自分を変えたいと思った時に、忘れてはいけない一首(短歌一首鑑賞)

七年で六つの町に暮らしたり僕は僕から出られないまま

『駅へ』松村正直


ビジネス書か何かで、自分を変えたいなら、時間配分を変えるか、付き合う人間を変えるか、住む場所を変えるかをしなさいというアドバイスを読んだことがある。

成長しよう、頑張ろう、もっと〇〇になろうと思ったところで、その思いだけでは難しいから、環境や行動をガラッと変えるべきだ。そんな主張だったはずだ。

確かに、時間配分を変えれば、行動が変わり、能力やスキルが変化するだろう。また住む場所や付き合う人を変えれば、自然と行動が変わり、これまた能力やスキルが変化するだろう。それらに伴って、考え方も変わるかもしれない。


しかし、本当にそうだろうか。ビジネスの文脈で語られる「僕」だけの話であれば、それで十分に変化できるのかもしれない。成長や進化、変化というレベルであれば、できるのかもしれない。

これまでずっと「僕」だった人間が、「僕」から出ることなど本当にできるのだろうか。おそらく、できない。

この歌の主体は、七年で六つの町で暮らしたという。それはつまり、引っ越しを繰り返し、人間関係を変えながら、生活する場所を変えながら、そして、おそらくは時間配分も否応なく変化しながら。

これらの変化の中で、主体が気づいたことは、僕は僕でしかないということだった。

自分も含めて色々なことが変化していって、このまま僕は僕以外の、より良い僕になれるかもしれない、憧れているような人間になれるかもしれない、そんな期待をもっていたのかもしれない。

しかし、結果は、自分は自分という檻から出ることはできなかった。引っ越しという劇薬を投与してみたが、僕の本質を変えるまでには至らなかった。

そこに、虚しさや情けなさもあるのかもしれない。でも、そんな虚しさも情けなさも全部抱えて、この僕であることを受け入れる一歩にもなりえる。そこからしか始まらないものもきっとあるから。

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