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時代を切り拓くニッポン!Z世代スポーツの今。Part-1

観ましたか?観ましたよね?
スノーボード、平野歩夢選手、冨田せな選手。

サブチャンネル?
なにそれ?
大炎上のNHKサブチャンネル切替え問題は、
今年最大の放送事故...。

とにかく、
今回の北京冬季五輪で、
最多メダル数を獲得した日本人選手たち。
その中でもスノーボードはZ世代が大躍進した。

この競技の歴史ついては、
日経新聞の記事を以下に抜粋させていただく。
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スノーボードは、1970年代後半に、
老舗ブランドの【バートン】創業者ジェイク・バートンらによって広まった。

1980年代にはカルチャーとして認知され、サーフィンやスケートボード、BMXと共にエクストリームスポーツとして発展してきた。

とくにスノーボードは、命を落としかねない危険度がその魅力であり、反逆精神を起源とするエクストリームスポーツの代表格だ。

1998年、長野五輪での正式競技化以降は、
スポーツ専門チャンネルESPN主催の大会
【Xゲーム】で人気が爆発し、一大マーケットに育った。

そしてスノボは、他のエクストリームスポーツとサブカルチャーでクロスオーバーしながら、ナイキ、コロンビア、ザ・ノースフェイスまで、ファッションとの相性も抜群。

今大会でも、プラダやシャネルのスノボアイテムを使用する選手が出てきたのは、そのマーケット特性だろう。


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そして、競技発展に欠かせないのが、
スターの誕生だ。
ご存じ、絶対王者の″ショーン・ホワイト”

今大会を含め、5回の五輪に出場し、
3度の金メダル。まさにレジェンド。

”ダブルマックツイスト”など大技とともに、時代を切り拓いてきた彼も現在35歳。
今大会を最後に引退を表明していた。

その王者が最後、平野選手へ祝福のハグ。
スノボ界の歴史に刻まれる名シーンとして語り継がれるだろう。

同時に彼ら日本勢が、
これからの新時代を作っていく。
そんな2022年の始まりだった。


1995年、筆者が大学生の頃、若者たちはこぞって、スキーからスノボにチェンジしていった。世はまさにスノボブーム。

南国育ちの筆者は、ゲレンデ初心者。
スノボなら遅れを取り戻せるとの浅はかな動機で、アルペンでウェアと用具を一式購入。
総額10万円。12月のバイト代が消えたが、
ワクワクの方が大きかった。

怖いものしらずで挑んだスノボは、
200回以上の転倒と頭の強打で記憶が飛ぶなど、今考えてもゾっとするほど無防備な遊び方だったが、それはもう、とんでもなく楽しかった思い出になっている。

当然、花形競技ハーフパイプにもトライした。
この競技、実際やったことある人はお分かりだろうが、遊びレベルであってもとんでもなく怖い。てか飛べない。

ただただ、流しそうめんのように、
筒の左右を揺れながら落ちていくだけである(笑

あれから30年弱。
同じ日本人が、筒の淵からビル3階の高さまでピョンピョン飛び跳ねて回転しながら着地していく。

日本の器には収まらない。
もはや箸ではすくえないほど、
世界へ羽ばたいていく。じつに愉快だ。

さぁZ世代よ、若さを謳歌せよ!
これからもっと、FLY HIGH !!

2022.2.19
Hacasse


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