見出し画像

映画『エレファント・マン 4K修復版』感想 「感動する姿」の美しさを描いた名作


 新作ではないんですけど、初めて観たし、劇場公開だったということで感想書いておきます。映画『エレファント・マン 4K修復版』の感想です。


 19世紀のロンドン。外科医のトリーヴズ(アンソニー・ホプキンス)は、見世物小屋で、「エレファント・マン」と呼ばれる極端に身体が変形した青年ジョン・メリック(ジョン・ハート)と出会う。医学的な好奇心を刺激されたトリーヴズは、興行師バイツ(フレディ・ジョーンズ)からジョンを引き取り、研究対象として病院へ招き入れる。怯えて物言わぬジョンを、誰しも知能が低いからと思っていたが、実は彼は聖書を愛する穏やかな心の持ち主であった。ジョンの噂は次第に広まり、上流階級の慈善家たちもジョンと面会を求めるようになる。トリーヴズは、自分がジョンに行っていることは、見世物小屋の興行師と同じではないかと悩み始める…という物語。

画像1


 実在したジョゼフ・メリックという人物を題材にした、鬼才デヴィッド・リンチ監督の1980年の名作映画を、4K版で修復した映像で見せる今作。昔から観てみたいなーと思いつつ、何となくスルーしてしまっていた名作でしたが、改めて劇場で観られるってのは良いもんですよね。新作映画が少ない中という現状もあって観ようという気になったので、こんな状況でも良い側面があるもんだと思います(と思ってないとやってらんないというのもありますが)。

 昔、レンタル店で見かけたときは、ホラー映画なのかなという印象を持っていて、実際にこのリバイバルで観た人の感想の中にもホラーと勘違いしていたというものを見かけました。
 けど、その印象って間違っているわけではなくて、随所にホラー映画のような演出は見られるんですよね。
 ジョンの素顔もなかなか見せるわけではなく、さもどんな醜い姿が現れるのかという観客の好奇の目をこれ見よがしに煽ってから、登場させるんですね。
 ただ、その後のジョンの人間性を描くことで、本当に醜いのは、好奇の目を向けていた側の人々、つまり我々ということを突き付けているように思えます。

 けど、人は見た目で判断してはいけないというような、おとぎ話の教訓みたいな主題ではないんですよね。ジョンの外見と、それによる心の傷というものは、もちろん想像を絶するものだと思うんですけど、「皆が普通にできていることが、自分にはできない」というコンプレックスは、多くの人が抱えていて、作中でのジョンが苦悩する姿をそこに重ねてしまう人もいると思います(僕はそうでした)。

 そのハイライトが、トリーヴズの自宅でお茶に招かれる場面。トリーヴズ夫人(ハンナ・ゴードン)に普通に挨拶をされてジョンが初めて人間扱いしてもらえたと涙を流すところと、母親への想いを語って今度は夫人が涙するところ。気持ちが理解る部分もあるし、そしてそれ以上に同情の涙で、ボロボロに泣いてしまいました。

 そして、この「同情」という感情も、この作品の一つのキーワードだと思います。ジョンの周囲の人間は、好奇の目を向ける者や醜い姿に怯える者から次第に、外見を気にせず親切にしてくれる者へと変わっていくのですが、前者と後者でどれほど本質的な違いがあるだろうかということも突き付けてくるんですね。
 後者の方が、もちろん環境としてはずっと良いわけですが、どこか一線を引いていて、本当にジョンの人生に踏み込んでいる人間はいなかったように思えます。
 ジョンは、そんな自分に親切にしてくれた人々を「友」と呼んで感謝しますが、自分とは大きな壁があるということを理解しつつ、あえてそうしているように見えました。そして、そのことで責めたりしないというところに、ジョンという人間の美しさがあるように思えるんですね。

 そういう意味で言えば、興行師のバイツが金になるわけでもないのに、しきりにジョンを自分のところに縛り付けようとしていたのは、ある意味最悪な形で、ジョンに最も踏み込んで関係しようとした人間なのかもしれません。

 演出でいうと、音響にもこだわりがあるように思えました。物語が不穏な展開になると音楽ではなく、工場の場面が差し込まれて機械音、金属音の不協和音が鳴り始めるんですよね。これがインダストリアル・ミュージックのような劇伴の役割となっていて、このセンスが素晴らしかったです。
 恐ろしいものの象徴として、産業文明の機械が象徴的に使われているんじゃないかと思うんですよね。つまり、醜いと言われているジョンは自然の産物であり本当の意味での人間だけど、機械に生活を侵されているロンドン市民は恐ろしいものになりつつあるという対比になっているように思えました。

 さらに、この作品で登場する美しいものとして、「芸術」があると思います。正確に言うと、芸術に感動する心ですかね。
 ジョンが生まれて初めて触れる舞台や物語など、数々の芸術に本心から感動している姿が描かれるんですけど、この姿自体がどうしようもなく美しいんですよね。そして、その姿にトリーヴズや病院の人々も笑顔になっているのは、偽善でも同情でも何でもなく、本当の事だと思うんですよ。
 ジョンが感動する時、その心は救われていると思いますが、それと同時に周囲の人間(つまり我々観客)も、その姿に救われているんですね。

 名作と呼ばれるのも大納得の、本当に美しい傑作でした。劇場で観られて幸せだったと思います


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?