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すい星列車がやってきた!(3)

「第37回 福島正実記念SF童話賞」一次選考落選作品

「さぁて、急がねばなりませんよ」
 ピピたちが飛び去った夜空をぼんやりと見上げていたわたしたちに、テールが声をかける。
「さいわい燃料はじゅうぶん手に入りました。おくれを取り戻すため、少しとばします」
 そう言って、テールはわたしたちをぐいぐいと客車におしこめる。
 とびらがしまるのと同時に、すい星列車はすべるように走り出した。
 わたしたちはあわてて近くの座席に腰かける。
『まもなく高速運転モードに入ります。みなさまご着席のうえお待ちください』
 テールのアナウンスの後、ガタン、と大きく列車がゆれた。
 ぐんぐんと列車が速度を上げているのがわかる。まるでジェットコースターにのっているときみたいに、体に前から力がかかった。
「はは! なんだか楽しいね」
 そう言って笑う星子さん。けれどわたしは、窓の外の景色にくぎづけだった。
「――……星子さん、見て! すごい……!」
 列車が走る速度が速すぎるんだろう。
 窓の外でかがやいているたくさんの星たちが、まるで流れ星みたいに尾をひいてみえる。
 光の帯にうめつくされた夜空は暗いところを探す方がむずかしい。まぶしくて、今が夜だってことを忘れてしまいそうだった。
『次は~、立木総合病院前~、立木総合病院前~』
 テールのアナウンスとともに、すい星列車はゆっくりと速度を落としていく。
「立木総合病院⁉」
 わたしはびっくりして声をあげた。
 お母さんが、お母さんと赤ちゃんが、入院している病院だ。
「――窓の外、よぉく見てごらん」
 星子さんはそう言って、わたしの肩を抱きながら一緒に窓から身をのりだした。
 ひとつひとつ、ガラスごしに病室の中を覗いていく。お母さんの病室は何階だったっけな。たしか四階だった気がする。
 すい星列車はへびのようにうねうねとうねりながら、上から順番に全ての病室の前を通過していく。
「……あ!」
 声をあげたわたしのことを、星子さんがじっと見つめた。
 少し離れたところにある窓の向こうに、お母さんがいた。
 ベッドに横たわって、すやすやと眠っている。ほっぺたが少しやせたかな。でも、なんだか口元が笑っているようにも見える。
「お母さん……」
 わたしがちいさな声でこぼすと、星子さんのうでにぐっと力がこもった。
「大丈夫。きっと、とどいてるよ」
 星子さんはそう言って微笑んでくれる。
「うん」
 わたしはこくりと頷いて、しばらくお母さんの寝顔を見つめていた。本当はいますぐ会って、話したい。お誕生日おめでとう、って言ってもらいたい。
 涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえていると、ふいにどこからか視線を感じた。
 星子さんじゃないし、もちろんテールでもない。
 どこからだろうときょろきょろ辺りを見回してはっとした。お母さんの寝ている向こう側にある小さなベッドに、赤ちゃんが、わたしの弟が寝転がっているのだ。しかも、目が開いている。まんまるい瞳で、ぽやんとわたしのことを見つめている、ように見える。
 赤ちゃんは、生まれたばかりは目があんまり見えないってお母さんが言ってた。だけど、耳は聞こえるって。だからいっぱい話しかけてあげてね、って。
「はじめまして」
 わたしはそっと、小さな声で言ってみた。もちろん赤ちゃんに届くはずなんてない。
「これから、よろしくね」
 だけど赤ちゃんは、もぞもぞと体を動かしてから、ふにゃりと口を曲げた。そんなはずなんてないのに、わたしにはまるで、笑い返してくれたように見えた。
『発車いたします』
 テールのアナウンスとともに、すい星列車はゆっくりと病院から離れていく。
「……ばいばい」
 わたしはそう言って、お母さんと小さな弟に手をふった。
『次はー、終点~、三枝家前~、三枝家前~』
 テールのアナウンスによると、終点はどうやらわたしの家らしい。
「お別れかな」
 星子さんはそう言って、すっとわたしから体をはなした。
「この旅で、すごく成長したんじゃない?」
 その言葉に、わたしはくすぐったい気持ちになりながらこくんとうなずく。
「わかんないけど、そうかも」
 そう言って二人でふふふと笑いあった。
「この旅路があなたにとってよいものであったと、私は信じていますよ」
 いつの間にかやってきたテールが、そう言って右の前足をさしだす。
 きゅっとその手を握り返すと、間もなく列車は完全にとまった。
 すい星列車に乗り込んだときと同じように、わたしの部屋の窓の前で。
「さぁ、到着です」
 テールはそう言って、まんまるい瞳でじっとこちらを見つめた。
 わたしは少しだけさびしい気持ちになりながら、ゆっくりと客車の出口にむかって歩いていく。
「待って!」
 そう言ってわたしの手首をつかんだのは星子さんだった。
「どうしても、言いたいことがあるの」
 星子さんは真剣な顔でそう言うと、ぎゅうっとわたしを抱きしめる。
「――お誕生日、おめでとう」
 その短い言葉の言い方と、あたたかさ。そしてふわんと香ったシャンプーのいい香り。
 そのどれもがわたしにとっておぼえのあるものだった。だってわたしの頭からも、きっと同じ匂いがしているし。
 どうして今まで気づかなかったんだろう。
 そのときわたしはようやく、星子さんの『会いたいひと』が誰なのか――ううん、星子さんが誰なのかが、はっきりとわかった。
「ありがとう」
 わたしはそう言って、星子さんの背中に手をまわす。ぎゅうっと抱きしめると、やっぱりなんだかおちつく感じがした。
「それじゃあ、またね」
 わたしはそう言ってニッと笑いかける。星子さんも、わたしが〝気づいた〟ことに気づいたのだろう。同じようにニッと笑って、同じように言う。
「またね」
 そう言いあうわたしたちは、たぶんとってもよく似ていた。
 あらためて星子さんとテールに手を振ったわたしは、ゆっくりと夜空におりたつ。
 そしてそのまま平泳ぎで、部屋の窓までたどりついた。
「さよなら!」
 わたしはそう言って、ベッドの上からぶんぶんと手をふり続ける。
「「さよなら!」」
 二人の声といっしょに、すい星列車は光の尾をひきながらどこかへ走り去ってしまった。
 きっと、わたしのように泣きながら夜を過ごしている、誰かのところへ。
 わたしは一体どれくらいの間、夜空を旅していたのだろう。そもそも、あれは夢じゃなくて現実だったのだろうか。わからない。わからないけれど。

「……ただいま」
 静かな声でそう言えば、ここに帰ってこられた嬉しさをしみじみ感じることができる。
 まもなく、タンタンタン、とお父さんが階段を上がってくる音が聞こえた。
「……まひろ」
 優しい声で呼ばれて、すうっと息をすいこむ。
「――なぁに」
 わたしはドアノブに手をやりながら、お父さんになんて言おうか考えていた。
 そして、きっともうすぐ帰ってくるだろう、お母さん(星子さん)と弟にも。

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