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ドイツの移民法をググってみた

冒険家の皆さん、今日もラクダに揺られて灼熱の砂漠を横断していますか?

さて、先日、岸田内閣が特定技能2号ビザの期限を無期限にする予定であると発表しました。 特定技能は技能実習と違ってもともと労働者として発行するものですから、これで日本も本格的な移民国家への一歩を踏み出すことになります。

それで、日本よりもずっと先にこの道をたどり、一つのモデルケースとして注目されているドイツの移民法について、いくつかの論文を読んでみました。僕はドイツに住んでいたことはないし、今回ググってみたこと以上のことは知りませんが、論文を読むのも面倒という人たちのために、簡単にまとめてみようと思います。

まず最初にご紹介したいのは、奥田誠司(2010)「ドイツにおける移民統合政策一言語教育を中心に一」です。これは7ページしかない短い論文ですが、誰にでもすぐに読めると思います。ここからいくつか引用しますね。

僕が興味があるのは、ドイツで行われている移民向けのドイツ語教育です。この論文によると、移民向けの教育は600時間のドイツ語コースと30時間のオリエンテーションコースに分かれていて、週25時間の全日制授業の形態だそうです。内容については、以下のとおりです。

「ドイツ語コースは、各300時間の基礎コースと発展コースから成り、それぞれ100時間ごとに3つのモジュールが設定されている。すでに一定の言語知識をもっている者は、レベル分け試験を受け、能力にあったクラスに振り分けられる。語学コースのテーマとしては、買い物や住居、公共交通機関の利用、余暇の過ごし方など日常の場面が数多く取り入れられている。」

「ドイツ語学習の到達目標は「欧州共通参照枠」(GER)により、A1 (基礎レベル)からC2 (熟達レベル) までの6段階のうち下から3段階目に相当するBlレベルである。Blとは、明瞭に話された標準語であれば、仕事や学校、趣味などの身近な事柄についての要点を理解でき、旅行の際に遭遇する大抵の状況に対処できる。」

欧州共通参照枠なので、当然、行動中心アプローチで教えているわけですね。そして、いちばん日本がきちんと学ばなければならないことは、相当な額の公的予算が投入されているということです。

「費用は受講者がl授業時間につき1ユーロを支払い、残りは連邦移民難民庁が負担する。2006年までに全国1,851の市民大学(VHS)、地域施設、語学学校等が認可を受け、 5,800以上の場所で講習が開設されている。」

受講生の数は、2005年と2006年だけで248,682人とのことですから、今の日本国内の日本語学校の市場規模と比べたら、巨大なマーケットが出現することになりますよね。

そして、このコースに通わせるための「アメとムチ」もあります。
「改正移民法では、統合講習への参加命令に従わない者には最高1,000ユーロの過料を科し、社会扶助の一部を削減するなど外国人自身にも統合への努力を要求することが明確にされた」
「参加者の学習意欲を向上させるため、良い成績で修了した受講生にはコース料金の一部を返還する形で、経済的インセンティブを与える。」


このコースは最初からうまく行っていたわけではなく、最初の頃の問題点については以下の論文で読むことができます。

小林薫(2009)「ドイツの移民政策における「統合の失敗」」
http://www.desk.c.u-tokyo.ac.jp/download/es_8_Kobayashi.pdf

ここでは失敗の理由として以下の3つがのべられています。
1.コースレベル不適合
2.授業の質
3.託児施設の不足

新しいものとしては、こちらの論文も、おもしろかったです。
志村恵(2021)「ドイツのオリエンテーションコース(Orientierungskurs)について― 外国人技能実習生用の『日本の生活案内』とオリエンテーションコースの教科書を比較して ―」
https://kanazawa-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=56458&item_no=1&attribute_id=26&file_no=1

特に以下のような状況を読むと「移民法」ができる前のドイツと今の日本がそっくりなことが分かりますよね。
「ドイツは1950年代,イタリアを皮切りに(1955年),トルコやギリシャ等と相次いで二国間条約を締結し,多くの外国人労働者(しばしばゲストワーカー”Gastarbeiter”と呼ばれた)を受け入れた。しかし,これらの労働者なしに産業が成り立たないほどこれら外国人労働者が多数になっても,ドイツは公式に「移民国家」であることをなかなか認めなかった。やがて,これらの外国人労働者が定住し,世代を重ねることで,ドイツ社会への統合が大きな政治課題となり,ようやく2005年に,「移民法」(Zuwanderungsgesetz)が制定されるに至った。」

今後、日本がたどる道は、かつてドイツがたどった道です。ただし、ドイツが失敗から学んだことを、僕達は歴史から学ぶことができます。

今僕達が声を大にして叫ばなければならないことは、特定技能2号の業種を全職種に拡大するなら、
1.1号から2号に変更するときにも一段上(N3?)の日本語能力を要件とすることと、
2.彼ら自身だけでなくその家族への日本語教育も義務化すること、
3.そして、その日本語教育にドイツ並みに国費を投入すること
の3つだと思います。こうした政策を取らなければ、かつて欧州がたどった失敗までそのまま日本が踏襲することになります。移民受け入れは国費による日本語教育と必ずセット。これだけは日本語教師の僕たちや読者のみなさんが身の回りの家族や異業種の友達に熱く語って、新しい時代を作っていかなければなりません。

そして冒険は続く。

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【参考資料】
奥田誠司(2010)「ドイツにおける移民統合政策一言語教育を中心に一」
https://kansai-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=13975&item_no=1&attribute_id=19&file_no=1

小林薫(2009)「ドイツの移民政策における「統合の失敗」」
http://www.desk.c.u-tokyo.ac.jp/download/es_8_Kobayashi.pdf

志村恵(2021)「ドイツのオリエンテーションコース(Orientierungskurs)について― 外国人技能実習生用の『日本の生活案内』とオリエンテーションコースの教科書を比較して ―」
https://kanazawa-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=56458&item_no=1&attribute_id=26&file_no=1

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