射心伝唇〜イシンデンシン 依頼主の声〜 第15話
「ツジリ、一旦離れろ」
「もう一度、一緒になりたいったら考えてくれる?」
「お前らしくない言い方だな。喧嘩の発端になったのも、離婚するって喚きながら啖呵を切ったのも、離婚届受理してすぐに家を出て行ったのも全部そっちだったんだぜ。全ての要因がお前にあるのを俺は全部受け入れて示談した。なのに……今になって気持ちがまた昂って若い時みたいに戻れるんだなんて、甘くないか?」
「若さの勢いみたいに戻りたいんじゃない。時間が経って考える余裕ができた分、いつまでも独りでいたくないから、色々男を探している時に葵陽と再会して、こうして一緒にいるうちに復縁したいって考えた。葵陽の温かさを改めて思い知った……」
「復縁なんて……望んでいない」
「本音?」
「いいから、離れてくれ。……今すぐには答えを出せない。この企画が終わったあとに、考え直す。今は仕事で手一杯だ。とにかく今日は帰ろう」
葵陽の揺らぎは今にも深い砂の中に吸い込まれそうで、ツジリの感情に背けて無下にするような空虚を吐き出す気持ちにもなった。鬱屈に近い情理の中を切り抜けていくように、彼はハンドルを握り、再び車を走らせて会社へ戻っていった。ツジリの疎かにも一分責任はあると感じこの時ばかりは感情を押し殺しながら言い返す言葉さえ口に出さなかった。葵陽は仲江に感情が移ろうとしている。
例えツジリの情をここで受け入れたとしても結局は彼女たちの真摯な気持ちを潰滅させてしまったら彼自身も全てを手放さなければならなくなるからだ。お互いをせめぎ合いするのも過去に戻ることと同じ。
葵陽は早いうちにツジリに気持ちを打ち明けようと考えながら会社に着くと彼女が先に出版社に帰ることを告げてきたので車で送ろうかと声をかけたが一人で帰りたいと言ってきた。
扉を開けて、戻りましたと声をかけると皆が葵陽の浮かない顔を見て静まり返った。席に着いて機材を片付けようとしていると深見も名前を呼んでみたが、声が届いていない様子だったので彼の元に寄って肩を叩き、それに驚き何かあったかと問うと深見が会議室へ連れ出した。
「今日仲江さんの取材だっただろう?どうした意味深な顔して戻ってきてさ。何かあったかっていうのはこっちが問うところだろう?」
「すいません、ちょっと疲れがたまっているみたいで」
「立て続けにあちこち取材しに行っているからそれもわからなくもない。そういえばツジリは?」
「自分の会社に戻りました」
「そうか。それなら、少し休憩してから作業にあたってくれ。茂木とまたやってほしい原稿の直しがあるんだ」
「わかりました。ちょっとコンビニ行ってきます」
しばらくしてコンビニエンスストアへ買い出しに行き再び戻ってくると、会議室で数人の社員が休憩をとっていた。葵陽は栄養ドリンクを皆に配り、そこにいた茂木にも手渡しした。時間になり社員がデスクに戻っていくと茂木と二人になり、彼は彼女にツジリの件を軽い気持ちで話すことにした。
「今から変な質問するけどいいか?」
「嫌です」
「速攻かよ。まだ何も話していないのに断るな」
「だって矢貫さんの話にろくなことってないですし」
「それは痛いなぁ……」
「嘘です、聞きますよ。何ですか?」
「もしもさ二人の異性から告白されてどちらもいい奴だったらお前どっち選ぶ?」
「もう少し具体的に言ってください」
「一人は男勝りで家庭的じゃなくて仕事バリバリの人。愛嬌は人並みにあるんだけど仲が悪くなると犬猿の仲になるみたいな感じ。もう一人はおしとやかでかつ活発なところもあって料理上手な人。顔立ちとか品も良くて何があっても笑顔でいてくれるところがある。人生において二者択一になった時、茂木ならどっちを選ぶ?」
「うーん。後者?ですかね?」
「仕事バリバリは相手にできない?」
「そうじゃない。家庭的じゃなくても分け隔てなく愛嬌が良いのなら前者もいいとは思いますが、やっぱり家庭的な方が後々円満になりやすいんじゃないですかね?」
「後者か……」
「それって誰か思い当たるから言っているんですよね、ツジリさんの事ですか?」
「……なんでわかるの?」
「だって矢貫さんと言ったらツジリさんでしょ?元奥さん何だし五年以上経っていてい再会したら、ああやっぱり矢貫さんが良くて誰よりも男前だし、良いように振り回されたいって思うんじゃないですか?」
「お前、貶しているだろう?」
「違いますよ。……って本当のところはツジリさんで当たっているんですよね?」
「ああ。最近復縁の話をされてさ、正直なんて答えていいのか分からなくて……」
「結局はどうしたいんですか?」
「今の本音はもう一人の後者の人と付き合いたいんだ。そう決めたし。ツジリは俺よりも仕事できるからどこへ行ってもやっていけるタイプだし」
「そういう人に限って元彼や元旦那を頼りたいっていう女の人も結構いるんですよ」
「そうなの?」
「一周回って巡りに巡って浮気心が働いても結局は元の場所がいい。何をしていても居心地の良いところや一番のパートナーなんだっていう人の傍にいる方が私の人生なんだっ……ていう人が、世の人間の運命ってやつなんすよ」
「……お前見かけによらず年寄り臭いな」
「矢貫さんもそうはっきりしているのなら、ツジリさんに丁重にお断りすればいいじゃないですか。今の素直な気持ちを伝えるべきです。なんか弱気ですね、本当に今日は疲れ切っているって感じ」
「そうかなぁ……」
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