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金魚の糞  シロクマ文芸部



金魚の糞    【795字やや難解】

「金魚鉢の写真を頼むよ」
鑑識から渡されたシューズカバーを履きながらそう言っておいた。
 
初めて訪れたとき、部屋は寒いくらいに冷房が効いていた。奥の部屋に進むと、その寒さは真冬のそれだった。寒いのは苦手だ。
嫌な予感は的中し、部屋の主は首を絞められてベッドに仰向けに転がっていた。
 
午前10時、鑑識のみなさんと再び遺体に手を合わせる。守ってやれなくて申し訳なかった。
冷房が死亡時刻の推定を妨げる。たぶん12時間から24時間と鑑識は言う。この部屋は冷蔵庫、魚の腐敗を遅らせる。そのための工作だ。
12時間前というと夜中じゃないか。
俺のお腹の虫は未だに与えられない朝食をせがんでいる。

夜中に来て、被害者が招き入れる人物?両親か弟か、それとも恋人か。今のところ最後に挙げた人物は見つかっていない。

被害者がストーカー被害を訴えていたこともあり、容疑者はすぐに上がった。
しかしこの男にはアリバイがある。当然だ。昨日の午後は誰かしらと接触を持っていた。冷房はこいつの工作なんだから。
そんなものがこの俺に通用すると思うな。
 
鑑識に頼んでおいた写真に目を落とす。ぷくぷく付きの贅沢な金魚鉢の横には金魚の餌が数種類、小さな網、スプーン、ティッシュとゴミ箱が整然と並んでいる。
午前10時の金魚鉢にはかなりの汚物が漂っている。金魚の糞。
 
彼女が殺されたのは明け方だ。
彼女のスマホに午前0時、LINEの既読の形跡を見つけた。彼女が寝る前に金魚の糞と餌のカスを掬ってから、午前10時に鑑識が写真を撮影するまで、約10時間分の汚物でちょうどいい。それは金魚鉢がそれほど冷やされていない、金魚の腸は冷やされることなく、長い時間活発に動いていたということだ。
あの冷房こそがカムフラージュで、実際は死体をそんなに長く冷やしちゃいない。
 
丁寧な生活を送る者にはリズムがある。そのリズムから外れた金魚の糞はお前の雑音だよ。ストーカー君。
      了

*低温にすることで死体の腐敗を遅らせることができる。鑑識はそれを考慮して死亡時刻を長めに推定する。
しかし想定よりも冷却時間が短ければ、その推定を誤らせる。
実際、冷却状態にある遺体の推定時間は至極曖昧になる。
     了

いつもながら・・・


小牧部長さま
よろしくお願いいたします


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