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それをぜんぶ忘れて朝が来ている

この記事は、わたしが友人と配信しているポッドキャスト「たるいといつかのとりあえずまあ」内で行っている好きな短歌を紹介し詠み合うコーナーを書き起こし、要約したものです。今回は岡本真帆さんの短歌を取り上げさせていただきました。

「たるいといつかのとりあえずまあ」12月中旬のラジオ「プロフェッショナル宮崎駿」

今回の歌
3、2、1、 ぱちんでぜんぶ忘れるよって今のは説明だから泣くなよ
/岡本真帆『水上バス浅草行き』(ナナロク社)


たるい)なんかこの歌に受けている自分なりの印象があって、それを話したいんだけど。こう、例えばほんとに催眠術師の人がいてお客さんがいて、「3、2、1、ぱちんで全部忘れるよ」と術をかけている感じというより、僕の中ではこの歌は物語から帰ってくる時の歌って印象なのよ。
なんか、人は忘れるじゃないですか。でもその忘れるって普通、自然に砂が積もっていくみたいに忘れるものだけれど、それこそ『君たちはどう生きるか』の最後がそうであったように(この回は『プロフェッショナル仕事の流儀 宮崎駿スペシャル』の話をしてました)、夢とか物語世界に行って帰ってきた思い出っていうのは、急速に忘れるもの、スパンって忘れるものとしてある気がするんだよね。なんか。例えば『千と千尋』の最後も千尋が振り返って車に乗って終わるけど、あれって家に着いた時にはもう、リンとかハクとか忘れてんじゃないかと思ってる。

いつか)うんうんうん

たるい)で、この「今のは説明だから泣くなよ」っていうのは、物語世界で大切なものを手にした主人公に向けて、ハクみたいなその世界で知り合った人とか、恋人関係になりかけた人とか、助けてくれた友達とか、そういう人が言っているような気がするんだよね。
っていうのは、僕はどこかで、例えば、「長い夢を見たような気がする」と思っている朝とかに、夢の中で、そういう物語世界への冒険があったんじゃないかと思っているんですよね、わたしにもあなたにも。
大冒険があって、それをぜんぶ忘れて朝が来ているっていう。「3、2、1、 ぱちんでぜんぶわすれ」た朝が来ていて、で、その物語世界で得た何か、なんかの自分に対する自信とか勇気とかそういうものが、自分が生きているということの、無意識下の支えになっている「かもしれない」という希望みたいなの、そういう自分の世界観みたいなものにこの歌が共鳴してくれている感じがして好きなんですよね、って話をしたかったんですよね。

いつか)くぅ〜、短歌を通じて自分を見つめてますなあ

たるい)言い方、言い方よ。
「ぱちんでぜんぶ忘れるよ」っていうの、物語世界からこっちに帰ってきた時というか夢から醒めた時の感覚がすごくあって、「急速に忘れてしまう」っていう、そういうのが現実の中に、きちんと、僕らの現実の中にも入っているかもしれないという可能性みたいのは物語の希望だと思ったりするっていう話でした。以上。

いつか)は〜。これもう終わっていいよね

たるい)いや終わってよくない。

いつか)その〜、話す順番、じゃんけんしない?毎回。その。

たるい)はは。確かにさ、今のに関しては「これってどう思う?」じゃなくて俺がしゃべりたいことがあっただけだからさ、いつかから喋ったほうがよかったかもね

いつか)リモート収録だけどさ、じゃんけんしたいですよね。
まあその、声に出したい短歌だよな、これは。音で聞きたい短歌だなって思う。もちろん話し言葉で書いてるっていうのもあるし、「3、2、1、ぱちん」のその絶対的なリズム。

たるい)はいはいはい

いつか)すごくこう、僕の読みではリアルに目の前に人がいるし、泣いているのは言葉をもらっている方なんだけど、「忘れるよ」って言っている方にすごくこの、あの、強がりが見えるのね。やっぱり

たるい)そうだよね、言ってる側も涙ぐんでいる感じがする

いつか)そうそう。「忘れるよ」言っている側がこう、一番表面的なセリフを言っていて、むしろ泣いている方はすごくナチュラルに感情を出しているわけで。
その、さっき言ってた大冒険した夢があった、みたいな、今はもうみんな忘れているけれど、忘れたくないな、涙が出るほど忘れたくなかった豊かな時間、あったかい時間が確かにあったんだ、という、そこが含みとしてあるというか。
ていうのと、声に出す、って話で言うと、「パチンで全部忘れるよって」の「忘れるよって」の7音。で、「今のは説明だから泣くなよ」は完全に一息で言えるじゃないですか。で、この「っ」の間に人がこう泣きそうになっているわけなんですよね。「全部忘れるよ「っ」って」の「っ」の間の相手が涙が出そう、もしかしたら溢れているかもしれない、と言うのと、それに焦って言葉を発した人、と言うのが、5,7,7の7のところの短歌の定型を突き破っているところにすごくあるのが、いいですよね

たるい)確かに、上の句と下の句で声色が違うよね。上の句の忘れるよ、ってまでは一つの規則としてというか、ルール的な感じがあるけど

いつか)そうそうそう。セリフ的で、催眠術師が解くときの定型としてある感じ。で「っ」の間にこう感情が動いて、感情的なセリフが後でこう字余りでくるって言うのがいいですねぇ

たるい)いやあ、短歌ってすごいですねえ

いつか)はっはっは

たるい)おもしろくなってきちゃったねえ

いつか)いやその、文化的なもう中学生やめてよ

たるい)おもしろく なってきちゃったねえ〜〜

いつか)そのちょっと時間の幅を持たせてるところ腹たつな、「なってきちゃった」って言うその、時間の奥行き腹たつ。

たるい)はは。


今回の歌
3、2、1、 ぱちんでぜんぶ忘れるよって今のは説明だから泣くなよ
岡本真帆『水上バス浅草行き』(ナナロク社)


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赤がすき ライブ帰りに来た道を雑にたどって待つ信号の
岡野大嗣『音楽』(ナナロク社)

前回記事
I am a 大丈夫 ゆえ You are a 大丈夫 too 地上絵あげる
橋爪志保『地上絵』(書肆侃侃房)


ポッドキャスト「たるいといつかのとりあえずまあ」
作家の垂井真とヴァイオリニストの山本佳輝、同じ年、同じ日に生まれたふたりが、それぞれの活動の近況や文化作品について話してる番組。

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