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『対岸の彼女』感想

角田光代さんの小説です。


小さな娘を持つ専業主婦の小夜子と、独身の女社長である葵は、共に30代の同い年。そんな立場の違う2人の女性を描いた作品です。


小夜子は職場での人付き合いに疲れ、結婚を機に退職。生まれた娘は引っ込み思案でお友達の輪に入りきれず、まるで自分のようだと重ねる小夜子。そして小夜子もまた、公園での面倒なママ友付き合いを避けるため、色々な公園を回る日々。しかし子育ても家事もきちんとこなすし、義理の母のイヤミにも耐えるし、主婦の鏡です。



対する葵は、ざっくばらんな性格で、社員や年上の仕事仲間にもタメ口で超フレンドリー。女社長と言っても化粧っ気はなくラフな格好で、ノリも学生感覚。実務能力はなくて、情熱と人脈でなんとかやってきました!って感じの人。家の中も滅茶苦茶です。そんなツッコミどころの多さと、イヤミのないさっぱりした性格がすごく魅力的です。


ある日、小夜子は一念発起して再就職を決意。その就職面接が、葵との出会いでした。葵の人柄に惹かれていく小夜子でしたが………?



私はこれを読む前、互いの立場の違いから生じる価値観のズレとか、わかり合えなさとか、そういったものを味わえるのだと期待してました。


が、見事に裏切られました。良い意味で!というか、それ以外の要素が強くて、想像の斜め上をゆく素晴らしさでした。もう号泣でしたよ……。


この話の本質は、30代とか女性とか結婚がどうのこうのとか、関係ないです。これは、人との絆の濃密さとか脆さとかあっけなさとか、それでも人は出会っていけるんだ、っていうね。友情をメインに『人との関係性』『喪失』『再生』などを描いているような気がします。


なので、30代女性に限らず、どの年代の人にも、もちろん男性にも響くのではないかと思います。


特に学生時代の、とりあえず似た者でグループ作ろう、みたいな消極的な結び付きとか、スクールカーストとか、影響力のある人の態度でじわじわと変な方向にいっちゃう友情の脆さとかクラスの雰囲気とか、誰もが感じてきた、あの図太くて繊細な微妙な感覚。そして学生時代に限らず、大人になっても似たような事を繰り返してしまう、人間のどうしようもなさ。


集団心理とか、変な力関係とかに脅えて、グループでの「はじかれ」とかが生じてしまう。


あんなに仲が良かったのに、いつの間にかフェードアウトし、疎遠になってしまう。


たいていの人は、そうした苦い経験を一度はしているのではないでしょうか。


私たちはそういう苦い経験を、臭いものに蓋をして、なんとか毎日を過ごしている。


時には、そんな人間関係に疲れて、人付き合いを控えたり、シャットアウトしちゃったりもする。


でも、それでも。


この本を読んだら、それでもまた、人と出会いたい、また誰かと関係を築きたい。絆を結んでみたい。


そんなふうに思えてしまうのです。


学生の話をたくさん書いちゃいましたが、なんでかというと、この話では、小夜子(主婦)から見た今の話と、葵(女社長)の学生時代の話が交互に書かれるのです。


なので毎回交互にガラッと雰囲気が変わるので飽きませんし、文章の気安さも相まって、サクサクと読めちゃいます。一気読みせず隙間時間でちょこちょこ読んでも、すんなりと話が入ってくるので、まとめて読書の時間がとれない忙しい人にもオススメです。


そして面白いのは、葵の過去編。どう見ても、今の葵からは想像がつかないんですよね。


でも、少しずつ明かされていく葵の過去を知れば知るほど、だからこそ今の葵があるのだと納得出来ます。そういった要素が随所に散りばめられていて、私たち読者は、今の明るい葵から滲み出る、彼女の過去に気付くたびに、ほろりとするでしょう……。


もちろん、小夜子の日常の、主婦の大変さとか、子どもを持つ大変さとか嬉しさとかも丁寧に表現されていますし、主婦と独身の立場の違いからくる感覚のズレとかも描かれるので、そのへんも楽しめると思います。しかしそのズレから生じる亀裂は、立場うんぬんというより、彼女たち個人の問題かと思います。どんな事にも言えますが、立場が同じでも違っても、価値観は各々ですしね。


とにかく、どんな人にもオススメできる小説でした(ていうか直木賞受賞だし、私がオススメするまでもないけど)。私は小夜子とも葵とも違う立場の人間なのですが、とても楽しめましたし、何より感動しました。私もちょっと、人付き合いに前向きになろうかな。


人の傷に寄り添いながら、優しく希望を見せてくれる、そんな素敵な作品でした。





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