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『麦の海に沈む果実』感想

恩田陸さんの小説です。

この本は、雰囲気が素晴らしく良いです。


舞台となるのは、果てしなく広がる湿原に囲まれた、全寮制の学園。

そんな閉鎖的な空間の中で繰り広げられる、優雅な学園行事、ミステリアスで魅力的な校長先生に生徒達、そして不可解な死を遂げる生徒達。


この本に流れる魅力的な雰囲気を形作るのは、まずなんといってもこの大湿原と学園の描写です。

湿原はどこまでも広く、完全に世界を隔離。諦めたように広がる曇天と湿原、おまけに底なし沼なので、学園外から逃げ出す事も出来ない。

学園の一部は、かつて修道院だったようだ。荘厳な雰囲気の建物たちは、方向感覚を狂わせるほど複雑な回廊で結ばれ、図書館、四阿(あずまや)、バラ園、温室、園遊会場を始めとした様々な場所で、生徒達はひっそりと不穏なお喋りに興じる。

そんな学園で、生徒達は各学年それぞれの男女が振り分けられた12人の「ファミリー」と共に多くの時間を過ごす。

これらの雰囲気を色に例えると、灰色と水色でしょうか。色素の薄い、陰鬱さを感じさせる。

音楽に例えるなら、寂しいピアノが似合いますね。『千と千尋の神隠し』の電車のシーンで流れる『6番目の駅』という曲が個人的なイメージです。


もう一つの大きな魅力は、『登場人物達の会話』ですね。なんといっても恩田陸作品の醍醐味とはこれでしょう。

恩田陸作品では、自身の価値観や、とある人の雰囲気や性格分析を語る場面が多く、純粋に会話の内容が面白いです。また、読んでいると涙が出るほどどうしようもない感覚に陥るほどの考えや文章も多い。

この物語の後半で、ある人物は、こんな牢獄のような環境でも、スクールデイズは人生の休暇なのだと語ります。


人生の休暇。


例外を挙げればキリがありませんが、学生時代とは守られた環境にあり、自ら動かなくともたくさんの同年代と交流が出来て、社会人ほど責任もなくて、皆が皆、同じ時間と空間をたくさん共有する。考えてみれば、稀有なものですよね。


人も死ぬし、不穏で陰鬱な空気が流れていますが、どこか狂おしいほど懐かしい……そんな不思議な作品でした。


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