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文化を残すために、文化を進化させる

昨晩、吉田寮に遊びに行ってきた。

吉田寮は100年を超える木造の自治寮であり、建築物としても学生運動の流れを汲む特有の象徴としても、文化的重要性は高い。
寮費の安さから、学生の味方としても機能しているだけではなく、週末のイベントには地元の人も集まり、地域コミュニティの役割も果たしている。

吉田寮を巡っては、存続に関する議論が長年されており、特にここ1~2年は裁判となるなど、存続側と閉寮側の対立が激しさをましている。

強行的な大学側も大いに課題はあると思われる。しかしながら、文化という一言では片付けられない、エネルギーの塊をぶつけたような校舎、ごみ、施設の使い方には学生の立場を危うくしていると思う。築100年を超える寮が荒れているのだあればまだわかるのだが、2015年に建てられた新棟もすでに悲惨な状況と化しているのだから、今寮を使う側の態度の問題だろう。

どのようにすれば吉田寮を残すことができるのか?
吉田寮が残存するかどうかは、吉田寮がどれだけ社会適合度を上げられるかに依存していると思う。

現代まで残っている文化は、社会適合度を上げてきたものばかりである。
お味噌汁を家で作るという文化も、古典的な出汁取りや味噌作りから始めているのであればこの時代まで残らなかっただろう。亜流と言われるかもしれないが、出汁の素ができ、手軽に使える味噌が販売されたから、カップ味噌汁ができたからこそ、味噌汁は今日も私たちの食卓を彩ってくれているのだと思う。

吉田寮を残していくためには、今の吉田寮にこだわりすぎることなく、これからの社会が似合う吉田寮のあり方について、考えることが必要なのだろう。
吉田寮をめぐる文化を残すためにも、吉田寮の進化が求められている。

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