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村上春樹作「街とその不確かな壁」を読んでみました(ネタバレほぼ無し)

こんにちはRYUです。作家・村上春樹氏の6年ぶりの中編小説「街とその不確かな壁」が刊行されましたね。700ページ近い作品なんですが、過去の上中下刊にわたる「長編」と比較すると、これでも「中編」なんだそうです(汗)。私は「ハルキスト」と呼ばれる方々ほど村上氏に傾倒しているわけではないのですが、結果として1980年代から、村上氏の刊行された作品はほぼ全て読んでいます。今回もやっと読了した!ので、ネタバレほぼ無しで、この作品について紹介してみたいと思います。

▼これまでの村上氏の小説・映画に対する記事はこちら。

どこかで見た作品世界

まず、読み始めてすぐに気づくのは「既視感がある」という点です。おそらく過去の村上氏の主要な作品を読んだことがある方なら、同じ印象を持たれるでしょう。
村上春樹の作品世界の共通項としては「無意識の世界」「パラレルワールド」「喪失」「猫」などがあるのですが、本作品では「猫」以外の3つが揃っています。また、パラレルワールドで進行する世界の中で「壁」「図書館」「一角獣」など設定が似通った部分があります。

それもそのはず・・・この作品の原型は、1980年に雑誌「文學界」で発表された同名の作品でした。

文學界 昭和55年9月号 本作の原型となる小説が発表されています

昭和55年に発表されたこの作品の設定は、後日の作品「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」に設定が引き継がれたため、両作品には多くの共通点が残されています。このため、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を読んだ方にとっては「あれ?見たことがある?」と感じる部分が多いのです。

実は昭和55年に同名作が発表された頃、村上氏はまだ専業作家ではなく、ジャズ喫茶のオーナーでした。店舗営業後の執筆作業であったため、この時は作品世界を完成させる時間や筆力がなかった・・・と作者自身が「あとがき」で説明しています。70代を迎えた村上氏にとっては、「封印作」だった本作の完成も「作家としての集大成」の一部になっているように感じます。

村上氏がかつて経営したジャズ喫茶「ピーターキャット」

ファンが喜ぶ作品世界

そんな「前作踏襲」の部分が多い作品なので、「いつもの、あの作品世界を読みたい」という村上ファンを喜ばせる作品であるのは間違いありません。10代から40代まで、男女の機微をメタファー(隠喩)で切り取る技術と、現実世界と意識の中の世界を連携して見せる「パラレルワールド」の設定は、極めて緻密で面白いです。初めて村上氏の作品を読んだ方も、こうした村上氏独特の作品世界を楽しみながら、読み進められると思います。

▼過去の映画化された村上作品。「村上氏の作品世界の体現」のトライアルの歴史でもあります。

作者の感覚と作品世界のズレも

これに対し、作家が作る作品世界と現実の間には、少々ズレが生じてきたことも感じずにはいられません。最も顕著なのは、10代男女の恋愛を描写するあたり。「今の10代はこんな風に考えるだろうか?」「こんな会話をするだろうか?」という違和感を所々に感じるようになりました。
作者が既に74才という現実を考慮すると、村上氏といえども、若者の恋愛を描写するには無理がある状況になりつつあると思います。

20代の恋愛を描いた大ヒット作「ノルウェイの森」の映画

珍しく説明過多

そして本作には、従来の作品に無かったもうひとつの特徴があります。作家自身が、作品世界について説明を加えている箇所が少々多すぎるのです。

たとえば作品名「街とその不確かな壁」については、作中人物が作者の意図をほぼ代弁して説明している発言があります。また「作中のパラレルワールドは誰が作ったのか?何のためのものなのか?」など、本作の核心の部分についても、作者が自分で「正解」を示してしまっている箇所があります。

作者が自分で「正解」を示してしまうと読み手の解釈も固定され、イマジネーションを巡らせる余地が少なくなります。これは現代文学の流れとは逆行する方法論なので、「なぜ村上氏は現代文学の方法論を否定して過去に戻ってしまったのか?」私には疑問に思えました。

「集大成」に向かっている?

私が感じた「なぜ?」の理由は、おそらく74才を迎えた村上氏が、小説家としての「集大成」に向かっているからではないか?と思います。
従来の村上作品は読み手に「解釈の余地」を多く残した結果、作者の意図だけを正確に探ろうとする読者には情報が足らず、「よくわからない小説」と呼ばれることがありました。

村上氏はひょっとすると村上氏は自分に残された執筆期間から逆算し、自分の作品がより多くの人に理解されるよう、従来のスタイルを捨てて?(忘れて?)説明過多に陥ったんじゃないだろうか?というのが私の推論です。

1949年生まれの「団塊の世代」。既に74才の村上氏。

・・・というわけで、極力ネタバレなしで本作の魅力と個人的に疑問な点を書き連ねましたが、如何でしたか?この作品は独特な「村上ワールド」の作品世界がしっかり展開されていて、従来の村上ファンも新たな読者も、楽しみながら読み進められる内容になっていました。

しかし一方で、作者の年齢的な限界?と思える点や、「集大成」を目指した結果「説明過多」になってしまい、作品として後退している部分も感じました。現在74才の村上氏が、どこまで現在のスタイルを維持できるのか?あるいは、従来とは異なる新たな作品世界を創造できるのか?期待と心配が重なる読後感が残りました。皆さんはどう感じましたか?(RYU)

早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)。私の卒業後に出来ました。行ってみたいなあ。