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『夜釣』泉鏡花

大学が飯田橋にあったから、神楽坂下、牛込神楽坂のあたりはよく出掛けた。なので、そこら辺での話なのか、と何となく土地を想像して読んだ。
泉鏡花の文章は、おそらく遣う言葉のせいだろうけど、わたしには江戸の情緒というか、文明開化以前の日本の、今や遠い、それでも妙に艶かしい美を感じて、とても好きだった。「情緒」というのかな。

今回は特に天気の描写の辺りから「女房」の不安で気の急く落ち着かない心持ちに引っ張られていった。

「霜月の末頃である。一晩、陽気違いの生暖い風が吹いて、むっと雲が蒸して、火鉢の傍だと半纏は脱ぎたいまでに、悪汗が滲むような、其暮方だった。……留守には風が吹募る。……その癖、星が晃々して、澄切って居ながら、風は尋常ならず乱れて……とぽつりと降る。降るかと思うと、颯と又暴びた風で吹払う。」

寒い時期、吹く風の温い晩。風のごうごう吹くなか、見上げれば夜空の星は輝いて、時々雨が降る、と思えばまた強く風が吹く。
想像するだけでもいやに気味が悪い。そんな晩に夫が帰ってこないなんて、何かあったのかと気掛かりだろう。

この不安な気持ちを持って読み進めて行ったせいか、最後の鰻のくだりでは、ぎくりと体の強ばる心地がした。
夕暮れ、それももう殆ど夜といっていいような暗さの中で見る鰻一条、………さぞや不気味だろうなあと思う。

「ーーと言うのである。」
これで物語は終わる。あの鰻は何だったのか明示されない。ふつりと火の消えるような心もとなさ、気味悪さが、胸の内に残った。

泉鏡花の描く怪異譚、もっと読んでみたいな。

(2020.7.9 夕方読了 文鳥文庫020 文鳥社)

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