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あなたの声で息を止めて

犬の話をしましょう。

話題に困った時は犬の話か赤ちゃんの話か地元の話をしておけば良いとどこかで聞いた。

恋愛映画と動物映画とC級ホラー映画に無いモノは?

パターン。

存在しないというか、そもそも必要が無い。

展開も伏線も序章も転調も序破急もエンドロールも。

私達は夢を追いたくて、夢を見たいだけなのだから。

ずっと夢の中ならいいのに。

たまたま生き続けてみたら気付けば40歳になっていました。もうどこへ出しても恥ずかしくない立派なおじさんです。軽口みたいに「オレももう歳だからなぁはっはっは」なんて言えません、冗談になりません、ただのガチ寄りのガチです。でも、心はいつまでも若いままで軽口を言ってるんです。ピーターパン症候群だか、子供机おじさんだとか。

これからはポケモンの進化みたいに、おじさんからおじ様を経て王子様を目指しましょう。どうせみんな死んだら仏様になるし。

笑点の座布団の様に年齢を重ねると、出来ることが増えていくと思っていましたが、それ以上にやりたくない事の方が増えている。

それならば何を増やすべきか?

「遊び」と「楽しみ」

それがあれば多分何歳でも生きていける。

さて、世界にあるあらゆる問題は何かしらの関係性を持っています。バタフライエフェクト、風が吹けば桶屋が儲かる、算数の問題における太郎くんと花子さんのように、同じ次元に存在している以上、まったく無関係なモノは銀河系の端っこまで探しに行っても見つからない。

その上で、別問題でもあります。

銀河系の端っこの諸問題も、偶然隣の席に座った人の諸問題も、太郎くんと花子さんの諸問題も、すべて別問題であるように。

私とBTSの関係性はゼロではないですが、彼らの問題とはまた別問題であるように。

要するに、言いがかりをつけようと考えればいくらでも関係性は作り出せてしまうという事。その関係性の濃淡に関わらず。それを冷静に切り離せる頭脳が必要になる。この辺りもAIにはまだ難しい分野なのではないか。

AIには中尾彬がなんでマフラーをねじねじしてるかも分からないでしょう。

犬の話はどこいった?という質問は受け付けません。

希望の話をしましょう。

希望とは、何度でもやり直せる事と、やり直せない事があるという事です。

先日TOKIOの山口達也さんが起業されていました。

やり直せない過去を抱えてやり直すしかない。

きっと、優しい人達が周りにいるのでしょう。

見守ってくれる人がいる人は幸運です。

世界にあるその幸運量の総量を増やそうとするアプローチがこれからは必要ではないかと。

今は誰かから幸運を奪う事ばかりに必死になっていますが、そのアプローチで未来に救われる人を増やせるとは思えません。

これも冷静な計算と激情の感情論を別次元として捉える必要があります。

大切なのは、現在の行動のよって、未来で不幸になる人をどれだけ減らせるのかという思考。

不幸の総量をゼロにしようというのは頭打ちになると思うので、それを補って余りある幸福量を。

どんなに偉くなっても人一人救えませんが、どんなに偉くなくても世界に幸福の種はまけるはず。

そういえば、「努力はダサい」みたいな価値観は、才能がない自分の存在、努力が必要ない天才の存在、努力が出来ない凡才の存在で構成されてますよね。果てしない空と自分の足元だけ見て歩いてる。

前を見るのは怖いけど、見ないとコケちまう。

また次回。


100兆円欲しい