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情熱の薔薇

時は遡って、大晦日。
この一週間前のクリスマスイブに「2023年での解散」を発表していたBiSHが、念願だった紅白歌合戦のステージに立っていた。

彼女たちの出場が決まったとき、僕はてっきり、本番ではBiSHの代表曲といわれる『オーケストラ』を歌うのだと思っていたけれど、彼女たちが選んだのは『プロミスザスター』だった。
この舞台に必ず立つとファンたちにずっと誓っていた約束が叶ったのだから、考えてみれば、この選曲には大きな意味があったのだ。

そして迎えた本番。夢の舞台でド緊張したのか、令和の歌姫と呼ばれるアイナが歌い出しでいきなり音程を豪快に外し、サビの入りでは歌詞を間違えた。本人いわく「10000000億回歌ってきたのに初めて間違えた」と。

アイナだけでなく他のメンバー全員の声がうわずって、明らかに、いつもの彼女たちではなかった。

「BiSH、ヘタすぎる」「何で出れるの」
Twitterを見たら案の定、彼女たちを初めて観た人たちからのこんな声。

・・・

こういうやつらには、清掃員(BiSHのファンのこと)を代表して俺がここで反論してやる。
うまいヘタでしか人を評価できないならば、最初から音楽を聞くな。音楽に触れるな。レコード大賞の最優秀歌唱賞を受賞した歌手の歌だけ聞いてればいい。

あえて「聞く」と書いた意味を察してほしいのだけれど。
うまいヘタでしか人を評せず物事を判断できないような感性の持ち主では、きっと「聞く」ことはできても「聴く」ことはできないんだろうなと思うから。

そしてついでに
うまいヘタで言ったら、彼女たちはうまいですよ。それは普段のステージなどを観ればよーくわかる。

それではご覧ください、BiSHで「stereo future」ライブバージョン。
張り切ってどうぞ。

自分たちのファンだけでなく、日本中の多くの人が見つめる晴れの大舞台。ミスがないよう、アイドルグループのようにカラオケに合わせて踊りながら口パクで流してつくり笑顔全開で無傷で済ますこともできる。でももしそれをBiSHが選んでしまったら、それはもうBiSHじゃなくなる。

彼女たちのライブは常に生演奏で生歌。アイナ振り付けによるダンス付き。
いつでも全力。いつでも素のままの自分たちをぶつけてくる。だから人の心を掴むのだし、多くの人が惹きつけられ、多くの人が清掃員という沼にのめり込む。

紅白歌合戦での『プロミスザスター』のラスト、アイナの絶唱に僕は心が震えた。ハシヤスメは、曲の終わりに泣いていた。

歌詞を間違えた、声がうわずった⋯
そんなことでしか、人が全力で表現している舞台を見れないものなのか。

うまいヘタだけでは決して計れないもの。魅力ってそういうことでしょう。
そこに至るまでの背景、経緯、ストーリーも込みで、人が抱える喜怒哀楽、美しさ、かわいさ、強さ、脆さ、弱さ、エロさ変態さ、そして情熱をも含めた全てが「人」の魅力。

そんな20代女子の生の姿を、BiSHはステージで全力で表現する。それが、彼女たちの魅力そのものなんですよね。

彼女たちの情熱をリアルに感じられたこの大晦日、自分は最高に幸せでした。

サッカーでもそう。うまいヘタでは決して語れないものが、人の心を動かし、人の胸をうち、人を惹きつける。

サッカーは何のためにやるのかと訊ねられたら、あなたはなんて答えますか。
僕なら「喜びたいから」って答える。楽しいから、好きだから、もある。

うまくなりたいから、勝ちたいから、優勝したいから
それは目標であって、理由や目的ではないでしょ。

それなのに、とかく小さい頃から「うまくやる」ことを求められ、正解通りにやることを求められ、指導者が思う正解のようなプレーをすれば「そういうことだよ」とか上から言われて評価され、ミスをしたら責められる。

無駄なこと、非効率なことを極力排除したことを求められてそれをひたすらこなす子どもたち。それ、本当に魅力的ですか。
そういうプレーを求めてそれをもし「うまい」というのならば僕はうまいなんて言葉は大嫌いだし、そんな言葉はなくしてしまえばいいとすら思う。

魅力ってそういうことじゃないでしょう。
無駄、非効率、荒さ、拙さ、遠回り。いいじゃないか。それぜーんぶ、表現には必要なことだ。

精神論はとかく嫌われるけれど、結局最後は気持ちですよ。感情を露わにすることは決して恥ずかしいことではないし、何よりも情熱がなければ、人の心は決して動かない。気持ちには引力があると誰かが言っていたけれどそれはその通りだと思うし、それよりも何よりも、情熱には魅力がある。

お正月の風物詩、全国高校サッカー選手権にどうして多くの人が惹かれるのか。
うまさやレベルだけの物差しで測れば、どう見たってJユースの方が上なのに。

それは彼ら高校生の「最後の舞台」という設定であったり、彼らの無骨ながらもひたむきに戦う姿だったり、地元の高校を応援するという人間の情や性だったり、そういう要素が折り重なっての高校サッカー人気なわけです。
とかく「ロングボールばかり」とか「内容が」などと評論する人がこの時期になると必ずいるけど、高校サッカーの持つ「情熱のかけら」を拾う感性を持っていないのならば、そういう人はJのユースだけ観てればいいし、プレミアやリーガだけを観てればいいじゃないですか。

別に批判してるわけじゃない。人それぞれの楽しみ方があるのだから、そうすればいい。それが幸せってもんです。

人の魅力やスポーツの魅力は、決してうまいヘタだけでは測れないし語れない。
レベルや効率、そういうものよりも、もっと大事なものがあるでしょう。

人が純に表現するその姿や、人が織りなすドラマに、僕はこれからもずっと触れていたい。
例え不器用でも、無骨でも。それを美しいと思えたり魅力的だなって思える感性だけは、いつまでも捨てずに持ち合わせていたい。

それでは最後に聴いてください。
アイナ・ジ・エンド「オーケストラ」(FIRST TAKE ver)

歌うこと、表現することへの情熱、喜び。
アイナのこれを観たら(聴いたら)きっとわかってくれると思います。

情熱って、魅力って、こういうことなんだぜ。




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