいで、イカが腕を振るので、ついていく。
「口述登録と記述登録があるんですが、どっちにします?」
「じゃ記述で」
イカはタブレット、のようなものを取るとき、腕の先あたりから指のような物が飛び出してきてゾッとした。なんなんだ、収納式の指なんて・・・。もうこうなったら、私の夢なんかじゃあり得ない。想像を超えている。ペンはと言えば、お正月のコマのような代物。そんなんじゃとても書けそうにない。
「ここに名前を。あとは私が」
「これで書くわけ?」コマをイカが握ったように握って見せた。
「上手いですね。書けますか?」
「ムリ」
「慣れてもらわないと、この形のものしかありません」
「じゃ口述で。私の言葉でいいんだよね」
「大丈夫。音で登録しますから」
イカの指は自由に伸び縮みするらしい。テーブルの一部を指でタップすると、私に手を差し出した。
「クリハラミカ」
「はい。お終いです。お腹空いたでしょ?」
「あ、はい。まぁ」
嫌な予感しかしない。
 
イカに付いていくと、どうやら市役所の食堂。数名のイカが既にいた。
イカは誰かに話しかけられて、これまた訳のわからない言葉を使った。イカの言うことは正しかった。こんな私がいるのに気にもかけない。どうなってるのか、ここの人・・・イカたち。
「もうすぐみなさんと話せるようになります」
いいけど、このままで。そう言いかけてやめた。
「ありがとう」
 
ここにはテーブルも椅子もない。あの最初の部屋と同じだ。イカはシューっと足をたたんで床に座った。私は普通に胡座をかいた。
「何が食べたいか、これから映像を見て決めてください。わからないなら私と同じものを。どうです?」
「いちおう映像とやらを見せて」
案の定、訳のわからないものが映し出される。
「大丈夫。私が見たところ、食性は似ています。以前の方は食事を消化できずに亡くなりました」
「その人も買った人?」
「そうです。首がとても長くて、体ががっしりしていて、眼光鋭く、あなたとは違うタイプでした。私と同じものでいいですね」
私は頷くしかない。
イカは床をタップして、超高速で入力してこちらに向き直った。座ると顔が近い。
「ねえ、Bさん。あなたは私を買って何を調べたかったの?」
「うん、いい質問です。私たちの社会にも依然として病気に苦しむ人がいます。その病気を克服するヒントを探しています」
「DNAとか調べるの?」
「残念ながらそうではありません。たとえば耐性ウイルスを探します。単純なウイルスはどういう訳かどこの世界にも共通項があるんです。それがヒントになります」
「ふーん。難しいことわかんないけど、私はもう調べたんだよね」
「途中までは。あなたはたいへん貴重な買い物でした。いろんなデータが取れました。しかしながら、これ以上は倫理上踏み込めないところがあるんです」
「いい社会みたいね」
「はい。お口に合えばいいんですが」
馴染みのあるファミレスのロボットっぽいのが近づいてきていた。
「懐かしい」
「ロボットはどの社会でも大差はない」
 
床の上に置かれたのが固形の食べ物で良かった。ドロドロだったりしたらもうムリ。イカは指を伸ばして、それを摘んだ。
「私も手づかみ?」
「ここにはカトラリーはありません。食器は器だけです」
「はい。だと思った」
その四角いものを手に取って匂いを嗅いだ。
「うん、美味しそう」
香ばしいいい匂いがする。一口齧るとなんとも美味しい。
「これ、なんて食べ物?あ、わからないんだった。絵で選べばいいわけね」
「そういうことです。気に入ってくださって良かった」
 
ちょっと腹が立った。私はどうしてこんな目に遭わなきゃなんないの?私はここでは完璧なエイリアン。誰も気にしない?私が気にするの。エイリアンは何をしても目立つのよ!ずっとボディーガードが付いてるわけじゃないんでしょ!こんなか弱いエイリアン、すぐにイカの餌食よ。
     つづく

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