爆弾が生えた少年(ウミネコ文庫応募作品)
ある朝よしおが目を覚ますと、いつもより頭が重たいような気分だった。頭に手を伸ばして触ってみると、頭のちょうどてっぺんの辺りに固い金属のようなものがあることに気がついた。よしおはベッドから起き上がると、急いで洗面所に向かった。台所では母親がよしおの頭を見て、ハッとしたような顔になった。けれど、すぐに目を逸らし「おはよう」と呟いた。新聞を読んでいた父親は、微かな声で「ふむ」と言った。
洗面所の鏡で、自分を見てよしおは驚いた。頭に金属があると思っていたが、それは黒光をした鉄の塊だった。そして、それはまるで、そう、爆弾のようだった。
よしおは恐る恐る頭に手をやり、その塊を触った。ひんやりとしたその塊は、確かによしおの頭から生えているようだった。いつか大地震が起こったときのニュースで見たようなマークが描かれていた。よしおはこれはやっぱり爆弾なのではないかと思った。
どう説明したらいいかと思いながら、よしおは台所に戻った。けれども、母親も父親もそのことを話題にしなかった。仕方がないのでよしおはいつものように自分の席に腰掛け、朝食を食べた。爆弾が生えているのにお腹はいつもと同じように減っていた。食べたら爆発するんじゃないかと、どきどきしながら目玉焼きを口にしたが、何も起こらなかった。よしおは安心していつものように味噌汁をすすり、いつものようにサラダを残した。いつもだったら怒られるはずの食べ残しも、今日はなぜか怒られなかった。母親はさっきから目を合わせようとしない。自分の息子に爆弾が生えていることがやはりショックなのだろうか。父親も爆弾のことは口にせず、新聞の政治欄を読みながら、いつものように何やらまくし立てていた。朝のテレビニュースでは、ニュースキャスターが何やら難しいことを言っていた。それもいつもと変わらなかった。
頭に爆弾が生えたけれど、特に何かが変わったわけではなかった。よしおは頭に爆弾が生えたら、どこに行ったらいいんだろう、と思った。病院に行っても爆弾のことはきっとよくわからないだろう。頭は少し重たいような感じだけど、痛いわけでもないし、気持ち悪いわけでもない。よしおはいつものように歯磨きをして、トイレでうんちをした。爆弾が生えたのだから、さぞかしすごいうんちが出てくるだろうと思ったけれど、いつもと変わらないうんちだった。少し残念に思って、学校に行く準備をする。家族が特段問題にしないのなら、よしおにはどうしようもなかった。学校に行くしかないのだ。ランドセルを背負い、帽子を被る。爆弾のせいで黄色帽はうまく被れなかったが、母親は何も言わずいつものように「いってらっしゃい」と言った。けれど結局最後までよしおの目を見ることはなかった。
家族は何も言わなかったが、教室に入るや否や、クラスメイトたちはよしおを取り囲んだ。本当は触りたい様子だったけれど、いつ爆発するかわからないから、みんな一定の距離をとって、よしおの頭の爆弾を見にきた。隣のクラスからも、上級生や下級生もやってきた。一つ上の暴れん坊のけんじは、よしおに何やら言いたそうだったが、爆弾が怖くて何も言えないようだった。密かに思いを寄せていたみちこちゃんは、気にしないようなそぶりをしながらもちらちらとよしおの方を見ていた。よしおは初めて爆弾が生えたことを悪くないなと思った。
校内放送があって、臨時の学校集会が行われた。よしおは校長先生と一緒に朝礼台の上に立った。全校生徒が羨望の眼差しでよしおを見ている。よしおはこんなにも鼻が高い思いをしたことはなかった。
「我が校始まって以来の快挙です!」
校長先生が誇らしそうによしおのことを褒めた。後ろの方で先生たちの万歳の声が聞こえた。その万歳はやがて全校生徒にも広まった。一年生なんかは何が起こったのかはよくわかっていない様子だったけれど、大きな声で万歳、万歳と叫んでいた。最後に国歌を歌って、集会はお開きになった。もう少しみんなの前に立っていたかったから、よしおは少し物足りない気持ちだった。けれどみちこちゃんは朝礼台に立ったよしおをじっと見つめてくれていた。恥ずかしいような、嬉しいような。やっぱり爆弾が生えるってすごいんだなとよしおは思った。
みんなが教室に戻った後、よしおは一人で校長室に呼ばれた。校長室に入るのは、クラスの男子全員で担任の先生の運動靴にカエルを入れるいたずらをして怒られたとき以来だ。校長室は怒られる場所。そんな風に思っていたから、よしおはちょっとビクビクしてしまった。
扉を開けると、そこには黒い服を着た大人が何人か所狭しと佇んでいた。国家なんとか委員会と言っていたけれど、よしおは聞いたことがなかった。とにかくきっと偉い人なんだろう。自分に爆弾が生えたから、こんな偉い人も学校に来たんだとよしおはまた誇らしい気持ちになった。
国家なんとか委員の人たちに、校長先生が興奮しながら説明している。こんな田舎の学校で、こんなことが起こるなんて。校長先生の声は熱を帯びて、目にはうっすら涙が滲んでいた。
校長先生の長い話の間に、宇宙服のようなずんぐりとした服を着た大人が入ってきた。校長室は黒服と宇宙服と校長と爆弾が生えたよしおで随分と狭くなった。宇宙服を着た大人は、そうっとよしおの頭を、爆弾に触れないようにして触った。ぶつぶつと何やらつぶやくと、黒服を着たうちの一人が携帯を取り出しどこかに電話を始めた。よくわからないけど英語のようにも聞こえた。その間よしおはずっと頭を触られて、なんだかこそばいような気持ちだった。けれど動いたら怒られそうだったので、黙ってじっとしていた。
そうこうしていたら、カメラを持った人が校長室に入ってきた。新聞記者だと名乗った。よしおと校長先生が並んでカメラに収まった。校長先生は終始にこにこ顔で、写真を撮る前にくしで髪型を整えていた。新聞に載ることが本当に嬉しそうだった。よしおは少し恥ずかしくて、ちょっと下を向いた。頭から生えている爆弾がよく見えた。
黒い服の人たちが外に出て、そして今度は白い服を着たお医者さんのような人たちが入ってきた。せえのと言いながら、大きな大きな頑丈そうな重そうな透明な箱をみんなで担いできた。もう校長室には入りきれないほど人がぱんぱんだったけれど、大きな箱を置くと余計に狭くなった。
そして校長先生がよしおの肩に手を置き、
「みんなのために頑張るんだよ」と言った。
やがてよしおは透明な大きな箱の中に入れられた。よしおが校長室から運ばれ、中庭を通ったとき、全校生徒がよしおに手を振った。大好きなみちこちゃんも、よしおの名前を叫びながら手を振っていた。箱の中は少し窮屈だったけれど、よしおは得意気にみんなに手を振りかえした。歓声が上がった。
透明な箱は、大きなトラクターに積み込まれ、固定された。長旅になるからと、漫画やお菓子を箱の中に一緒に入れてくれた。箱の中は窮屈だったけど、なんとか姿勢を入れ替えてよしおはしばしのドライブを楽しんだ。みんなが授業を受けている間、漫画を読んで、お菓子を食べている自分がどこか得したような気分だった。
随分車に揺られて、よしおは学校よりもずっと広い敷地にある病院のような建物に到着した。箱の中から出してもらえると思っていたけれど、そのままトラクターよりは少し小さな車に乗せられて、建物の中に入っていった。黒い服を着た大人たちは、建物の中には入らなかった。
建物の中には、たくさんの人が集まっていた。みんなが拍手でよしおを迎えた。
その後よしおは箱からそっと取り出され、身体中にいろんなものをつけられた。いくつか質問され、そのどれもに「いいえ」と答えると、質問した白い服を着た人は大きく頷いて、おじいさんみたいな人とコソコソ話をしてまた頷いた。身体検査を終えたよしおは大きな広い部屋に通された。もう箱の中には入らなくていいらしい。見たこともない美味しそうな食べ物が出され、ジュースも飲みたい放題だった。すぐにお腹いっぱいになってしまって、もったいないことをしたとよしおは思った。
けれど次の日も、また次の日も毎日ご馳走とたっぷりのジュースが出された。毎日のご馳走は嬉しかったけど、いったいいつまでここにいなければならないのか不安になってきた。お母さんやお父さんはこのことを知っているのだろうか。きっと校長が連絡してくれているだろうから、知らないことはないだろう。知っていて迎えに来ないのは、やはりこの頭から生えた爆弾が理由なんだ。水をちびちび飲みながら、よしおは一人で考えて、一人で答えを出した。もうジュースにはすっかり飽きていた。
何日滞在したかわからないけれど、ある日よしおはまた箱の中に入れられた。今度は前よりはゆったりしていて、漫画も読みやすかった。けれどここにいる間にたいていの漫画は読んでしまっていたから、もう飽きてしまっていた。よしおは箱の中で、ただゴロゴロとしていた。
病院のような建物よりも、もっと大きな建物の前に車は止まった。テレビでも見たことのある建物だった。よしおは、建物の中に連れられた。一歩踏み入れるとそこにはまたたくさんの人がいた。ほとんどがおじさんだったけれど、中には若そうな人も女の人も何人かいた。テレビで見たことのあるおじさんがよしおの前にやってきて、よしおと握手をした。カメラのフラッシュが焚かれ、よしおは目がチカチカした。おじさんは恐る恐るよしおの頭に手をやり、とても満足そうな顔をした。
そのまま、テレビカメラが待ち構える部屋に連れて行かれた。カメラというカメラがよしおを映していた。さっきのおじさんがいろんなことを聞かれて、一つ一つに満面の笑みで答えていた。「コッカの宝」や「リンゴクにオソレなくていい」という言葉が聞こえた。とにかく何かいいことが起こったのだろう。よしおはただニコニコとおじさんの隣に座って笑っていた。
一人の記者がよしおを指差し、「あなたは今の立場をどう思っているか」と聞いてきた。急に質問されたからよしおはどぎまぎした。学校の授業でも先生に急に当てられるのは苦手だった。おじさんが全部答えると思っていたからなおさらよしおは焦った。隣でおじさんが小さな声で何か言った。よしおはおじさんに言われたことをマイクに向かって答えた。「びっくりしたけど、とても嬉しいです」。会場からは割れんばかりの拍手が鳴り響いた。よしおは得意になった。
よしおはその後その建物の中にある、大きな大きな部屋に連れられた。「今日からここで住むといいよ」とおじさんの隣にいたメガネの小太りのおじさんが言った。お母さんとお父さんはと尋ねると、大事なお子さんを預かりますので心配しないでくださいと伝えたから大丈夫だよ、と言われた。確かにこんなに大きな部屋に住むのだから、心配はしないだろう。トイレだけでよしおの家の台所よりも大きかった。こんなに広いと掃除が大変だろうなと思ったが、お手伝いさんが何人もいて、よしおは何もしなくてよかった。
その日からよしおの贅沢三昧の日々が始まった。毎日豪華な食事にお菓子、漫画もゲームもやり放題。おまけに学校にも行かなくてよかったので、よしおにとっては天国のような毎日だった。学校に行かない代わりにきれいなお姉さんが勉強を教えてくれることになった。二人で勉強するのはとても楽しかった。算数や国語ではなく、国の歴史の勉強が多かった。お姉さんの話はとてもわかりやすくて、よしおはすっかり歴史が得意になった。
週に一回か二回ほど、よしおは血液検査を受けた。体調に変化がないかを調べるためだよと言われた。よしおの血はどこかの研究所に運ばれ、いろいろと分析されるらしい。どうして爆弾が生えたのか、何か詳しいことがわかったら教えてほしいと思ったけれど、誰もよしおには何も言わなかった。
ときどきよしおは箱に入れられて、丈夫そうな大きな車に乗せられて外出した。外出先にはたくさんの外国人がいて、おじさんがよしおのことを紹介して回った。外国の人は身振り手振りでよしおの素晴らしさを表現した。よしおはなんとなくその意味がわかって、いつもようにまたニコニコとしていた。パーティーにはご馳走がたくさん出たけれど、いつももっとすごいご馳走を食べているから、別に食べたいとも思わなかった。いろんな人がよしおと挨拶をしにやってきた。たくさんの人と写真を撮った。そしてそれがまたニュースになって、よしおのことは毎日のようにテレビで放送された。
それでもよしおには一つだけできないことがあった。テレビで見るおじさんに言われたのは「外国にはこれから行くことはできないからね」ということだった。よしおは外国語が話せるわけじゃないから、あまり気にしなかった。パーティーに行けば外国人がたくさんいる。言葉がわからなくても、身振り手振りでなんとなく喜んでくれているのがわかる。よしおはそれで十分海外のことを知った気持ちになっていた。だから外国に行けなくてもそれほど大した問題じゃない。どうしていってはいけないのか。それはわからなかったけれど。
ある日、よしおがいる建物の外で、大勢の人が集まっているというニュースが流れた。どうもその人たちは何かに怒っているようだ。よしおの存在がその人たちを怒らせていることをよしおもなんとなくわかってきた。けれどそのうちテレビを取り上げられ、よしおはそのニュースを見ることができなくなった。よしおに爆弾が生えたことで喜ぶ人もいれば、怒る人もいるんだということをよしおは知った。家庭教師のお姉さんに聞いてみたけれど、お姉さんは優しく笑うだけだった。よしおは自分で考えるしかなかった。きっとみんなはこの爆弾が羨ましいんだなと思うようになった。一度くらい触らせてあげてもいいけどな。おじさんにそう言うと、おじさんもまた笑って、何も言わなかった。大人が笑うときは、きっと何か隠したいことがあるからなんだということをよしおは学んだ。
またあるときは、よしおはおじさんと一緒に学校巡りをした。風邪が流行っているから、予防接種を受けさせるため、注射が嫌いな子たちに、よしおにみんなを元気付けてほしいからだと、お姉さんに言われた。よしおも注射は嫌いだから、みんなが元気になってくれるならいいなと思った。
学校訪問はよしおがいた学校が一番に選ばれた。久しぶりに行った学校は自分がいた頃の学校とは違うように感じた。クラスメイトたちがよしおに寄ってきた。「それ以上近づいちゃいけないよ」おじさんはそう言った。久しぶりに出会ったみちこちゃんは少し大人びたように見えた。前ほど笑顔でよしおに接してくれないことがよしおは少し悲しかった。けれど他の学校に行くと、みんながヒーローのようによしおを扱った。みちこちゃんのことは残念だけれど、まあいいかとよしおは思った。
それからもよしおとおじさんは全国の小学校を回った。どの小学校に行ってもよしおは有名人だった。小学校だけでなく、保育園も、幼稚園もみんなが拍手で出迎えてくれた。よしおは最初は手を振るのもぎこちなかったけれど、やがておじさんよりも上手に振れるようになっていた。
よしおがいく先々に、どの場所に行っても必ず外には、怒った人たちがいた。黒い服の大きな大人の人たちがその人たちといつも喧嘩をしていた。一歩校門の中に入ると、よしおは称賛され、一歩外に出ると怒りの目に触れるという繰り返しだった。よしおは学校や会社の中ではヒーローのように胸を張って過ごしたけれど、外に出たら、いそいそと車の中に移動するようになった。相手によって態度を変えなければならないときもある。よしおにとっては、毎日が学びの連続だった。
それでもおおむねよしおは何不自由ない暮らしをすることができた。たくさんの有名人にも出会ったし、出たことのないテレビ番組はないくらいだった。世界中からの取材も受けた。気づけばよしおはおじさんよりもテレビに出ていた。小さな子どもたちはおじさんよりもよしおに手を振った。外国の人と大事な話があるときはおじさんは必ずよしおを連れて行った。よしおがいる方が話がスムーズに進むからだった。よしおはこの国で、誰よりも有名な子どもになった。
ある日、どこかの小さな街の、小さな子どもの頭に爆弾が生えたというニュースが流れた。二人目の爆弾が生えた子どものことも、世界中が大いに騒ぎ立てた。すぐによしおと同じように箱に入れられ(よしおが入っていたものよりも、随分と快適に改良されていた)、おじさんたちが住む建物で、よしおと対面した。世界中のテレビ局や新聞社が集まり、よしおと小さな子どもは手をつないでたくさん写真を撮られた。「爆弾少年から『爆弾兄弟に!』」新聞の見出しはこの国の人たちをさらに煽り立てた。建物も前では、よしおたちに賞賛を惜しまない人たちと、怒りをぶつける人たちが毎日のように言い争い、罵り合いをしていた。怪我人が出ることもあった。誰もこの盛り上がりを止めることができなかった。あるパーティのときに、部屋の片隅で、よしおは家庭教師のお姉さんが、おじさんからほめられている姿を見たことがあった。新たな爆弾が生えた少年のニュースはみんなが嬉しいんだとよしおは思った。
その小さな子どももよしおと同じように大きな家に住み、贅沢な生活を送ることになった。小さな子の親も、裕福に暮らすようになったそうだ。よしおはそれを知って、お母さんやお父さんも美味しいものをたくさん食べていたらいいなと思った。もう随分会っていなかった。小さな子も、親に会えないのだろう。けれど多くの人が世話を焼いてくれるから困ることは何もない。よく見ると小さな子の爆弾は、よしおのものとは少し違っているようだった。大人たちのいうことに耳を澄ませるとよしおのものより性能がいいらしい。気づけば小さな子はよしおより広い部屋に住むようになっていた。
小さな子は最初の頃はよしおと一緒に行動することが多かったが、やがて小さな子どもだけでいろんな場所に呼ばれるようになった。その数は段々とよしおの数を抜いていった。最初は仲良く本当の兄弟のようだったけれど、やがて小さな子はよしおのことをぞんざいに扱うようになった。よしおの方が兄と呼ばれることも嫌そうだった。小さな子はよしおに会うと目も合わさないようになった。「旧型のくせに」すれ違いざまにそう言われることもあった。よしおはせっかくできた弟と仲が悪くなってしまったことが悲しかった。けれどもう世間はその弟の方しか見ないようになっていた。爆弾が生えたことで、よしおや小さい子の運命は大きく変わっていた。
ある日のことだった。テレビであるニュースが取り上げられた。またどこかの街で子どもに爆弾が生えたという。そしてその数時間後には、他の場所でも爆弾が生えた子どもが現れた。その流れは止まらず、その日のうちに、何人も爆弾が生えた子どもが誕生し、翌日にはあっという間に何百人という数に膨れ上がった。そのうち、子供という子どもの頭に爆弾が生えるようになった。最初のうちはテレビでも取り上げられていたけれど、あまりに毎日子どもに爆弾が生え続けていくので、誰も珍しがることは無くなってしまった。よしおと同じクラスだった子どもたちにもそしてもちろんみちこちゃんにも爆弾は生えた。生まれたばかりの子どもにも、爆弾は生えた。そこら中に爆弾が生えている子どもたちがいる。どこを見ても爆弾だらけだ。子どもたちに爆弾が生えていることは、もはや当たり前のことになった。むしろ何も生えていない子どもたちの方を世間はもてはやすようになった。
その日からよしおの血液検査はされなくなった。もう誰もよしおの爆弾を分析しようともしない。よしおの住む部屋はどんどん狭くなり、お手伝いさんも一人二人と櫛が抜けるように減っていった。よしおよりもいい生活をしていた小さな子も、よしおと同じようになり、やがて、二人は家からも追い出された。あれほど丁寧に自分たちを扱っていた大人は誰も周りに居なくなった。もはやよしおたちには何の価値も無くなってしまった。
お母さんやお父さんのところに戻ろうと思っても、お母さんやお父さんも大きな家を追い出されたと聞いた。前に住んでいた家には、違う人たちが住んでいた。お母さんやお父さんが今どこにいるかはわからなかった。それは小さな子どもも一緒だった。行くあてのなくなったよしおたちは、身を寄せあって路地裏の残飯や、お店からおにぎりを盗んでその日その日を暮らすようになった。皮肉にも、今になってようやく二人は本当の兄弟のようにお互いを励ましながら暮らすようになった。やがてよしおたちと同じように大人から見捨てられた子どもたちが同じ場所に集まって生活するようになった。爆弾が生えたときは、親は「これで大金持ちになれる」と喜んだのに、じきにどの子にも爆弾が生えると、「この役立たず」といって子どもの面倒を見なくなった。そんな子どもたちがたくさんたくさん集まった。まだ小さな子どももいるのに。もう誰も気にも止めなかった。
頭に爆弾が生えた子どもたちは、身を寄せ合って、大人たちに疎まれながら、毎日をただただ生きていた。生きることに必死だった。頭に生えた黒い物体が、もはや何のために存在しているのかもわからなくなった。
あるとても寒い朝、一人の子どもが死んだ。
名前も知らない子どもだった。前の晩にはお腹が空いたと言って涙を流していた。よしおたちはみんなで身体を寄せあって、その子を温めてあげた。それでもその子は死んでしまった。親からも見捨てられ、大人たちからも見向きもされずに。まだ小さなその子は、静かにお腹を空かせたまま死んでしまった。
死んでしまったその子の頭からは、小さなボタンが生えていた。よしおたちの爆弾には、肝心のボタンが誰のものにも付いていなかった。
よしおたちは、ぼろぼろになった毛布でその子を包んでやり、そしてそっとそのボタンを押した。(了)
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