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故郷のなつかしさは情緒を安定させる

帰省シーズン真っ盛り。東京で暮らしていた若いころ、お盆(年末も)の帰省ラッシュのすさまじさ──新幹線や高速道路の超混雑ぶりを伝えるニュースをみて「国民的なエネルギーの損失」と思っていました。

身心ともへとへとになるのがわかってて、なぜ混雑する時季に帰るのか?

独り身の気楽さというか、ノー天気というか。何もわかっていなかった。世間の人はお盆だからゆっくりしているのであって、普通の日に帰省しても会えるとは限らないのに…。いま思うと恥ずかしいですね。

意識が変わったのは、やはり、結婚して子供が生まれてから。いやおうなく「命のつながり」を知るわけで、親への感謝の気持ちが湧いてきました。

父と母なしに自分がこの世に生まれてくることはあり得ません。両親にもさらに父母がいて、10代も世代をさかのぼると1024人ものご先祖さまがいる、と。もっとさかのぼれば、ご先祖さまは数えきれなくなるほど…。

そういう数えきれないほどの命のつながりのなかで「私」は誕生したのであって、ご先祖さまの誰か一人が欠けてもいまの自分は存在していません。

先祖代々、そうやって続いてきた“命のリレー”。自分が自分だけのために生まれたのではなく、命がつながっていると思えばこそ、自然と感謝の気持ちが湧き、自分を大切にすることができるし、生きる力も湧いてきます。

はるか遠い昔から日本人が故人の命日やお盆、お彼岸の墓参りを大切にしてきたのは経験による知恵があったからでしょう。

以上は後付けの知識なのですが、家族そろってこれから毎年、帰省するぞと思っていた矢先、独立した私は一家で故郷に引っ越したのでした。

(“命のつながり”を歌った「手紙~拝啓十五の君へ」<アンジェラ・アキ>。名曲を正確に吹ききるocarinaゴロゴロさん)

大きなテーマだった「望郷」

故郷といえば、多くの人が思い浮かべる「故郷」(高野辰之・作詞、岡野貞一・作曲)。

うさぎ追いしかの山
小鮒釣りしかの川
夢はいつも めぐりて
忘れがたき故郷

いかにいます父母
恙なしや友がき
雨に風につけても
思いいずる故郷

こころざしを果たして
いつの日にか帰らん
山は青き故郷
水は清き故郷♪

いわゆる“ザ・唱歌”であるこの名曲を、エグザイルのATUSHIさんが歌っている動画がありました。

アーティストが歌うと唱歌・童謡もこんなにカッコよくなるのですね。もっと多くのアーティストに唱歌・童謡をカバーしてほしいと願っています。

故郷をなつかしく思うことを「望郷」「郷愁」といいますが、歌謡曲はなやかなりしころ「望郷」は大きなテーマでした。名曲もたくさんあります。思いつくままにあげると、「誰か故郷を思わざる」「北国の春」「帰ろかな」などきりがありません。

昔もいまも、若者の多くは都会へ出ていきます。夢と希望を胸に都会へ出てきたものの、馴れない環境でけなげに生きていこうとする彼らにとって、望郷の歌は励ましや癒しとなったことでしょう。

心が洗われ、脳がリセットされる

「故郷を思う歌」で検索すると次のようなサイトにあたりました。
ふるさとを歌った名曲。おすすめの人気曲
このなかで「望郷じょんがら」(細川たかし)は、お弟子の彩青さんがコロナ禍前、あるコンサートで歌っているのをみて好きになりました。

人間形成の基礎となる子供時代、思春期の時代を過ごした土地(風景)は、誰にとっても格別なものです。

ふるさとの山に向かひて言ふことなしふるさとの山はありがたきかな

石川啄木の歌です。六甲の山並みをみて育った私も激しく同感します。プロ野球・阪神タイガースのファンではありませんが、ホームの甲子園で勝った試合後に歌われる応援歌「六甲おろし」は好きです。

 (師匠の「望郷じょんがら」を歌う彩青さん。令和のスター候補生です)

話を戻して。故郷とはありがたい存在なので、人はですから、理屈抜きに心を温めたい、癒されたいと思ったときに故郷に帰ってゆくのでしょう。故郷も、心が疲れた者や挫折せる者にこそやさしい表情を見せてくれます。

ただ、誰もがひとつ故郷を持っているわけですが、現実には持っていない人もいるのです。

この記事のなかにあるアンケート調査では「帰省できる地元がない」と答えた人が35%もいるとのこと。「ふるさとを持たない大都市の若者が増え、田舎にあこがれを持ち関わりを求める動きがある」として、国も「第2のふるさとづくりプロジェクト」を進めているとあります。

「故郷」で描かれたなつかしい山河は、現実には存在しません。国土の乱開発によって、田園風景は消え失せ、マンションや大型店舗などに変わっています。

しかし、「故郷」を歌っていると、誰の心にもある故郷の山や川が思い浮かんでくるわけです。セピア色の風景がよみがえり、若いころの父や母のなつかしい声が聞こえてくる──このとき、時間や空間を超越して、私たちの心はなんともいえない感情につつれます。

気がつけば、心が洗われ、脳がリセットされているのです。結果として、人間にとっていちばん大切な情緒の安定をもたらしてくれます。

歌は思い出を連れてくるのであり、思い出とは「心が帰る場所」なのです。

人の声に反応しない認知症の老人が、童謡を聴いているうちに涙を浮かべ、号泣したという話があります。歌という「刺激」によって心の底に眠っている原風景──無心に遊んでいる幼いころの自分を思い出したのでしょう。

高齢化社会における唱歌・童謡の役割は大きいと思います。だからこそ、アーティストのみなさんには積極的にカバーしてほしいのです。

美しい日本語で書かれた童謡や唱歌は、これからを生きる世代にとっても、生きていることはそれ自体に価値があることを確信させ、「生きよう、元気に」という力を育んでくれるでしょうから。

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