【長文注意】私が外科を辞めようと決めた理由


はじめに

こんにちは。侑@酸欠外科医という名前でXをやっている者です。XはTwitter時代から同世代の外科医や、若くして退局・転科・転職など医者の王道のレール以外の生き方をしている先生を参考にすべく、情報収集のために始めました。色々な方とやり取りをする中で、同じような境遇にいる他の人の悩みや生き方は一つの情報として参考になると改めて思い、自分のこともケースレポート的に誰かの参考になるのではと勘違いしてnoteを始めた次第です。
私は外科医に憧れ、外科医になりたくて必死に勉強して医学部に入り現在外科医として働いています。まず初めに言っておきたいのは「外科医という生き方、外科という世界が私には思ったより合わなかった」というだけで、私は外科医という仕事自体は生涯を捧げるに値する素晴らしいものだと思っています。基本的には「外科はクソだ」みたいなスタンスではないつもりです(イカれた世界だと思い文句を言うことは多々ありますが)。
私は医師として外科医として経験年数は10年未満の若造なので「何を知ったような口を」と思われる方もいらっしゃると思いますが、あくまでいち若手外科医の赤裸々なケースレポートとしてお楽しみいただければと思います。外科医になりたい、けどQOLの観点で迷っているという方には参考になると思いますが、外科医になる方向に背中を押して欲しい人は読まない方が良いと思います。知らない方が幸せなことはこの世の中にあまりにも溢れています。
「外科は」「外科医の人生は」といった主語が大きくなっている文章も多くありますが、私が外科医になるまでは分からなかった・知らなかった部分を可能な限り言語化して伝えるべく書いているので時々主語が大きいことに関しては目を瞑っていただけると幸いです。

外科医になってから知った外科の世界

外科医になってみて初めて知ることができた外科の良いところも非常にたくさんあるのですが、記事の趣旨とずれるので敢えてネガティブなところを中心にまとめます。

外科は一般にQOLの低い診療科と言える

以前の記事で医者のQOLを規定する因子は「夜間休日、時間外に呼び出される事象がどれくらい生じるかで決まる」と書きました。ここで言うQOLとは主にワークライフバランス、具体的には業務時間外の勤務がどれほど求められるかという意味合いで用いています。

「忙しくたってやりたいことをしてお金を稼げるならQOLは高い」「手術たくさんできる時点でQOL高くね?」といった過激な意見を頂戴したこともありますが、そのような外科医として高度に訓練されすぎている特殊な意見は考えないものとします。

かつての先輩・上司のありがたいお言葉より



上記を踏まえると、一般に外科と名の付く診療科は夜間休日時間外に呼び出される頻度が高く文字通りの完全な休日を確保するのは困難であり、QOLは低いと言えます。中でも特に消化器外科は患者数が多いこともありとにかく緊急が多いです。
どのくらい多いかと言うと、私が以前勤務していた病院(病床数500床程度、外科医7人年間手術症例1000例程度)では、基本的にほぼ毎日何かしらの緊急手術が行われており、同じ日に緊急手術が3,4件集中することも珍しくありませんでした。

例えば朝9時から16時くらいまでの予定手術をしている間に外来当番の先生が緊急手術症例を引き、私が手術を終えると同時に30分後の入室が伝えられ、急いで院内コンビニでパンと野菜ジュースを買って胃に流し込みそのまま緊急手術、みたいな日ばかりでした。酷いとその緊急手術を行っている間に開業医や内科からの手術目的紹介があり、緊急手術が終わったところで救急外来に行き新たな手術の段取りを組んで2件目の緊急手術を行い全て終わって22時、さあこれから術後管理や病棟の指示・オーダー入力に手術記録作成だぜ!あれそういえば今日は病棟のこと全く見られてないな病棟業務も追加だぜアハハ!みたいなことも少なくはなかったです。だいたい月1,2回はそんな息をする間もないくらい、馬車馬のごとく働く日がありました。
もちろん施設や医療圏による違いはありますし、体制によっても大きく異なりますが(私の居た施設は同世代がいなかったため物理的に可能な状況なら基本的には全て私が対応していましたが、完全に当番制で回している施設もあります)全国各地にいる同期や同世代の外科医と話した印象としてはどこの外科も同じような感じです。

緊急手術にかかる時間の話

これは緊急、QOLという観点で悩んでいた頃に外科の夜中の緊急手術に入った時の話です。ある夜のこと、当時6年目くらいの先生と絞扼性腸閉塞で腸切除術を行っていた時に「緊急手術っていってもほとんどはこのくらいで、1,2時間くらいですぐ終わるんだよ」と言われました。
私は比較的「引く」側の医者なので研修医の時点で虫垂炎に胆嚢炎、絞扼性腸閉塞に大腸穿孔と王道の緊急手術を何度も経験しました。胆嚢炎や大腸穿孔は内容の差が大きいですが、基本的に他の手術は確かに1時間前後で終了することが多く、確かに夜中に呼ばれて何時間も延々と手術している、ということは少ないです。
ただし、これはあくまで「手術時間」の話です。呼ばれて病院に行ってすぐ1,2時間手術して終わったら帰るだけというわけではありません。例えば早ければ30分程で終わってしまう急性虫垂炎に対する腹腔鏡下虫垂切除術だとしても、呼ばれてから帰るまでには最短でも3-4時間くらいはかかるでしょう。穿孔して腹膜炎までいってる場合など、患者の状態によっては一晩かかることもあり得ます。

  1. 呼ばれる

  2. 病院に行き実際に診察・画像を見る(場合によっては造影CT等を追加施行)

  3. 診断を付け手術適応ありと判断する

  4. 本人・家族へのIC→同意書取得

  5. 必要に応じ足りない術前検査を追加で行う

  6. 助手、麻酔科、オペ室への連絡・スタッフの招集

  7. 手術開始

  8. 術後管理 病棟への指示出し、オーダー入力

  9. 手術記録作成

緊急手術となると上記の過程が必要になります。当直の先生によっては呼ばれた時点でほぼ診断が確定していて家族も呼んでくれていて術前検査一式も終わっている、という状況のこともありますが、それでも呼ばれてから実際に手術が開始するまで、どんなにスムースでも1時間以上はかかることが普通です。手術が終わったあと病室に戻るまでも異物確認のレントゲン撮影、抜管までの待ち時間があるので終わって帰室までは少なくとも30分以上は見ておく必要があります。
術前に指示出しやオーダー入力を済ませていれば、かつ術後の全身状態が落ち着いていれば帰室した後は家族へ術後連絡をしてすぐ帰ることもできますが、絞扼性腸閉塞や大腸穿孔ではショックに近い状態のことも少なくなく術後全身状態を安定させるまでなかなか離れられません。
さらにいずれのパターンでも緊急手術をして翌日以降ほったらかすわけには行かないので、例えば金曜日の夜に緊急手術をしたとすれば週末は病院に行かないわけにはいかなくなります。例え前々から予定が入っていたとしても。

緊急は突然やってくる

当たり前の話ですが急患、緊急手術案件はこちらの都合など一切関係なくやってきます。どんなに予定手術・外来・処置で忙しい日であろうと、仕事の後に久々に友人と会う予定があろうと、1年前からずっと計画していた予定がある日だろうと関係ありません。
普通は「予定があるなら空けられるようマネジメントしておけば良い」という話ですが、前述のような緊急手術が集中するような状況になると緊急当番の先生が全て捌くのは物理的に不可能になるので「当番じゃないから無理です」とはいかず、仕事優先で対応しなければならなくなります。
想像してみてください。夜に予定があるから大量の仕事を頑張って朝から効率よく進め、なんとか目標にしていた時間に帰れそう、そんな状況で帰り際突然同じ量の仕事が降ってきて今すぐ取りかかれと言われる状況を。
研修医の先生は一日中病棟業務、外来の初診対応で休憩どころか食事の時間も犠牲にして働き続けるのを想像してみてください。あなたは夜の予定ため仕事を捌き続け、なんとか定時に帰れそうな気配が見えてきました。そんな16時30分、開業医から緊急手術・処置が必要そうな紹介を受けました。紹介状を持ってやってくるのが約1時間後、そこから初療〜手術・処置〜病棟で落ち着かせるまでの1セットの仕事が発生します。この時点で最速でも上がれるのは20時を過ぎそう。もう予定はパー。
どうですか?これが外科医の日常です。

外科を辞めるのを決定づけたエピソード


私が外科の世界はもう無理だと思ったのは「外科医の生活は自分でコントロールできず緊急のイベントに全てを左右される」ことが一番の理由です。それを思い知るに至ったこんなエピソードがありました。

半年ほど前から私と妻と共通の知人と一緒に食事をする予定を立てていました。知人は遠方に住んでおり、顔を合わせるのは随分と久しぶりでなかなか機会が無く、とても楽しみにしていました。その日だけは午前中から空けられるよう自分の外来や当直日程を入念に調整していました(その日は当直明けで、午前中の病棟回診を終えたら上がれるよう上司にも話を通していました)。
ところが当直の明け方、先輩が執刀した大腸癌の術後患者の血圧低下、乏尿でコールを受けました。昇圧剤が必要でドレーンの排液を見ると混濁しており縫合不全が疑われる状況でした。すぐに執刀医の先輩に連絡を取り、縫合不全による汎発性腹膜炎を起こしていると判断し朝8時入室で再手術を行うことになりました。私はその手術の前立ちを努めていた&一番下の年次だったので「当直明けなのでリオペには入れません」とは非常言いづらい状況でした。また他の先生は外来日だったので物理的に助手に入れるのは私だけで、先輩と2人で再手術に入りました。先輩は申し訳ないと、終わったらすぐ上がってくれと言ってくれましたが患者の全身状態がかなり悪い上に腸が短く視野確保・修復が困難だったこともあり手術を終えICUに入室したのは13時を過ぎた頃でした。帰室後も先輩は外来日だったのでずっと術後患者に張り付くことはできず、また帰室後もバイタルが安定しなかったので結局私が管理しなければならず、ある程度安定させたところで家に帰れたのは16時頃でした。
知人の帰り際に少し会って話すことはできましたが、妻と彼女の落胆した顔は今でも忘れられません。

私が外科はもう無理だと思った一番のエピソード

このくらいのエピソードは外科医なら誰しも経験があるものです。指導医を務めるような世代の外科医からすればなんてことない話だと思います。「外科医が親の死に目に会えると思うな」なんて言われる世界ですし、患者の命と外科医のプライベートとどちらが優先順位が高いか、なんて愚問です。

しかし私は「もしこれがずっと前から計画していた家族旅行だったら」と考えてしまいました。例えばいざ出発、の楽しい車内で電話が鳴って、自分が手術した患者が急変して執刀医が行かないわけにはいかない状況になったら?「ごめんな、パパは病院に行かないといけないからママと先に行っててくれ」と病院に戻り、最悪は再手術をして術後管理、全身状態が落ち着いてからようやく離れられてもその翌日は?平日ならまだ誰かに頼めるかもしれないけどそれが休日だったら?そもそもその状況の患者が居て旅行に行くことは許される?

外科医である以上、自分のプライベートが犠牲になることは避けられません。外科医はそれを自己犠牲と思っていないケースも少なくないですが、究極の自己犠牲科でもあります。
自分個人の予定が潰れるのはともかく(それもめちゃくちゃ嫌ですが)、家族にもそんな思いをきっと何度もさせることになる。それは私にとっては想像するだけでも本当に心苦しいものでした。そんな思いをしたりさせたりしてまで私は外科医でありたいのか?手術をしたいのか?
答えは悩む余地なくNOでした。
外科医が急な呼び出しを受けて家族を置いて出ていく姿は医療ドラマや漫画の世界でもよく見るシーンですが、それが自分のものになって初めて私には無理だと痛感しました。

外科の世界における主治医制とチーム制

現在は働き方改革を進める流れもあり、チーム性を導入する病院・診療科が増えてきたと思います。外科でも同様にチーム制を取る施設は増えてきていますが、本当の意味でのチーム性は成り立ちません。何故かと言うと手術をした患者においては執刀医の存在は特別であり、責任の所在が明確だからです。

執刀医は特別な存在

外科手術は執刀医(術者)と助手、最低でも2人〜で成り立ちます。「手術に入った以上全員が等しい責任を負う」というのは気持ちの面では当然ですが実際には術者に最終責任があります。上級医が指導的助手を努めてくれ、若手がここ掘れワンワン、言われるがままあやつり人形状態で執刀した手術だとしてもです。術後ドレーンをいつ抜こうか、食事はいつから開始しようか、点滴はいつまでどのくらい行うか、など決定権は術者にあります。術後合併症が起きて再手術が必要かもしれない、そんな時にその決定権を持つのはやはり術者です。

外科医の責任  メスを入れたら最後まで診る


これは外科の世界ではどうしても絶対の掟です。(追記:正確には私が指導された、育った環境においての掟です。もっと現代的な考え方・働き方を実現している外科もあるようです)手術をした以上は傷の観察や術後合併症の有無の評価は術者が責任を持って行うべきで、これをしない外科医は干されます。術後管理を怠る人間に手術をする資格はありませんし、特に若手がこれをやると手術を割り当ててもらえることはなくなるでしょう。指導医クラスの先生が手術をして勉強のために術後管理を若手に任せるのとは訳が違います。
また執刀医の責任は患者が退院すればおしまい、というものでもありません。退院後の創部トラブルや術後の晩期合併症など、さすがに夜間休日はオンコール・当直の先生が診てくれることが多いとしても、例えばそれが3連休初日だったとしたら?何らかの処置・手術を要するかもしれない状況だとしたら?判断に悩むような状況ではやはり最終判断を下すのは執刀医の責任です。電話で他の先生にああしろこうしろと言って丸投げ、というわけにはいきません。自分が旅行先に居るとしてもまずは患者の元へ行き、その判断を下すことが求められます。自分が執刀した患者がこの世に存在する限り、このような事案はいつでも発生し得ます。

外科は強烈な縦社会

外科に限りませんが医者の世界は一般に想像されるより上下関係、年次の差がかなり重視される世界です。ある仕事が発生したら基本的にトップのA先生から次席のB先生へ、さらにC先生D先生…最終的には一番下の学年の先生へと下請けの下請けの下請けに出されていきます。医局人事はもちろんロボット手術など新しいことを始めようとする場合も基本的には年次によって優先順位が決定します。中には論文をどの程度書いているか、学位を取得しているかなど年次以外の要素で順位付けを行う医局もあると聞きますが、多くの場面において医者の世界の上下関係は年次で決まります。力関係が手術の腕前で決まるのはドラマや漫画の世界です。

上司が帰るまでは帰れない、そんな世界


年次が上の先生ほど今と比べてさらに過酷な労働環境で研鑽を積んできており、特に外科医の場合は「自分が若い頃はもっと苦労した」「昔は手術させてもらったらずっと患者に張り付いていた」「若い頃は上司より先に帰ったことなんてなかった」等々、若かりし頃の自分と同様のスタンスを若手に求める先生が多いです。現代の働き方に理解を示されている先生ももちろんいらっしゃいますが、根底には外科医たるものこうあるべきだという考えを持っている先生が多いです。

そのため例えば先輩がオンコールのある日、帰り際に急患が来たり入院患者に関してトラブルが生じた場合、「下」の身である自分が「先輩オンコールよく引きますね、おつかれっす!」と帰るわけにはいきません。先輩がやっとくから帰っていいよと言ってくれたとしてもそうはいきません。おかしいと思う人もいるかもしれませんが、そういう世界です。
仕事が終わっていたとしても、先輩や上司、ましてやボスが帰っていない状況では非常に帰りづらい。帰りづらいだけならともかく私の医局では実際に「もう帰るのか」と言われることもしょっ中でした。それでも19時、20時くらいなんですけどね。時代に逆行していますし、嫌悪感を感じる人もいるでしょうが実際そういう世界です。仕事自体は完璧に終わらせて定時に帰り病院の外で勉強をしている若手と、要領が悪く毎日夜遅くまで残って仕事をしている若手/勉強も医局に残ってやるタイプの若手が居たら、後者の方が若手外科医としては高く評価されます。特に大学病院は何故かいつまでも家に帰らない先生が数多く存在する魔境なので、上司から「誰々はいつも遅くまで居るのにお前はほとんど居ないよな」なんて言われたりします。
我々若手外科医は基本的にメインとなる癌の手術は上級医の患者を当ててもらう立場なので、誤解を恐れずに言うと手術を人質に取られているのでそのような外科の悪しき風習にも反旗を翻すわけにはいかないのです。

外科医の働き方改革は実現しうるのか

結論から言うと私は外科医の働き方改革は無理だと考えています。多少改善しても休みの日は完全フリー、オンオフを付けた働き方は実現不能だと考えています。

私が研修医の頃、外科の先生からこのような外科の世界の掟や風習、術者がいかに責任の大きい立場なのかという話を聞いた時には、この働き方改革が謳われる時代なのに「なんて非合理的なんだ」と思いました。誰が執刀しようが誰の患者だろうが診療科全体で全員を診る/もしくはチーム制を取り、夜間休日の当番を均等に分担して、何かあったときはその時の当番の医者が対応するようにして当番でない医者は完全に休めるようにするべきだ。誰が執刀したかに拘るなんてくだらない。「外科医の敵は外科医」なんじゃないか。外科医が執刀医を重んじるのはその際たる例だ!俺が働きやすい外科の世界を作ってやる!
そう思っていました。心から本当にそう思っていました。今でも上の先生が帰らない・何かしているなら下も一緒に犠牲になるべきという風習はナンセンスだと思っています。

しかし実際に外科医として働いていく中で、予定手術や緊急手術、根治的な手術から姑息的な手術、術後合併症による緊急対応・再手術という場面を色々と経験していく中で、QOL主義者の私でも次第にこの外科の世界の掟を理解できるようになってしまいました。やはり術後合併症、再手術の可能性があるような状況で執刀医が来たがらない、来ないというのは無責任過ぎると思ってしまいますし、私でも予定をキャンセルしてでも病院に向かいます。そうしなきゃいけないから、というよりは術者の心境として「自分のせいだどうしよう」という感情に支配されるので、その状況で他の先生に丸投げできたとしてももう自分の時間を楽しめるような心境ではすでにないのです。
先に書いた術者の責任、外科の世界の風習を無視してでも、干されてもいいからと現代的な働き方を貫くことは不可能ではないと思いますが、外科医として認められるようになろうとするなら古から続く「外科医」でなければならないと思います。職業:外科医ではなく生き方:外科医に。異論反論はたくさんあると思いますが、私はこういう結論に至りました。「世界を変えるよりも自分が住む世界を変える方が楽だし早い」ということに気づきました。

外科の将来性はどうなのか

あともう一点はおまけのような理由ですが、外科医の将来性についても思うところはあります。まず結論として外科医の需要がなくなったり食いっぱぐれることはまず当分ないと思います。血管内治療や放射線治療、薬物治療の進歩により外科手術の役割が薄れつつある領域もありますが、物理的にアプローチをする外科手術の需要がなくなることは絶対にありません。

一生この生活が続く


ここで私が言う将来性というのは外科の需要という話ではなく、いち外科医の人生の話です。以前勤めていた病院では自分の親よりも上の世代の先生が私と同じように当直・オンコールに組み込まれ、1人で何でもできる年次の先生ゆえに私より遥かに多くの外来患者を抱えたり緊急対応を行っていました。つまり働き方としては将来的に楽になることは絶対になく、それどころかできることが増え下の指導・フォローもしなければならなくなるゆえ更に忙しくなる可能性すらあります。控え目に言っても一生この生活が続きます。当直オンコールフリーになるのは定年間際になってどうか、というレベルですし、私が指導医になるような未来はさらに外科医が減少しているはずなのでマンパワー的にも今よりきつくなっていることが予想されます。都市部の一部の医局に限り外科医が増えているケースもありますが、全体で見れば減少していますし、働き方改革という言葉が最初から存在している現代、元々外科志望でもない限りこれから医者になる人間がわざわざ外科を選ぶとも思えません。
学会でも外科医を増やすためにどうするか、というセッションが散見されますが結局のところ「外科は魅力にあふれる科なのでそれを若手に発信する」みたいな話に落ち着きます。私が思うに今時の若手が外科を敬遠する根本的な部分には何一つ触れられていないように感じます。

それでも外科医を続けるとしたら理由は一つ

ここまで書いたような外科の世界のネガティブな面を差し引いても外科医を続けるとしたら。それは「手術が好きだから」に尽きます。多くの外科医を魅了する手術という行為は他で代替できるものではなく、手術が好き、楽しい面白いと思ってしまったら、この先も手術をする医者であり続けたいと思うなら、外科の世界の全てを受け入れて外科医を続けるしかないのです。医局人事、奉公人事により希望しないところで働くことになるとしても、手術がしたいなら従う以外の選択肢はないのです。

外科医になったから外科を捨てる決意ができた

私は今でも手術は面白いと思いますし、やったらやったで達成感や成長を実感してやりがいを感じます。しかし外科の世界を受け入れてまで手術をしたいとはもう思わなくなりました。そこまで自分の人生を犠牲にしてまで手術したくない。これが今の私の心境です。
幸い私は「手術にしか興味がない人」「手術しないと死んじゃう人」「休みの日もいつでも手術のことを考えている人」ではないので(外科医としては失格な性質ですが)、自分の人生から手術がなくなったとしても抜け殻のようになることはないと思います。他に趣味なりやってみたい仕事なりがたくさんありいつも時間が足りないと思っています。
他の記事でも書いたように、もし今研修医の頃に戻ったら絶対に外科医にはなりません。しかしそれは一度は昔からの夢だった外科医になり、外科の世界を知って若手なりにもたくさんの手術をやることができたから言えることです。もし外科医を諦め他の科に進んでいたら「外科医になっていたらどうだったんだろう」という後悔が絶対に残っていたと思います。今振り返れば外科医として呼び出されまくったり馬車馬のように働いた、当時死ぬほど辛かった経験も自分の人生のハイライトとして残ってくれると思います。
ゆえに私は外科医になったことは全く後悔していません。外科医になって外科医として生きてようやく外科を捨てる決意ができたからです。

外科に進むか悩む人へのアドバイス


私と同じように悩む人に対してどうアドバイスするべきかは非常に悩ましいところですが、後から外科に入り直すのは外科をドロップアウトするよりもハードルが高いので「外科を選ばなかった自分の人生」をできるだけ具体的に想像してみて、それでわずかでも後悔が残る可能性が高いと思うなら私のように飛び込んでみるしかないです。手術抜きでも「外科の先生」として見られるのは自己肯定感が上がりますし、PHSに出る時「外科の侑です」と名乗るのは結構アガります。しょうもないことですが、そういうなってみなきゃ感じられない付加価値もあったりするので、迷ったらDOです。後悔を抱え続ける人生もきっとつらいものです。
ただし必修でローテートする研修医と異なり、3年目以降自分で外科を選んだ以上はここまで長々書いてきたネガティブな面は分かり切っているはずなので文句は言えません。分かってて選んだんだよね?でおしまいです。自分の選択は誰のせいにもできません。自分で自分の責任を取らなくてはなりません。その覚悟はしましょう。
以上が根性論的なアドバイスで、現実的なアドバイスとしては医局に入らないことをおすすめします。外科であれば専門医プログラムを持っている市中病院も少なくないので、まずはどこかの医局員にはならずに外科専攻医になると良いと思います。やはり医局という組織はどこも一度入ると抜けるのが一番の障壁と言いますし、私自身も間もなく訪れる退局の申し出というイベントを想像すると動悸がしてきてゲロ吐きそうになります。
研修医2年目当時は市中病院の外科専門医プログラムは内部の研修医で埋まるものだと思い込んでいて、見学に行ったりマッチングの時のような対策をする精神的余裕がなかったので甘んじて医局に入ってしまいましたが、今思えば外科を辞めることも想定して市中病院のプログラムに入っておくべきだったと思います。続けるなら戦力になったタイミングでの入局なのでより歓迎されるし、辞めるなら直属の上司に話してその病院を退職すればそれで終わる話です。
ああ、後悔はないと言いましたがここに限っては失敗したなと思いますね。

最後に

簡潔にまとめるつもりが気付いたら熱が入ってとんでもない文章量になってしまいました。特に一番辛かった時期のことを書いていたら、いつまでも仕事がなくならず地上で溺れているような息苦しさの中で働いていた当時の心境を思い出して涙が滲みました。PTSDみたいになっているのに気づきました。
何度か読み直して校正したつもりですが読みづらかったらすみません。少しでも悩める人の参考になったり、エンタメとして楽しんでもらえていたら嬉しいです。お読みいただきありがとうございました。




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