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3.ひとり

北京を出た僕は、この旅で初めてひとりになった。

目的地、二連浩特(エレンホト)までは半日かかる。自分の席に座り、北京までの出来事を思い出しつつ、向かい合わせの座席に人がいなければ流れていただろう涙を怺えながら、ノートに鉛筆を走らせる。

この言葉はあまり好きじゃないけれど、北京を無事に出られたのも「奇跡」のようなものだった。言葉にしきれない感情がとめどなく溢れていく。

いち乗客の感情など知る由もなく、列車はすぐに市街地を抜け、内モンゴル自治区を走る。車窓を流れる、

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羊の群れや、

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涸れ川や、

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草原に、心を奪われているうちに頭も次の街へと切り替わっていった。

二連に着いたら、北京で作ったメモを頼りに宿の確保と、国境越えの乗り合いタクシー乗り場の確認だ。


着いた時刻は午後8時半ころ、まだ夕暮れの明かりが残っている。ネオンのけばけばしい国境の町。

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宿へ向かうと、地図通りの場所に建物はあった。しかし灯りは点いているものの人気がなくしんとしている。薄暗い入り口を抜け、誰かいないか声をかけてみる。すみませんくらい中国語で言えるようにしておけばよかったなと思いながら「ニーハオ」と叫ぶ。

しかし反応はない。何度か試してみるも結果は同じ。諦めて他の安宿を探すことにする。途中小さな売店でパンと水を買いつつ安宿を探すも、高そうなホテルしか見つからない。


それならとタクシー乗り場を探そうと、地図と標識を見比べながら歩いているうちに大変なことに気がつく。ほとんどの道の名前が変わっている。この国境の町は発展中で、開発が進み道路の名称も変更されたらしい。

北京の宿で聞いた、地球の歩き方は地球の迷い方だ、という冗談が現実になってしまって笑えない。地図が当てにならなくなった。

そうして、ここで終わりかな、野宿しかないかな、などとぼんやり考えながらとぼとぼと歩いているうちに、街の端にやってきた。

街灯が無くなり、星しかない真っ暗な夜空が広がっている。今まで見たこともないような黒で、あと100メートルも進めばすぐに闇に消えてしまえるのだ。

そう思うと、なぜだか、普段はあまり思い出さない友達やら家族やらの顔が次から次へと浮かんで、自分がこの旅で死んでもいいやと思っていたこと、でもこの旅では死ねないことに気づいたのだった。こんなのってすごくありきたりで作り話みたいだけれど、帰っていろんなひとに会いたいと思った。


挫けそうだった気持ちを奮い立たせて、最初の宿に戻り、もう一度声を掛けてた。心なしか大きな声で。結果は変わらなかったけど。

ホントに野宿しかないか、と思って腰をおろすと、そこには宿を示す「旅店」の文字が。夜も遅かったけど、ダメ元で「ニーハオ」と声を掛けてみる。反応なしかと思い戻ろうとすると、そこには2名の人影が。

泊まりたい意思を、漢字の寄せ集めの筆談で伝える。10元(≒約150円)、と書かれた直後、もう一人が囁いて、15元に直される。

疲れきっていた僕は言い値で宿賃を払い、部屋に通してもらう。

その部屋は、長くはない僕の人生だけれどもダントツでヒドい部屋だった。部屋の真ん中に電球がひとつ、壁に空いた穴を塞いでいる布、天井の隅に空いた穴、飛び回る蝿、鍵のない扉。

ただ、扉には金具がついていて、持ってきていた南京錠で鍵を掛けることができた。

ベッドにはよくわからない柄のシーツがかかっていたが、なんとなくそのまま寝るのは気が引けて、布団の中には入らず、全体に虫除けスプレーをして、タオルを敷いた。

そうしてなんとか、ひと晩の宿を得たのだった。





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