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映画『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』感想 狂気と現実社会の対立

 ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ! 今回は映画『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』感想です。


 CM映像の監督であるトビー(アダム・ドライバー)は、スペインで『ドン・キホーテ』を題材にした作品の撮影中だったが、行き詰まりを感じている。撮影所の近くは、トビーが初めて評価された、学生時代の卒業制作用の映画作品を撮影した場所だったと気付く。その作品も同じく『ドン・キホーテ』を題材にしており、役者は現地の村人たちをスカウトして撮影されていた。懐かしさから、その村に訪れてみると、ヒロイン役の純朴な村娘アンジェリカ(ジョアナ・リベイロ)は、その後、役者を夢見て出奔し行方知れず。ドン・キホーテ役の靴職人ハビエル(ジョナサン・プライス)は、現在も自分がドン・キホーテだと思い込んでいる狂老人となっていた…という物語。

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 『未来世紀ブラジル』などで知られる鬼才テリー・ギリアム監督の最新作。19年前から映画製作は始まっていて、その度に災害や資金繰りなど、幾度となくトラブルに見舞われ頓挫していて、日の目を見ることは無いだろうと言われていた作品だそうです。

 僕はギリアム作品を『未来世紀ブラジル』『12モンキーズ』のみしか観ておらず、熱心なファンとはいえませんが、悪夢を具現化した美術セットや、ディストピアな世界観は強烈なインパクトがあって、作品だけでなく監督の名前も心に残る人物ではありました。

 今作は、諷刺小説の名作『ドン・キホーテ』を下敷きにしているだけあって、かなり小説に沿ったパロディをやっているんだと思います。
 自分がドン・キホーテだと信じて疑わないハビエルが、さらにトビーを従士のサンチョだと思い込んで連れ回すというのが前半なんですけど、このドタバタコメディが小説『ドン・キホーテ』のオマージュになっているんですね。狂人に振り回されるトビーの姿がしっかりと笑えるコメディとして描かれています。

 ただ、その中で、不法投棄されたゴミや、不法移民のイスラム教徒やら、現実社会の問題も混ぜ込んで表現されているんですね。トビーを見て笑っていると、急に現実を見せられて真顔になってしまうような恐怖もありました。
 この前半部分で、悪夢のような幻想場面と現実のコメディが行ったり来たりするのを繰り返されて、観ていてなかなか疲れてきます。けど、これが多分、劇中のトビーと観客の疲労を同化させていくという、ギリアムなりの仕掛けなんだと思います。『ドン・キホーテ』の再現をしながら、とてもギリアム作品らしい造りなんですね。

 後半、アンジェリカと再会して、ロシア人富豪のアレクセイ(ジョルディ・モリャ)と対峙するようになってからは、もろギリアム作品的な展開で真骨頂という感じですね。悪趣味な調度品の中で、ヒロインを救おうともがく様は、前半の悪夢がそのまま続いているようでした。

 ギリアム作品は、狂った社会(システム)と、それに抗って振り回される個人たちという対立構造が多いイメージなんですけど、それはつまり、社会側から見ると抗っている側が狂人という形なんですね。今作は『ドン・キホーテ』を題材にすることで、それがより強調されていたように思えます。

 主人公のトビーが振り回されるのは、前半は狂人となったドン・キホーテのハビエルなんですけど、後半は富豪のアレクセイなんですね。けれど、ハビエルとアレクセイの立ち位置は全く逆なわけですよ、アレクセイは資本主義的な社会の象徴で、ハビエルはそこからはみ出した狂人という。
 トビーもアンジェリカを救うため、アレクセイに逆らうわけですけど、トビーとアレクセイが対立する位置かというと少し違うんですよね。
 アレクセイは仮装パーティーで人々に役を与えて箱庭的に楽しんでいるわけですけど、これって現地の何も知らない人々に役を与えて映画を作ったトビーも、同じ事をしていたといえるんですよね。
 もちろん、撮影当時はみんなが楽しんで作っていたように見えるんですけど、それを契機に人生を壊されているともいえるわけですよ。
 それが芸術作品だからといえば、肯定的にも思えそうですけど、その後トビーは広告業界のビジネスにどっぷり漬かっているのが、それまでの行動でよくわかるようになっているんですよね。だから、アレクセイと対峙することは、トビーが自分の罪と対峙しているようにも見えました。

 終わり方は、他のギリアム作品と同じくビターにも思えるんですけど、ドン・キホーテの狂人性が消えずに受け継がれていくという形は、比較的希望のあるラストだったようにも思えました。
 個人的には、ギリアムらしい恐ろしい世界観も堪能できたし、少し物悲しくなりつつも破滅的ではない納得の結末で、とてもポップな作品だったと思います。

 それと、この作品は原題が『The Man Who Killed Don Quixote』(ドン・キホーテを殺した男)なんですけど、『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』という邦題がダサいと言われているのをよく目にします。
 確かにダサいと言えばそうなんですが、今作は完全にギリアム作品でいて、純然たる『ドン・キホーテ』なんですよね。内容をどれだけ表しているかでいえば、そんなに悪くないタイトルのようにも思えました。

http://donquixote-movie.jp/

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