見出し画像

素の心で世界に敵う

 今から15年前に家を新築した時、2階の洗面台の壁には横長の鏡を設えた。一番上の君が8歳、下の君は2歳の時だった。数年後には三姉妹が押し合いへし合いしながら、毎朝髪や顔を調えるようになるだろう。そんな朝のシーンを想像して、それだけで母さんは幸せな気持ちになっていた。
 しかし、実際にはその鏡はあまり使われていない。顔や髪の細部を調えるには、洗面台の向こうにある鏡は遠すぎるのだ。結局のところ別の壁に設置した姿見の前に立つか、窓際に折り畳みの鏡を置くかして、君たちはめいめいにメイクをしている。つまり、メイクをする時どんな風に鏡を使うのか、母さんは具体的にイメージすることができなかったのだ。その頃の母さんはとある研究所で働いていて、日々オフィスで人と顔を合わせる仕事をしていたのだけど、メイクをすることはほぼなかった。そこでの採用面接の際に、遅刻しそうになった母さんはメイクを省いて赴いた。それで採用が決まったものだから、以降、母さんにはメイクをする動機が特になかったのだ。

 母さんのお母さんであるままちゃんは、君たちも知っての通り、結構おしゃれが好きできれいな人だ。その第一子、女の子として生まれた母さんに、ままちゃんはある種の期待を抱いていたのだと思う。大きくなったら、可愛い服を着せて一緒にお出かけしよう、おしゃれも一緒に楽しもう、とかね。
 だけど、成長した娘は思いのほか可愛い見た目ではなく、不格好な眼鏡をかけるようにもなった。もっと残念な事には、おしゃれにほとんど興味を示さなかった。弟たちやその友だちとばかり遊び、言葉遣いは粗野だった。「見た目が可愛くないんだから、せめて性格だけでも可愛くなればいいのに」と面と向かって言い放ち、ままちゃんはため息をついた。
 小学校の高学年になると、銀河鉄道999のメーテルに憧れて髪の毛を長く伸ばしてみたい、当時流行っていたマリンルックの服を着て学校にいきたいといった、多少なりと外見にまつわる希望もわいてきたのだけど、それらは聞き入れてもらえなかった。伸ばしたところでロクに手入れもしないだろうと髪はいつも短く切り揃えられ、そのあとお風呂で一人泣いたこともある。学校で恥ずかしくない、清楚で品の良い女の子でいてほしいというのが、ままちゃんの願いだったのだろう。
 制服があり、おしゃれは校則で禁じられた中高生時代はある意味楽ちんで幸せだった。スカートの丈も前髪の長さも、言われた通りにしていれば、「いい子」扱いしてもらえた。そのせいか中学では女子グループにいじめられたこともあったけど、先生たちに逆らってまで、くだらない服装や髪型のあれやこれやになぜそこまでこだわるのか、母さんには全く理解できないことだった。
 そんな日々の中で苦痛だったのが、ままちゃんとのデパート巡り。半期に一度のバーゲンセールに連れまわされることだった。1階から順にエスカレーターで上がり、各フロアでセール品のワゴンを引っ掻き回す。母さんに服をあてがって似合うとか似合わないとか、組み合わせがどうのとか、色々言うのだけど、適当に相槌を打つのも少しずつ飽きてくる。先導するままちゃんがエスカレーターの上りの方に足をかけるたび、「ああ、まだ続くのか」と心の中でため息をついたものだった。
 大学では家を離れて自由になった。農学部ではメイクをしない女子学生も多かった。彼氏(君たちの父ちゃんのことだ)は「素顔がイイ」と言ってくれた。母さんにはおしゃれに費やすお金も動機もなかった。

 七五三などお祝いの席での和装や、ピアノの発表会を除いて、メイクを初めてしたのはいつだっただろう。成人式は大学のある自治体主催のセレモニーにスーツで参加した記憶があるけれど、その時にメイクをしたか否かは覚えていない。自分の意志で(しかし、致し方なく)メイクをしたのは、多分就活でだったと思う。それは就職の超氷河期と呼ばれた年で、メイクをして面接に臨めたのはほんの数回だった。数少ないチャンスをものにするために、というよりは、そもそも女性がノーメイクで面接試験に臨むなどあり得ない時代だった。長すぎず短すぎないスカートのグレーのスーツを着て、してますよとアピールするだけのメイクをし、パンプスに足をねじ込んだ。母さんの足は規格外に幅広だから、パンプスを履くのは"Ku Too"以外のなにものでもなかった。だけど、中高生時代と同様、何も考えずに義務としてそのスタイルに従うのみだった。
 ラッキーなことに、母さんは公務員試験に合格し、研究所で働くことになった。官僚コースに乗っかっていたらまた事情は違ったかもしれないけれど(そして、そこでは更なる激しい闘争があったかもしれない)、野外での活動も多い研究所だから、大学時代と同じくノーメイクの女性研究者も少なくなかった。そういう気楽な職場であっても、普段ノーメイクの女性がたまにメイクをすると、「今日は何かあるの?」などと声を掛けられ変に勘繰られてしまう。社会的に女性であることは、どこまでも面倒くさくて窮屈なことに思えた。そして、そんな社会的常識を盾に、ままちゃんは外見に無頓着過ぎると母さんをたしなめるようにもなったのだった。

 母さんは外見に無頓着だったわけじゃない。むしろ、意識していたからこそメイクに対して、内心をこじらせていったのだと思う。自分をどう見せるかと考えた時に、メイクをするということは、すなわち敗北者としての自分を世間に晒すことだった。つまり、母さんにとってメイクは「可愛くない」と外見的コンプレックスを持たされた自分を覆い隠す行為であり、公の場ではメイクをするものという社会的な圧に屈することであり、そうした社会的な圧を利して長期的にお金を巻き上げようとするコスメ会社の戦略に乗ってしまう愚行であった。
 そういう自分のマインドを「アンビジュアル系ロッカー」と言い表してみたこともある。だけど、反逆者としてのノーメイクは、説明しなければ「ただのズボラなひと」としか映らない。メイクのことを考え始めると、いつも思考はつまらない袋小路にはまるだけだった。

 さりとて、年に数回はメイクをせざるを得ない場面がある。しぶしぶ化粧ポーチを開けると、分離しかかってるファンデーションや、何年も使い続けているリップやアイシャドウ、ボロボロに崩れそうなチップ、固まりかけたパウダー、そんな品々しか出てこない。母さんには、いつまでたってもメイクはしたいことじゃなくて、仕方なくさせられることだった。社会から、ままちゃんから難癖をつけられずに済ますための魔除け、奇習でしかなかったのだ。ただ、だからといって、メイクをする女性を(ままちゃんも含めて)それだけで軽蔑したりは決してない。美しく装い、メイクを施した人を眺めるのは、嫌いじゃなかった。他者に対しては素敵だな、綺麗だなと素直に思える。そこには、すんなりとその奇習を受け容れ、楽しめている人たちへの羨みの成分が多少は含まれていたかもしれないけれど。

 たかがメイクに何をそんなにこじらせていたのかと、君たちは奇異に思うかもしれない。こんな母さんだからこそ、子育てに際しては心に決めたことがあった。
 女の子として生まれてきた君たちに「可愛くない」とは絶対に口にしないこと。それはなかなか解けない呪いの言葉だから。そして、おしゃれをしたい気持ち、したくない気持ち、自分がこうありたいという希望を否定しないこと。女の子だからと型にはめないこと。
 思い返すと、これらをきっちり貫き通せたかは分からない。むしろ逆を行くように、母さんは幼い君たちに着せたい服を着せていた。花柄やフリルやレースをあしらったワンピースや帽子。可愛い君たちにはとても似合っていたし、そんな君たちを連れて歩くのが嬉しかった。それは、かつてままちゃんが叶えたかった夢かもしれなかった。そして、君たちに着せた服は母さんがかつて着たかった服だった。自分は着ても似合わない服だった。
 母さんの夢や思いとは別に、君たちは4、5歳になるとあてがわれる服を素直に着なくなり、母さんはさっさとその歪んたお人形遊びを止めにした。君たちは勝手に可愛く育ち、気がつけば髪や爪のおしゃれを始め、日々メイクを楽しむようになっていた。したい時にして、したくない時はしない。社会人になっても君たちはマイペースに、そして収入を得た分だけ自由に、自然におしゃれをたしなんでいる。

 そんな君たちの姿に、母さんの心も少しずつ解けていったのかもしれない。
 去年、突然思い立って、ある人にメイクの個人レッスンをお願いした。メイク用のブラシと最低限必要なアイテムも買い揃えた。
 目があまり見えないから、指やブラシの先が眉や肌に触れる感覚を頼りにメイクするしかないし、した後の顔の変化が分からないので塩梅が難しい。視力を失っていくこの先の人生で、メイクとはますます縁遠くなっていくのだろうと思っていたから、我ながらこの心境の変化には驚いてしまう。鏡に映る自分の顔が悪くないじゃんと思えるようになったのは、失われた視野をカバーしようと脳が作り出した幻影によるマジックかもしれないけど。
 メイクの先生は、肌に触れながら自分の心を大切にすることを教えてくれたように思う。それは悪しき世界から自分を守るための魔除けなんかじゃなく、世界の一部としての自分に、彩りを乗せ輪郭を与えること。それをしないことも含めて、世界に「素のままで敵う」自分を開くことだった。
 自分を取り巻くこの世界が実はかなりゆるくて、自分が思うほど自分を見てはいなくて、適度に放っておいてくれることを母さんは半世紀をかけて知ったし、世界の方も変わっていった。

 メイクをして自撮りした写真を褒めてほしくて父ちゃんに見せたら、「実物の方がきれいだ」と素顔の母さんに真顔で返した。どこまで本心なのかは分からないけど、こういう人も世の中にはいるということを君たちには知らせておくよ。「はぁ?別に彼氏がほしくておしゃれしてるんじゃないし。自分が楽しいからしてるんだし」と返されるような気もするけどね。

2024年3月26日 天秤座満月を越した十六夜の夜更けに

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?