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女性の働き方と教科書

冒険家の皆さん、今日もラクダに揺られて灼熱の砂漠を横断していますか?

まず最初に、タイトルに「女性」としていますが、実際には育児中の日本語教師のことをさしています。タイトルなので長い表現が使えないことと、現実的に今の日本で育児を担当するのは男性よりも女性のほうがはるかに多いということからこのように書いていますが、育児は当然男性も行うべきものであることは、まず明記しておきたいと思います。

さて、 Twitter で話題になっていたのでご覧になった方も多いかと思いますが、育児中の日本語教師の働き方改革にも、現代的な教科書を使うか古い教科書を使うかということは直結しています。

今回のことの発端は、採用面接で「子供ができたらどうするのか」と質問するかどうかという問題だったようです。 すでに削除されてしまったので僕の記憶に頼らざるを得ないのですが、採用面接でそのような質問をする理由として、 「子供が熱を出した時にすぐ休むような先生では採用できない。日本語の授業は準備に時間がかかるので、他の教師が代講するわけにもいかない」 という主旨の書き込みがありました。

育児中の日本語教師の働き方改革がなぜ教科書問題に直結しているのかと言うと、ここで述べられているような「準備に時間がかかって代講の先生をお願いすることができない教科書」というのが、典型的な古い教科書だからです。

ちなみに、元の 投稿をされた方は『みんなの日本語』について「言うほど悪い教科書ではない」と明言していらっしゃいましたし、 別の方が書いた「『みんなの日本語』は準備に時間がかからない」という主旨の非常に強いバイアスのかかった記事にも共感を示していらっしゃいました。 (この記事を書いた方も今回の質問に対して「そのような質問をするのは良くないのか」と疑問を呈されていたのも非常に特徴的でした)

さて、それではどうしてこの育児世代の働き方改革が教科書問題と直結しているのかと言うと、『みんなの日本語』は非常に準備に時間がかかるからです。

上で触れた「『みんなの日本語』は準備に時間がかからない」という極めて強いバイアスのかかった記事ですら、多くの副教材を使わなければいけないことや、 目の前の学習者にあわせた練習を用意するのが前提になっていることを認めています。また、『みんなの日本語』を支持していらっしゃる人にはなかなかご理解いただけないのですが、この本にはコミュニカティブな練習が含まれていないので、運用力も伸ばそうと思ったらそうした練習も自分で用意しなければいけません。これについては「コミュニカティブな練習とは」という記事でも説明しているので参照文献のところをご覧ください。

要するに何十年も前のオーディオリンガルに基づいて作られた教科書を現代風に使おうとするので、このような準備(いわゆる「魔改造」)が必要になってしまうのです。

その一方で、現代的な教科書を使って現代的な授業をするには、教科書に書いてあることをそのままやるだけで標準的な授業を実施することができます。というよりも、標準的な授業を実施するためにやることが書いてあるのが「教科書」というものなのです。ですから、必要なのは教科書と音声データぐらいです。つまり授業準備は、『みんなの日本語』などに比べて非常に時間がかかりません。

このような場合は、朝「子供が熱を出してしまったので代講をお願いします」と言われても焦る必要はありません。準備に時間がかからないので、その時間にあいてる教師ならすぐに代講ができるからです。

従って、「育児中の日本語教師は子供が熱を出したら休むから採用しない」などと考えずに済むのです。さらに、育児中の人を採用したっていいのですから、採用面接で「子供がいるか」とか、「子供を作る予定はあるか」とか、能力とは全く関係のない個人的な事を根掘り葉掘り質問する必要もなくなるのです。

また、育児とは関係ありませんが、同じ時給だったとしたら、準備に時間がかかってしまう教科書を使うと実質的な時給は下がってしまうという問題もあります。その意味でも古い教科書をやめて新しい教科書を採用することは、日本語教師の待遇を改善することにもなるのです。

問題の本質はもちろん日本語学習者が質の高い授業を受けられるようになることですが、それだけではなく、日本語教師の実質的な時給を上げるためにも、育児中の人材の活躍できる場所を確保するためにも、準備に時間のかかる教科書はやめて、現代的な教科書を採用しましょう。

そして冒険は続く。

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【参考資料】
むらログ: コミュニカティブな練習とは
http://mongolia.seesaa.net/article/481201639.html

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