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「ラストナイト・イン・ソーホー」60’s英国ポップスを継なぐと、悲しい物語ができる。

どうも、安部スナヲです。

構成要素があまりに自分好みに揃い過ぎている映画は雰囲気だけで満足してしまって、本当にいい映画なのかどうかを見誤ることがあります。

匂いだけで美味しいと錯覚する料理ってありませんか?喩えるならそんな感じです。

私にとって本作「ラストナイト・イン・ソーホー」まさに「匂い」が良過ぎる映画でした。

というのも、かわい子ちゃんが60年代のロンドンにタイムスリップして怖いめに遭うスリラーで、スティーヴン・キングまでもが絶賛しているという。さらにブリティッシュポップス&ロックのミュージカル的な様相も呈している。

もう匂いだけでお腹いっぱいになりそうですが、してそのお味のほどは…


【なりたいガオと60年代ガオ】

主人公のひとりはイギリスの片田舎に暮らすエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)

60年代英国ポップカルチャーが大好きな彼女はファッションデザイナーを志して憧れのロンドンへ移住します。

そんな彼女が夜な夜な夢に見る60年代のソーホーに登場するのがもうひとりの主人公サンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)

歌手を目指すサンディは、華やかなエンタメと淫猥な世界が混在するソーホーに翻弄されて行き、エロイーズがそれを夢の中で追体験するというのが物語の大枠です。

まず私がたいそう感心したポイントは、このダブルヒロインの「顔」がそれぞれの時代と属性に恐ろしくマッチしているところです。

まずエロイーズ。

彼女はとても今っぽい顔しています。まるで「女性がなりたい顔ランキング」で1位に選ばれそうな今風クールビューティ。彼女がいくら60’sっぽい装いをしても、言い方はアレですが、レプリカにしかならず、あくまでも、60年代に憧れてるイマドキの娘さんの域を超えません。

ということはつまりこの映画におけるエロイーズの役回りとしては100点!ということです。

対してサンディ。

こないだのM 1グランプリ決勝で、ももというコンビがやっていたネタではありませんが、彼女はモロに「60年代ガオ」ですよね。

パーツパーツが大づくりで、ふたムカシほど前の西洋美人というか、それこそブリジット・バルドーやツィギーと同じ土俵で相撲をとれる顔です。

如何に役にハマる顔といっても、目鼻立ちはメイクでどうにかなるものではありません。

ちなみに企画の初期段階ではアニャをエロイーズ役にする予定だったそうですが、数年後にサンディ役に変更したそうです。

きっと監督のエドガー・ライトもアニャが無類の「60年代ガオ」であることに気がついたのでしょうね。

知らんけど。

【60’s英国ポップスが綴る物語】

エドガー・ライト作品の魅力は何を置いても音楽!って言い切るのは、「ベイビー•ドライバー(2017)」があまりにゴキゲンだったからですが、あの映画は表題がサイモン&ガーファンクルでありながらジョン・スペンサー・ブルースエクスプロージョンもコモドアーズも押し並べて、DJさながらのリズミカルさで展開されていました。

さらに本作では、テーマとなる60年代ブリティッシュポップスの歌詞や世界観が、ひとつひとつ物語のプロットとリンクしていて、「ベイビー•ドライバー」とはまたちがったアプローチでの「エドガー・ライト版ミュージカル」を構築しています。

ここで、物語に重要な意味を齎す曲をいくつか紹介します。

「A World Without Love(愛なき世界)」ピーター&ゴードン

映画はこの曲に合わせてエロイーズが実家の部屋でダンスを踊ってるシーンで幕を開けます。

ポール・マッカートニーが作ったことで知られるこの曲を、私はマージービートやリバプールサウンドの代名詞のように捉えています。

要するにイギリスの田舎というイメージです。

明らかにロンドなどの都会ではない「垢抜けなさ」がこの曲にはあり、何も知らずに都会に思いを馳せているエロイーズにはピッタリです。


「Starstruck」キンクス

ロンドンへ移り、ひとまずファッション専門学校の学生寮に入ったエロイーズですが、例によって内向的な性格故、周りと打ち解けることができません。

同年代の学生らが、やんややんやと嬌声を上げながらホームパーティーに興じる中、彼女がそれを遮るようにベッドフォンで聴いていたのがこの曲。

「Starstruck」とは「スターの追っかけ」という意味。

この曲は、都会(スター)の華やかさに酔い、パーティーに明け暮れる若者へ、「いずれは破滅するぞ」と警告している歌です。

それは彼女の周りの若者たちのことでもあり、彼女自身のことをも示唆しているのだと感じました。

「You Are My world(私の世界)」シラ・ブラック

エロイーズは、どうにも居心地の悪い学生寮から退居し、ミズ・コリンズ(ダイアナ・リグ)という老女が住まうソーホーの古い屋敷を間借りする形で一人暮らしを始めます。

そこに引っ越して来た日から、エロイーズは不思議な夢を見るようになるのですが、その奇妙な世界への扉を開くきっかけが、この曲でした。

これを聴きながら眠りに落ちた彼女が、夢の中で路地から眩い目抜き通りに出ると目の前には「007/サンダーボール作戦」の看板。そこは1965年のソーホーでした。

このシーンでは、音の演出においても独自のこだわりを見せていて、それまではずっとモノラルだった音声が、ここからサラウンドになります。

それは「オズの魔法使い」でモノクロ映像からカラーに転じることでドロシーが異世界に足を踏み入れたことを示すように、エロイーズが65年のソーホーにタイムスリップしたことを、よりドラマチックに見せる為のアイディアだそうです。


「Down Town(恋のダウンタウン)」ぺトゥラ・クラーク

歌手を夢見るサンディが、ソーホーのクラブ「リアルト」のオーディションで歌う曲。

「人生に孤独を感じたらダウンタウンにいらっしゃい」なんて、もうサンディにとってもエロイーズとってもそのまんまやないか!という歌です。

「Puppet On A String(恋のあやつり人形)」サンディ・ショウ

チャンスを掴んだかに見えたサンディを待ち受けていた残酷な現実…。

ネタバレ回避のため詳しくは触れませんが、私が劇中の音楽でいちばん切なかったのはこの曲です。


【ダイアナに捧ぐ】

過去のエドガー・ライト作品同様、この映画もジャンルの寄せ鍋みたいなところはありますが、基本的にはスリラーです。

それもジワジワと迫って来る怖さがピークに達したと思ったら思いもよらぬ展開に唖然とさせられる…みたいな往年の様式に準じた、割と王道なスリラーですが、一方ではこれまでのライト作品にはない辛辣なメッセージを持っている映画でもあります。

そしてそのメッセージを伝える重要な担い手がミズ・コリンズ役のダイアナ・リグです。

ダイアナ・リグといえば「女王陛下の007(1969)」で、ボンドの唯一の結婚相手であるトレイシー役を演じていたことで知られていますが、私はこの映画を観ている時、それが彼女であることに気づきませんでした。

そして映画のオープニングで「ダイアナに捧ぐ」というテロップが表示されていたことも、特に気に留めていませんでした。

なのでミズ・コリンズがあのダイアナ・リグであり、この映画が遺作となっていたことを、鑑賞直後に読んだパンフレットで知った時には、より衝撃を受けました。

さらにパンフレットには、劇中でサンディが出演を切望する「カフェ・ド・パリ」に、18歳のダイアナ・リグが実際に行った時のことが語られていました。

その時、若い彼女の全身を舐めまわすように見た男たちのいやらしい視線を、今でも覚えていると、彼女は語っています。

英国ポップカルチャーのシンボル的女優であり、まさに「スゥインギング•ロンドン」の光も影も知るダイアナ・リグが、一見華やかなショウビズの裏側で、女性が被っている性的搾取の実態を暴いたこの映画を最後に世を去られたことが、何よりのドラマかも知れません。

出典:

映画「ラストナイト・イン・ソーホー」公式パンフレット


映画『ラストナイト・イン・ソーホー』オフィシャルサイト

ラストナイト・イン・ソーホー : 作品情報 - 映画.com

映画『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』ガールズ・ポップから浮かび上がるスウィンギングロンドンの光と影 | TURN

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