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不倫や浮気について思うこと

この記事は特定の誰かに対して向けたものではなく、不貞という行為そのものへの気持ちを正直に記載したもの。
「罪を憎んで人を憎まず」とは少し違うかもしれないが、そんな感じ。


過去、付き合っていた人に浮気されたことがある。
 
そのことを知ったときの心臓が破裂するのではないかというほどの慟哭、ブラックアウトしそうな視界、一気に冷えていく手足と立っていられないような衝撃。
一気に襲ってくる苦しみとその後ずっと押し寄せる絶望は想像を絶するもので、私を鬱病にし休職に追い込んだ。
私の精神が弱いということを差し引いても、その残酷さは計り知れない。
 
よく「浮気や不倫は心の殺人だ」と言われるが強ち間違っていないと思う。
 
かくいう私もする側として片足を突っ込んだことがある。
その心は途方もなく自己中心的、自己保身の塊であった。
 
そんなことをしておきながら…となるが、やはり、“される側”の気持ちが痛いほどわかるため、他人の浮気や不倫を容認することはできない。これが私の基本的スタンス。
友人が仮にそういった相談や話題を持ち掛けてきたら「応援はできない」と一刀両断するだろう。
付き合いを断つようなことはしないだろうが、親身になってのアドバイスはきっとできない。
 
いろいろな事情や背景があってのことだろう。
ただ自分の心に正直になった結果、信じている人をいとも簡単に奈落の底に突き落とすことになる、これは間違いない。
当事者が幸せや快楽を覚えるほど、その足元の裏側には、配偶者や恋人の深い絶望が比例することになる。
 
 
私だって人に言えないことをしてきた、傷つけてきた人もたくさんいる、陰で裏切るような行為をしたこともある。
地獄に落ちる覚悟はしているし、他人のことを責める筋合いもない。
ただ、“される側”の心に思いを馳せるとき、息ができなくなりそうなほどの辛さを覚えるのだ。
 
だからどうか、不貞を働いている人は死ぬまでその秘密を守り抜いてほしい。
自分が誰かの心を殺すほどのことをしているという自覚をもってほしい。
 
 

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