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抗生物質が欲しいひと

昔に比べて今の小児科では、風邪で受診しても滅多に抗生物質は出されません。
理由は、風邪の多くはウイルス感染症であり、細菌にしか効果のない抗生物質は病気を治すことには寄与しないからです。そればかりか、一般的に用いられてきたセフェム系抗生物質の濫用ともいえる状況が、MRSAをはじめ耐性菌を増やす一因になったということがだいぶ前から言われるようになりました。保険点数も抗生物質を使わない診療をすると、6歳未満の子には加算がつきます。そのようなことから、自分も今は通常の診療の中ではウイルス感染症を第一に考え、抗生物質は使わず、溶連菌感染症や細菌性中耳炎など、細菌感染症の根拠がある場合も、ペニシリン系の抗生物質を使うようにしています(ただ、ここ1年くらいずっとペニシリン系の散剤が品薄状態で処方を出せてません、大変困っています;;)。

先日、別のクリニックに外勤した際に、まだ1歳前後の子で、保育園就園して間がないケースが受診し、鼻水が黄色くなってきたので抗生物質が欲しいと言ってきた母親がいました。確かに、過去カルテを振り返ると、セフェム系抗生物質の処方回数が常勤の先生方の普段の処方のパターンに比して多く、あれ??と思いました。
黄色の鼻水というのは日常的に経験することですが、水分の比率で粘稠性が高ければ黄色味がでます。抗ヒスタミン系薬剤を併用する、発熱して水分が蒸発しやすい状態など、条件次第でいくらでも色がつくので、細菌感染の根拠としては完全ではありません。年齢的にも、就園直後としても、まだまだ普通のウイルス性上気道炎に罹患する方がよほど頻度が高いと思います。

母親が抗生物質の役割について、どういう経緯で理解したのかわかりませんが、こちらも意を決し、「毎度毎度、抗生物質を使わなくてもよいのでは?」と投げかけると、火がついたように、「では、黄色の鼻水はどうやって治すのか」「以前の先生は連続して抗生物質を使わなければ大丈夫だと言っていた」など、畳みかけ始めました。正直、医者も人間なので、面倒くさい母親に余計なスイッチを入れてしまい、失敗したなと思いました。これをいちいち相手するくらいなら、適当に抗生物質だしてさっさとお帰りいただいた方が、医師と母との関係性においてはWin-Winですから、きっと他の先生方も賢明な対処として(不本意ながら?)過去に処方してきたのだろうと思いました。
言葉を発してしまった手前、この子が本当に抗菌療法が必要な時に耐性菌に悩む事態になってはその方が問題なのは事実でもあり、色に根拠が乏しいこと、大概はウイルス感染で本人の免疫が治療過程のベースになること、耐性菌はやはり懸念すべきこと、他のお子さんと比べ、この子だけ傑出して抗生物質の出番が多いなど、丁寧にお伝えしてみました。

…結果的には、医者が変われば考え方が変わるのは理解できる…というレベルまでいったものの、納得には至らず、クラリスロマイシンという優しい抗生物質を持たせてお帰りいただきました。相当印象を悪くしただろうなと思いつつ、この仕事、大概一定数に嫌われるのがデフォルトなので、仕方がないです。何か他にやりようがあったのかもしれませんが。

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