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正面教師

どうも、中村大樹です。「反面教師」というのはよく言いますが、「正面教師」とは言いません。わざわざ言わなくても、真っ当な事を教えるのが教師という前提なのでしょう。しかし、『真っ当』も物事のある一面でしかない事を理解していないと危険でしょう。とにかく他者というのは『多面教師』であり、何かしら学ぶ所があるという話。

そして、教える事が上手い人もいれば、教わる事が上手い人もいます。前にも書いた気もしますが、教育、学びとは双方向通信なのです。光回線みたいに上りの速度下りの速度もある。これも一方向からだけを見てしまうと気付かなくなってしまう。理論値と実測値と体感値も違いますし。

我々は良くも悪くも社会の中で繋がりあって生きている。

その中で、歪な繋がりを補正している力とは何だろうか?

愛や情熱?いや、それこそが歪さを作る原因でもある。

愛や情熱が無くては困るが、一方的な愛、過激な情熱が時として歪さを生んでしまう。

必要なのは親切であったり思いやりであったり、そうした緩衝材ではないだろうか。触媒と言えるかもしれない。

人が繋がるだけではなく、混ざり合うための。

しん‐せつ【親切】〘名・形動〙相手のことを思いやって、やさしく接すること。また、配慮が行き届いていること。

広辞苑

そうした、親切が勝つ世界を切に望む。

ということを書いておこう、言っておこう、そうすれば望んだ世界になる、かどうかはわからないけど、間違いなくそちらの方向に未来は進むはず。80億人中79億人がそう思えば、そうなるだろうから。

愛は負けても、親切は勝つ。

カート・ヴォネガット

具体的な事例に物申せる事は何も無いですが、最近は人が学ぶための犠牲が大きすぎると思います。

勝手な事を言いますが、犠牲になんてならないで下さい。

クソみたいな事を言ってくる人はうんこだと思ってください。

うんこが喋ってます。喋るうんこがいる世界ですここは。

もし、うんこに囲まれたら、全部やめて海にでも行きましょう。焼肉でも食べましょう。温泉でも入りましょう。夕日を眺めたり、花火を見上げたりしましょう。

世界は汚くて美しいです。

そういえば、今久しぶりにイラストを描いている。毎度毎度、以前の記憶を失っているので必死に思い出しながら覚え直しながらやっている、そうすると不思議な事に以前よりも上達している感覚が生まれる、感覚なので何とも言えないが、この感覚が楽しい。

学ぶと上達するの先に楽しいがあれば続けられるし、さらに誰かに見て褒めて貰えたら嬉しいだろうし、何かを試行錯誤するのが楽しくなる。

まずは隣にいる人をよく見て褒めてあげれば良いのではないかな?

また次回。

100兆円欲しい