『定価のない本』

門井慶喜さんの作品。

古書店で本に潰されて店主の芳松が亡くなった。芳松と同業者であった琴岡庄治は、彼の死の謎を追う。その途中で不可解な点が見つかっていく。

徳富蘇峰と太宰治が出てくる。太宰治は物語の中でかなり貢献度が高かったので、嬉しかった。ダストクリーナー計画は本当に恐ろしいことだと思った。今我々が古典を読めて、勉強できるのは当たり前ではないとよく分かった。GHQの人々は日本をどのような国にしたかったのかとても気になった。

印象に残っている文

そのかわり古本の世界には、「市場の要求」という鉄の天井がある。ふつうの世であれば新刊書店で一円で買えるものをわざわざ二円で買う客はいないから、それがおのずと値段の高騰をおさえる役割を果たしていたのだ。

鳥黐にからめとられた鳥がすべてをあきらめて羽ばたきをやめた、そんな感じの声だった。

この当時、共産主義は悪の思想ではない。犯罪の温床でもないし、終わってしまった夢物語でもない。かがやかしい未来の後光とともにある市民のスマートな道具にほかならなかった。

「この世はな、しづ。『疲れた』って言った回数の多いやつから脱落してくんだ」

「これからはアメリカの時代だ。日本の時代は終わったんだ。そんなふうに下を向いてしまっている日本人たちが、どうしていまさら『源氏物語』なんか勉強する? どうして日本の歴史に敬意をはらう?」


「あんたたちは戦争中、何万発、何十万発っていう爆弾をあちこちの街へふらせてくれた。こんどは、こっちがふらせる番だ……文化の爆弾をな。ぜんぶ受け止めてもらうぜ、占領者さん?」


GHQに勝ったのは俺たちじゃない。文字を愛し文字をとうとぶ日本人、日本の歴史そのものなんだ。

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