外科医になって良かったこと

はじめに


私が外科を辞めようと決めた理由という記事を書いて、予想以上に多くの方に読んでもらえたようでたくさんの反響をいただきました。

その上で真逆のタイトルの記事を書いたのは、外科医になって良かった、楽しかったこともたくさんあるはずなのにそれを書かないのはフェアじゃないと思ったからです。先の記事は外科の先生も含めたくさんの共感・ねぎらいのお言葉をいただきましたが、結果的に外科のネガキャンになったことは申し訳ない気持ちです。
大変な世界ですがそれでも選んでしまうくらいにはやはり魅力に溢れる世界なので、それは知ってもらいたいと思い書きました。辞めていく身で語っても説得力がないとは思いますが自分のためにも残しておきたいと思います。すみません掌返しのつもりはないんですやめて石を投げないで…。

外科医になって良かったこと・外科の良いところ

外科医はカッコいい 外科医と名乗れる喜び

見た瞬間笑った人もいるでしょう。くだらねwと思った人も多いことでしょう。しかしこれは医療ドラマ・漫画に登場する外科医に憧れて医者になった私にとっては結構大事なことでした。医龍やゴッドハンド輝は子供の頃から医者になった現在まで何度も何度も読み返しているバイブルですし、最上の名医を読んだ時にはさらに外科しか勝たん!という気持ちになりました。外科医ってこんなカッコいいんだ、という気持ちは今も変わりません。なので研修医の頃から外科ローテ中はPHSに出る時「外科の研修医の(小声)侑です」と言っていました。
前記事にも書きましたが、3年目になり看護師や検査技師からはもちろん、他科の先生から「外科の先生」と呼ばれ扱われるのはめちゃくちゃ自己肯定感が上がりました。結構マジで少女漫画の主人公くらいルンルン気分で病棟を歩いていましたし、憎きPHSの着信にも「外科の侑です(キリッ」って名乗るのは本当にアガりました。

外科医の行動力、判断の速さがカッコいい

外科医は基本的に良い意味で「待つ」「じっとしている」のを苦手とする人間が多いです。外科医はせっかちです。その結果コンサルトを受けたらとりあえずすぐに駆け付ける、治療方針について検討する時、緊急で手術するかどうか考える時にあまりうだうだ考えずに「やるなら早い方がいいっしょ」と実にスピーディに段取りを進めていくタイプの先生が多いと思います。コンサルトする側だった研修医時代にも外科の先生はこういうところが本当にカッコよくて頼りになると思っていましたが、自分が下っ端外科医として働いていく中でこの思いはさらに強くなりました。上の先生は下っ端外科医がまだ何もできないことを分かっているので、困っているとすぐに相談に乗ってくれたり手を貸してくれました。自分がそういう外科医になれていたかは分かりませんが、求められたらすぐに応じて「俺に任せろ」という感覚で働いていました。外科に限りませんが「こういうカッコいい存在でありたい」というモチベーションで働けるのは楽しかったです。自己陶酔的な要素もありますが。
ちなみに外科医のせっかちさは術野でもよく現れます。助手が展開している…と見せかけて鈍的剥離を進めていたり、術者より先に筋鉤でヘルニアザックをすくってしまったり…と「先生は大人しく展開だけしててくださいよ!」「早くできるようにならないと俺にやられちゃうぞ〜」「あれどっちが術者でしたっけ?」なんて場面もよくありました。自分が前立ちの時は展開剥離をやり返したり。そういうところも含めて外科の雰囲気、外科の先生達の雰囲気は大好きでした。

手術は本当に面白く奥深い世界

言うまでもなく一番はこれです。研修医の頃はやらせてもらえることと言えばドレーンの固定や閉腹の時の糸結び、真皮埋没縫合が基本で、何度か虫垂炎の手術をほぼ手取り足取りでやらせてもらったことがあるくらいだったのが3年目から一気に自分が執刀する手術が増えました。もちろん3年目なんて研修医とほぼ同等なので、やらせてもらえる手術は限られていますが、それでも外科の登竜門であるアッペ、ヘルニア、ヘモに加えて胆摘や緊急の絞扼性腸閉塞、大腸穿孔など、研修医の頃のお客さん状態からすると比較にならないほどたくさんの手術を術者として執刀させてもらいました。
ペアンで剥離、すくって間を切る、という外科の超基本動作だけでも見ているのと自分がやるのとでは天と地の差があり、めっちゃくちゃに楽しかったです。ペーペーながら場数を踏んでいくにつれ自分の所作が少しずつ手慣れていき「あ、俺外科の先生みたいな動きしてる」と実感できた時や、研修医の埋没縫合を見て自分がいつの間にか上手になっているのに気付けた時は心の底がじんわり温かくなるような感覚がありました。

鼡径ヘルニアの解剖を理解して上級医に言われなくても自分で思い描いた通りに手術が進められた時。初めて腹腔鏡でソニックビートやハーモニックなどのデバイスを使った時。胆摘でCVSが綺麗に確認できた時。結腸切除で後腹膜剥離が(おそらく)正しい層で気持ち良くはがせた時。IMA処理の時に血管鞘をサクッと剥離してツルツルの血管壁をクリッピングした時。

羅列したらキリがないほどに嬉しかった瞬間がたくさんありました。また左手の持つ位置、展開する方向がほんのわずかに変わるだけで劇的にやりやすさが変わったり、助手の先生の展開次第で自分が天才外科医になったかのごとくスムースに手術が進められたり。「手術ってなんて面白くて奥が深いんだ」と心から思いました。

この面白さ、楽しさは今でも他のことで代えが効くものではないだろうと思っています。私は毎日夜遅くまで手術の勉強をし続けるほど真面目ではありませんでしたが、それでも毎日ドライラボでラパロの練習はしていて、少しずつ縫合が速くなって次の手術では上手く動かなくてもどかしいと思う場面が少なくなって、手術の度に成長を実感できました。毎日恐ろしいほど忙しかったので嫌になったり息が出来なくなるような感覚になる時もたくさんありましたが、決してそれだけではありませんでした。

外科手術は治療効果がすぐに現れる

これは手技としての外科手術ではなく、治療としての外科手術の大きな大きな魅力です。
さっきまで腹痛で悶え苦しんで会話もままならなかったような人が術後穏やかな表情で眠り、翌朝には嘘のように良くなりましたと笑顔を見せてくれる。腸管閉塞により食事が摂れなかった人が手術によって食べられるようになって先生のおかげだよと言ってくれる。先生が居てくれて良かった、命の恩人ですと涙ながらに手を握ってありがとうと感謝してくれる。
実際の医療現場ではそうした、ドラマや漫画にありがちな感動的なシーンはそうそう多くなく研修医になりたての頃は理想と現実のギャップを感じることも多かったですが、外科医になってからはそんなドラマや漫画の世界のような場面を何度も経験することができました。そういった劇的な治療効果がすぐに現れるのはやはり物理的に病気を治しに行く外科手術の大きな力です。

患者のありがとうをたくさんもらえる

医者にとっても患者にとっても手術というのは特別で、文字通りまな板の上の鯉状態で命を全て託される・託すという信頼関係があって成り立つ行為なので、患者の期待に応えられた時には本当に感謝の言葉をたくさんもらえます。「手術という行為」にこだわって外科医になった私ですが、外科医になってからは手術をした結果患者を喜ばせられるというところに一番強いやりがいを感じました。そういう過程があるので、自分で手術をした患者というのは外科医にとっても特別な存在です。

「どんなに疲れていても患者の笑顔を見れば疲れなんて吹っ飛ぶ」なんて綺麗事は言いません。緊急手術が連続したときなんかは感謝の言葉に対する応酬をするのが億劫になるほど疲れ果てますし、ナースに1秒前に言われた何かを既に忘れていたりします。夜間休日に呼ばれる時には正直うんざりする気持ちにはなります。

それでも患者のありがとうをもらえることは、自分は人のためになる正しいことをしているんだと確信することができて、医者としての芯の部分を支えてくれるものです。

外科の患者は元気な人が多い

基本的に外科で手術を受ける患者は高齢であっても少なくとも手術が受けられる全身状態、手術の適応がある患者背景なのである程度元気です。

研修医の頃に内科や救急科を回った時には病棟に認知症・寝たきり患者ばかりで喋れる人が殆ど居ない、なんて衝撃的な場面も少なくありませんでした。姥捨て病棟状態になっているのは断らない救急を掲げる病院あるあるだと思います。見るのは温度板の数字、採血の項目が主で、治療する前と治療が終わった後で一見何も変わっていない。家族も誰も来やしないし、来ても自宅退院・連れて帰るなんて無理ですと取り付く島もなく、かといって転院先もなかなかベッドが空かない。この人のため、日本の医療のため、果たして良いことをしているのだろうか?

外科医になってからはこういうことを考えることはほとんどなくなりました。元気な人、言い換えれば手術をすることで今後また元の生活に戻っていく人を相手にするというのは、やりがいを感じるという点における外科の非常に大きな利点です。逆に言えば寝たきりの認知症、意思疎通も難しいような人は手術の適応にならないことも多いので、そのような患者は外科とはあまり縁がありません。

外科医はなんでもできると思われている

これは良いところと言っていいのか微妙ですが、外科医は良くも悪くもこう思われているようです。つまり医療者から見れば急変時や全身管理に強くおまけに手術までできる。患者からすればそれこそ天才外科医系の医療系作品の影響もあり、外科の先生といえば全身どこでも切って治してしまう。
実際には外科医(心臓血管外科や呼吸器外科などよりダイレクトに命に関わる外科は除き)は救命・蘇生の対応をする場面がそこまで多いわけではないので、超緊急時に自信を持って挿管できる外科医はそう多くないと思いますし、ゴリゴリのICU管理が必要な超重症患者の管理も皆が皆手慣れているわけではありません。ドラマに出てくる天才外科医のように、脳外科から心臓外科、消化器に骨折の手術まで全部できる外科医なんておらず、外科も臓器別の細分化が進んでいるので自分の専門以外全然わからない、興味がないという先生も珍しくはありません。
それでも何でも出来るのが外科だ!という風に思われているのは先人たちの偉大な積み重ねがあったからこそ。自分はそんな外科の一員だ、という意識をもって働くことはやはり高いモチベーションに繋がります。

内科系当直に比べ外科系当直はキツくない

ちょっとカッコいいことばかり述べてきてしまったので自分本来の小物的観点からの利点に移ります。
当直は病院によりシステムがめちゃくちゃ異なるので一概に言えませんが、多くの病院では内科系と外科系は別れていると思います。そして夜に病院に来る患者のうち8割がたは内科系当直が対応しているんじゃないかと思います。というのも外科系当直とは主に外傷、例えば指を切ったとか頭を打った、転んで歩けない骨折かも知れない、といった事象に対応するので、発熱とかめまい、腹痛(これは原因によっては外科の患者になりますが)、といった一般的な症状はまずは内科です。
外科系当直は一般に外来での処置で終わる軽症者の対応がほとんどで、酔っぱらいの転倒とかけしからん案件はありますが深夜帯に入ると患者が全く来ない、なんていうのも珍しくありません。

やっかいな患者が少ない、かもしれない

かもしれない。です。断定はできません。先に述べたように外科は基本的に手術という最大の切り札を持っているので、初めましてから手術に至るまでの間に医者と患者間に強い信頼関係が生まれます。今時「お医者様」という意識を持っている患者は多くないと思いますが、それでも外科の患者に関しては比較的若い人でもそのような感覚を持っている人がいる印象があります。偉そうな言い方ですが「手術をしてもらう」という意識が患者側にあるのだと思います。もちろん外科医はその信頼に全力で応える必要があるので責任は大きいのですが、悪質なクレーマーや高圧的につっかかってくるような患者と相対する機会が同業者の中では比較的少ないんじゃないかなと思います。

最後に

またまた長文になってしまいましたが、私が外科医になって良かったなと思うことをまとめてみました。先の記事は外科のネガキャンでしたが、私は外科を悪く言いたいわけではありません。激務、やりがい搾取、ブラック、時代遅れ、今や外科は情弱が選ぶ科、なんて言われる時代です。そんなことはない!とは言い返せませんが、外科は大変な分他で得られない絶対的な魅力を持っているのもまた事実です。こういうことは実際に外科医にならないと得られません。その上で自分の中の優先順位を考えて一生続けるのか他の道に行くのか、はまた別の話です。本気で外科を考えている医学生・研修医の方々には外科はネガティブな面がたくさんあるけれど、決してそれだけではないということが伝えられたら嬉しいです。






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