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鉄道の情報提供には「愛がない」| 移動空間のメディア環境 〜電車中心から人間中心へ〜(前編)

『アフターソーシャルメディア 多すぎる情報といかに付き合うか』(法政大学大学院メディア環境設計研究所編)が明らかにした、スマートフォンやソーシャルメディアがもたらした情報過多なメディア環境を踏まえ、電車や駅のあり方を考えるウェビナー「移動空間のメディア環境 〜電車中心から人間中心へ〜」を開催しました。

ウェビナーの議論を再構成してお届けする記事の前編は、鉄道と情報について。「鉄道の情報提供には愛がない」とJR完乗(完全乗車)の田中さんは言います。「愛がない」とはどういうことでしょうか。

(登壇者)
藤代裕之…法政大学大学院メディア環境設計研究所長
就職時に鉄道会社を志望。バクー・トビリシ・カルス鉄道に乗りたい
吉川昌孝…京都精華大学教授
小学生の時の愛読書は時刻表で、毎週のように飯田線に通っていた。
田中輝美…ローカルジャーナリスト/関西大学特任教授
20年かけてJR完乗。『すごいぞ! 関西ローカル鉄道物語 』などを執筆

ウェビナーでは、藤代から『アフターソーシャルメディア』が明らかにした、情報過多時代のメディア接触についての解説がありました。
テレビや新聞が主なメディアだったころとは変わり、スマートフォンの登場で1日当たりのメディア総接触時間は400分を超えました

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そうした中で、誰もが移動中でもメディアに接触できるようになっています。電車内でもスマートフォンを見ている人が多いのではないでしょうか。乗り換えまでの数駅の区間にTwitterやFacebookを次々にチェックするなど、非常に短い時間で断片的な使い方をしています。

1130メ環設電車

電車内には広告、モニターによるニュース、車内放送、注意書きなど、おびただしい情報が提供されています。

車内広告の視聴に関する研究からは、スマートフォンを操作しながら広告も見ているものの、それは時間を持て余していたり、混雑によりスマートフォンが操作できないからだという消極的な理由によるものだと分かります。(天野美穂子、橋元良明 2019「東京圏における電車内の情報行動と車内広告の効果」東京大学大学院情報学環紀要 情報学研究)

スマートフォンと電車内はバラバラな状況で、そのアーキテクチャがぶつかり合っていることがストレスや不快な状況を生んでいるのです。

藤代:電車内は、人間がいい経験をしてもらうための空間であるべき。モバイルと電車のアーキテクチャがぶつかり合う空間・時間を解明して、コミュニケーションを再構築していきたい

今回のイベントは、駅や街、地域の人とスマートフォンを連動させながら、ワクワクするような体験や価値を考えていきたいと思います。

なんでその情報言ってくれなかったの?

電車内のメディア環境を思い出してみると、植毛や育毛、脱毛などの広告やビジネス書籍のプロモーション、系列の百貨店のイベント情報や観光地など、自分に関係がない情報も多くあります。

すると乗客は「私はこういう情報を求めているわけではないけどな」といった違和感を持ってしまいます。

田中:私、鉄道をすごく愛しているんです。なのに鉄道の方は私を消費者としか見てくれないんだなって思います。

田中さんは、鹿児島のJR日豊本線に乗っていた際、座っていた席の反対側の窓から桜島が見えることに突然気付きました。

田中:桜島が見えると事前に分かっていれば、右側の席に乗って構えて、ベストショットを撮れたと思うんです。アナウンスがあったかもしれませんが、その時はなんで教えてくれないのとすごく思いました。

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(撮影:田中輝美さん)慌てて撮影した桜島。

観光地ではない路線でのアナウンスは、次に到着する駅や乗り換え、マナーの呼びかけなどの情報は多く流れていますが、途中駅の情報やちょっとした見所の紹介がありません。しかし、日常の中にも「ちょっと楽しいこと」はあります

例えば、「富士山ココ」(富士山が見える地域を地図化したサイト)をもとに、電車から富士山が見えるポイントを探したり、地域の水を売っている自販機や、おいしい立ち食いラーメン屋さんに立ち寄ったり。

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出典:東京メトロが有楽町線銀座一丁目駅に設置した「ふるさと納税であなたと地域をつなぐ自販機」の説明資料

田中:乗客が乗っている時どう楽しく過ごすかや、降りた後どうするのかということから考えていけば、もっと伝えるべき情報があるはずです。でもそうではなく、乗客をただの消費者として捉え「いかに買わせるか」という視点で情報提供することが不快の原因なのではないでしょうか。

景色も街の物語も、鉄道のメディア

田中さんが暮らしている島根県のJR木次(きすき)線は、沿線の3分の2の駅を住民が管理しています。
八川駅では、おじいちゃんとおばあちゃんが始発前に鍵を開け、そして終電を見届けて鍵を閉めて帰ります。備後落合駅でも、近くに住む元国鉄機関士がトイレを掃除し、周辺の草を刈り、来訪者に案内し、車両が見えなくなるまで手を振り続けます。

ここには愛と物語があります。

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(撮影:田中輝美さん)列車に手を振り続ける元国鉄機関士。備後落合駅。

小さな駅を管理する人々の思いや、愛と物語も鉄道のメディアです。そうしたものを知るだけで、普段見ている景色にも奥行きが加わるはずです。

藤代:今の鉄道は、効率とか便利さをすごく大事にしていて、単なる移動手段でしかないんですね。でも、単に行き先の情報だけじゃなくて、行ってる途中や前後とか、背景とかも全部メディアなんです。

「コミュニケーション(communication)」には「交通」という意味があったり、人と人とのコミュニケーションを活性化する媒(なかだち)として移動空間=鉄道があります。

広告やサイネージだけでなく、乗客の雰囲気、駅やデパート、住宅地といった沿線の風景などが多様に組み合わさり、鉄道というメディアは成り立っています。詳しくはウェビナーを前に公開された記事を参照してください。

現状の電車内のアナウンスや広告は、スマホを持った人たちや、鉄道に関わる人々から断絶してしまっているのです。車窓から見える景色や人々の物語に注目することで、乗客にとって愛のあるメディア環境が生まれるのではないでしょうか。

後編では、増加し続ける電車内モニターと、コロナ後の移動空間の新たな価値について紹介します。



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