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僕が幼稚園児だったころの思い出

彼女は待っていた。ともや君が自分を選んでくれることを。
日頃から好意は伝えてきた。好きなのだ。とにかく好きなのだ。
ともや君と一瞬目が合う。しかし私の願いは届かない。ともや君は私の前を通り抜け、別の子を選んだ。
思わずうつむいてしまう。いまにも涙がこぼれそうで、必死で歯を食いしばる。
その時、私の前で誰かが立ち止まる気配を感じた。顔を上げると、こちらに手を差し出している男がいた。逆光で表情は読み取れない。私は一度大きく深呼吸をする。そして彼の手を強く握った。

僕が通っていた幼稚園には「赤組」と「黄組」という二つのクラスがあった。学年は黄組のほうが上で、幼稚園のなかではお兄さんお姉さんという立場だった。

幼稚園ではよく「お散歩」に出かける。そのとき園児は二人一組になり、手をつないで二列になって歩くことになっていた。普段は赤組同士、黄組同士でペアをつくる。僕には同じ学年に「ともや君」という友達がいた。同じ学年でペアを作るときはたいてい彼と一緒になった。

まれに学年をこえて二人組をつくるときがある。どちらかの組の児童が、ペアを組みたいと思う児童を指名するシステムだった。
そしてその日は黄組の児童に主導権があった。

当時、赤組にはともや君のことが好きな子がいた。名前は忘れてしまった。とにかくその子は普段からともや君への好意を隠そうとせず、そのことを多くの児童が知っていた。

彼女からすれば、ともや君が自分を選んで、散歩に連れ出してくれることを願っていた。
しかしともや君は別の児童を選んだ。その瞬間の彼女の悲しそうな表情を見た僕は、なんともいえない気持ちになり、思わず彼女をペアに誘った。

断片的な幼稚園の記憶の中で、なぜかこの光景は鮮明に覚えている。


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