小説 リ・ボン(3)
前回の(2)の続きです。
(1)はこちらから
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ジュンは部屋に戻る次いでにゲームを置いている407号室へ向かった。廊下は朱色の絨毯が端までびっしりと敷かれていて、壁は螺旋の模様が描かれている。
行く途中、408号室が開いていることに気が付いた。408号室は神田の部屋だ。ジュンは恐る恐る扉を開けた。奥の方には四角く光っている何かがあるが、ジュンははっきりとはわからない。
神田から「部屋に勝手に入るな」と言われたことを思い出したが、怒られることよりも好奇心が勝り、そのまま部屋の方へ進んだ。ベッドが一つ、上にはズボンや大きめのタオルが無造作に置かれている。壁側にはテーブルが置かれ、大きい椅子もある。テーブルの上にはジュンが見たことのない機械がある。
奥の方でガタガタと音がした。何かが動いている。ジュンは足を止めて、音の鳴った方へゆっくりと顔を動かし、音がまた鳴るのを待った。また、ガタッと音がする。部屋の中にはもう一つ扉がある。
ジュンはその扉の方へ忍び足で向かった。ガタッ、ガタッと連続に鳴っている。
ドアノブを動かし、自分の体の方へ動かすとそこには仰向けに寝ている男女二人がいた。
__________________________________「どうして、メネスカーを修理なんてするんだ?」
店主の直接の質問を、神田は店主が用意した椅子に座り言い返す言葉を考えた。
「どうしても何も、彼らも生きているじゃないですか」
「でも、今はメネスカーとかのアンドロイドが故障した場合は国に届け出を出して即急に処分をしないといけない。それを守らないと刑罰。やるメリットがない」
神田は用意された水を片手に持ち、口に含んだ。無味無臭だった。話す言葉は思い浮かばない。
「別に良いさ。辛いことは無理に言わないほうが良い」
「いや、別に構いません。・・・僕はもともとキッド・ストアの人間で、メネスカーにはとても希望を抱いていたというか。曖昧な考えと言うか少しでも変わると思っていました」
「キッド・ストアにいたのか。これまた珍しい」
「政権交代があって、そこから一気にメネスカーの存在は厄介者の扱いになって、私はその時に思ったんです。修理や機能に関するデータを盗んでしまおう。自分の頭の中には嫌でも手順は覚えている。今はネットを通じて修理してほしい人を募っています」
「インターネットを使って修理を呼びかけているのか」
店主は驚いた顔を見せた。神田は頭を掻き、「昔は当たり前なはずでしたけどね」と鼻で笑うように言い返した。
「俺もインターネットを使って買い物とかしたさ。それも当たり前だった。テレビやラジオ、新聞もあったけど、徐々にネットが全てを持っていこうとした。そんなときにだ。肺炎だよ。それで一気に変わった。ネット上ではデマは広がるし、皆落ち着きがなかった。しかも政府が恐れて情報傍受しているなんていう噂もあって一気に使わなくなった。何を信じれば良いのかわからなかったから」
「一気に利用者は減ったのは覚えています。始めたときなんか反応なんてめったに無かった。弱者と呼ばれる人たちがネットに残っていることを願っていたようにも思います。それでも、今はコミュニティを形成するにはインターネットが一番です。誰もわざわざ現実の荒廃したこの町で人とのつながりを持ちたいとは思えない。実際、私もそうですから」
店主は鼻から大量の息を吐いた。腕を組んで、テーブルを見ながら話し始めた。
「皮肉だよな。インターネットを使う人間は激減している中で、アンドロイドを修理する最後の頼みの綱は過去に人々が嫌なほど群れていた寂れた仮想空間にあるなんて。笑っちゃうな・・・」
店主の目線は下を向いたままだった。
「修理をする上で、亡くなった家族の記憶を移行してほしいというものが今までで多かったですね」
「わかる気もするな」
「人間の記憶を移行できるのがメネスカーの最大の特徴ですから。故障で情報を抜きとって、新しいメネスカーに移行してほしいというのが殆どですよ。ただ・・・」
「ただ?どうした」
「メモリーカードを抜いて送ってもらうのですが、人間の記憶を移行して一番安定するのが第3世代です。ただ、奪い合いの状態でして。だからこれはとても価値がある。新品で、一度もデータが書き込まれていない」
店主はメモリーカードの方を向いた。腕は組んだままだ。
「買うか?」
店主は半笑いで言ったが、「生憎、現金は2万しかない。現金を大量に持っていると不正を働いていると勘違いされて逮捕されるから。こんどまた現金を持って買いに来ます。」
「おう。そのときにはまた1万5000で売ってやるよ」
帰りのバスは珍しく定刻通りだった。
乗り込んでも誰もいなかった。椅子に座り少し経つと叫び声やシュプレヒコールが遠くの方から聞こえる。帰りの道中で左派と右派の衝突があったのか、「迂回ルートを回ります」と乗客一人だけの車内に律儀に運転手がアナウンスをした。その影響か時間は大幅に伸び、1時間以上も乗る羽目になった。周りに誰もいなかったことがせめての救いだ。
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ジュンの顔を見たときに、本当にこれはジュンなのだろうかと悩んだ。
ジュンは「お父さん」とニッコリと自分とは似ていない綺麗な歯並び、手を広げてこっちに走ってくる。
アツコは、「私達の子よ」と嬉しそうにこっちを見て言うが、「そうなのか」と疑問を投げかけるように言い返した。
お父さん、お父さん。僕の記憶は何処に行くの?
それは・・・知らない。
お父さん。お父さん。僕は僕なの?
それも・・・知らない。
はっきりとはわからないことばかりなのさ。
この世の中は。
だから誰だって悩み、不正解のルートへ進んでしまうこともあるのさ。
じゃあ、僕はどうして生まれたの。
ねぇ、あなたどうしてあなたは嘘をつくの。
そんなの・・・知るか。
「お客さん、終点ですよ」
バスの運転手は自分の肩を何度か叩いていたようで、揺れで目覚めた。神田の家からそこまで遠くはないバス停だった。
「すみません。今、降ります」
「うなされていましたよ。気分の方は」
「全然。問題。ないですよ」
立ち上がった瞬間に今見ている世界が現実であることははっきりと認識できていたが、今もどこか嘘であってほしいと考えながらステップを降りた。
新型肺炎の流行で都市部は荒廃し、居住スペースも限られた。神田はメネスカーの修理の拠点は都市部でないと融通が利かないと考えている。だから何度もアツコから「郊外に行きましょうよ」と言われても、「部品とかの問題はどうするのさ」と反論するばかりだ。
今の拠点は5年前に放棄されたラブホテルだ。5階建てで都市部に出るのにも丁度いい立地で、3人で拠点を決めるときに「ここにしよう」神田は一発で決めた。
周りには住宅街の姿が汚くも残っていたが、近くのギャングに放火され2、3軒と拠点のラブホテルだけを残しみんな灰になった。役所が定める将来的な立入禁止区域に設定された。それでも残っているのは面倒な拠点探しをしたくないのと居心地がいいからだ。
ラブホテルに着くと目に刺さるようなピンク色の扉が神田を迎える。取手の部分には鎖を何重にも巻いて少しでも外部からの侵入を防ごうとしている。
破壊されていないか目で確認をして、裏手に回り小さな窓からホテルの中に入る。1階は電気を消しているので、通るたびに誰かいないか怯える。2階に上がる階段のところには銀色の扉とインターホン、暗証番号を打つテンキーがある。そこのボタンを1110と適当に決めた暗証番号で鍵を解除した。
4階に到着し、扉を閉めると奥の部屋からアツコが出てきた。
「あなたちょっと」
焦った顔を見せたアツコに嫌な予感がした神田は少し駆け足でアツコの元へ向かった。入った部屋はジュンの部屋だった。ジュンはベッドの上で眠っていた。寝ているのではなく落ちているのが正しいのかもしれない。
「どうしたんだ」
「あなたの部屋に入ったみたいなの。クローゼットに入ったみたいで」
「干渉したか」
神田はジュンの胸に手を充てた。
「動いているみたいだけど。アンテナがやられたかもしれない。見てみるか」
神田は自分の部屋に向かい、機材を探した。ケーブルと機材を持ちジュンの部屋に戻る。アツコはまだ心配そうな顔をしている。
「治るわよね」
アツコが震えた声をしながら神田に話しかけた。
神田はこめかみの部分を爪で強く掻き「それはどうだろう」と自信のなさが神田自身でもわかった。
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首元を触るとカチッと音がする。音がなったところは蓋になっていて、起動ボタンと機材と接続するコネクタ部分が出てくる。今日、元電気街で購入したケーブルを差し込み、内部を観るための機器を起動させ接続した。
「やっぱり、第一世代と第3世代はだめだ。干渉しているようだ」
「ごめんなさい。私が見ていなかったから」
「俺も悪い。部屋に鍵を掛けていなかった。これで3回目なのに・・・」
機材から重低音の起動音がなった。画面は真っ黒の状態で、動作のコマンド入力画面になっている。キーボードを持ち、現在の動作を確認した。読み込み中と表示される。
「第一世代は強い電波を出すので他世代との電波干渉を起こして新型が壊れる事がある。パッチを作成していたけど、間に合わなかった」
「それってアップデートできないの」
「出来ない。一度ジュンの記憶を別媒体に移さないとだめだけど、ここにあるのはどれも互換性がない第2世代ばかりだ」
画面上では異常なしの表示。ジュンを再起動させるコマンドを入力し、待つことにした。
「大丈夫?」
「ソフト内でエラーを起こしたみたいだ。再起動させれば治る」
「良かった・・・」
アツコはやっと安心した表情を見せた。
画面にはプログレスバーがパーセンテージの表記とともにゆっくりと進む。止まらないか神田は目を逸らすことなく見続けた。100パーセントの表記とプログレスバーがいっぱいになるとジュンが目覚めた。
「あれ、どうしたの」
細い声を出しながら少し顔を神田とアツコの方に向けた。
「少し頭を打ったみたいだ。大丈夫ゆっくり寝ればいい」
神田はジュンの頭を撫でた。
「でも、僕、怖い夢を見た気がする」
「怖い夢?」
「知らない人が僕の方に何か言ってくる夢」
「頭を打って少し嫌なことを思い出したに違いない。明日になれば忘れる」
「そうかなぁ?」
神田の目を見ながらまだ納得をしないジュンにアツコは、
「今日は騒いだりしちゃだめよ。後でハンバーグ持ってきてあげるから」
「やったぁ。楽しみだなぁ」
神田とアツコはそのまま部屋を出た。
神田とアツコは神田の部屋に戻ってクローゼットを開けた。男女二人が並んで寝ている。
「第一世代と干渉するのはどうしてなの」
「メネスカーは他のメネスカーと情報共有できる機能を持っている。その機能を使うには電波を発し、第一世代は法人向けに製造されていたからスリープ状態でも起動している。ただ、第2世代以降も情報共有機能は使えるが、第3世代の初期モデルは第一世代が使うチャンネルと干渉を起こしエラーになりやすい。アップデートをすれば治るソフト側の初期不良のようなものだ」
神田は寝ている男の方の首を触った。親指で何度も押す。
「だからこいつは改造しないといけない。外から拾ったものだから故障している部分は今の所わからないからスリープの状態だけど。どうするか」
頭を強く掻いた。アツコは気まずくなったのか、
「・・・私、夕食作ってくるね」
足早に部屋を出ていった。
『私の息子は暴動に巻き込まれ亡くなりました。3年も前の事です。ただ、息子は記憶をバックアップしていました。見つけたときは嬉しかったのと同時に見つけて良かったのかという罪悪感に悩まされました。世間では人間の死は全うするべきだという風潮があります。ですが、私はもう一度息子と暮らしたい。日に日にその思いは大きくなり、主人も一緒の考えです。藁にもすがる思いであなたに依頼します。口伝であなたの評判を知りました。報酬は希望する金額だけお支払いします。メモリーカードは指定の住所にお送りします。よろしくお願いします』
アツコが部屋を出ていった後に依頼の連絡が入る通信機器の前に座り、神田は先週受信した依頼文を読み返した。
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外は荒廃し、治安も悪化への道を辿っているが、政府は幽霊のようであっても存在する。新型肺炎の問題がある程度落ち着いたあたりで、政府はまず配給制度を実施。その時に私書箱も同時に設置することができた。
隣の箱には溢れるほどに郵便物が入っており、ここに住み始めて長い時間が経っているが一度も減ったことはない。
稼働しているのは私の箱だけだろう。
配送システムも以前よりは復旧している。
アナログなやり方で人を救っているなんて、どうも映画のようでバカバカしい。
連絡を受け取った二日後に自分で設置したその私書箱へ向かうと一つの箱が届けられていた。配達の際に盗まれる・破壊されることなく到着していた。
元キッド・ストアで移行スタッフとして勤務していた神田はメモリーカードを受け取り、自分で用意した機材を使い、依頼者に返していた。ホテルに戻り開封すると綺麗に梱包されたメネスカーのメモリーカードが入っていた。
インターネットを介してデータを授受したいが、何せ内容を傍受されると厄介だ。ましてや中身は、メネスカーのデータ。
人間の記憶をバックアップできる・移行も可能というのは当時・現在でもメネスカーのみだ。神田はこの『仕事』に対しては誇りと自信を持っている。
ただ、一つ問題があった。依頼者から送られてきたメモリーカード内のデータは第一世代向けにフォーマットされたもので、記憶移行サービスが公式稼働する前のものだった。所謂、ベータ版だった。
『ご連絡とメモリーカードの配送をしていただき感謝いたします。技術的な事を申しますと、メモリーカード内のデータはキッド社が試用サービスとして稼働していたときのものであり、現在主流のメネスカーとは互換性がありません。そのため、移行が成功してもご家族の皆さんと生活をする上で支障をきたす可能性があります。また、生前の顔と同じようなパーツのメネスカーを用意しますが、そこから起因する障害にも対応していかないといけない。その点をご了承いただければこちらで移行の準備とご家族のもとに引っ越す準備をいたします』
現在メネスカーは第四世代が主流だ。その第四世代で過去のメネスカーで問題と鳴っていた人間の記憶を移行した際に発生する「記憶ズレ」を修正している。
『記憶ズレ』とは移行した後に同居する家族や恋人、住宅環境や自分の顔等に違和感が、自傷行為や周りに危害を与えるなどの脆弱部分を指す。第四世代ではそれらの部分を修正している。
ただ、第四世代で移行できるフォーマットが制限され、ベータ版で作成されたものは全て互換性が無くなった。
神田は過去の対応事例をまとめたファイルを本棚から取り出した。気づいたら厚手になっていた紙の束を乾いた指先でめくっていく。紙には神田自身がその時に気づいた事を殴り書きでメモをしていた。
・第3世代は全てのデータに互換性がある
・第一世代は可能ならアップデート。自傷行為・周辺の人間、メネスカーに危害を与える恐れがある
・メモリーカードはフォーマット禁止
・世代問わず作業外は電源を切る
今となってはもはや常識のようなことだが、このときは何もわからないまま手探りでやっていた。全てが新しい発見。そして全てが上手くいかない。
キッド・ストアで働いていた時には世代間の移行はご法度であり、やっていることは実験に等しい。
だからキッド・ストアから持ってきた、難しい文字が並ぶマニュアルを読んでも不安は生まれていくばかり。
このメモは小さくても、見返すたびにやっと少しずつ不安が地面に流れていった感覚を思い出す。
依頼主からの返信は当日中に来た。
「それでも構いません。一緒に暮らせる事だけを願っています。メネスカーとして生まれ変わった息子とともに暮らします。顔が違っても記憶が一緒なら暮らしていけます」
記憶ズレの修正は自傷行為に走ってしまうメネスカーの保護という観点からは早急にするべきことであった。ただ、生命として人間として記憶ズレは残すべきだったという識者もいる。神田は最後の方の一枚に書かれたメモを読んだ。
・メネスカーには量産タイプは存在しない。どこかには他のメネスカーと違いがある。ニンゲンと同じ
依頼主のメールを読み返すたびに自分のやっていることは蘇りなのではなく、憑依なのでは無いだろうか、そう考えながら神田は頭を強く掻いた。
ホテルの近くには廃棄場がある。
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地方で悠々と暮らす富豪たちが生み出したゴミやピラミッドのように使い古された機械が平積みになっている。傍から見ると異臭は出る、害虫は湧くわと嫌なところだが、記憶移行や修理をしている神田にとって廃棄場は最高の場所だ。
時々、大きなトラックが廃棄場へ入っていく。ホテルから双眼鏡で覗くと見える。そのトラックは周期的にやってきてはどこかで死んできたメネスカーをその廃棄場へ投げ捨てていく。
神田は依頼があればその場に行き専用のケースに入れ、ホテルに持って帰る。
役所に届け出が出されずに死んでしまったものは、こうやって適当に放ったらかしの状態で消えるのを待っている。抜け殻の上を跨いでいくのは今でこそ慣れてしまえば問題はないが、初めの頃はいつ足元でモーターを動かし自分に向かってくるのかヒヤヒヤしていた。
今回の依頼は男性タイプで肌はベージュ寄りのものが最適だ。すぐに見つかればいいが、そう簡単にはいかない。何度も足を運んで近づいて見て納得が行くものでないと持ち帰らないことにしている。
三度目でやっと手に入れた。送られてきた写真とは少し違うが移行する分には問題は無いと判断し、神田の腰部分まで高さのあるケースへ入れた。周りから事情の知らない第三者が見れば自分はまるで死体遺棄のサイコパスに見えるだろう。
男のメネスカーを拾い、クローゼットに置いた。充電やデータ転送をするためのケーブル接続部分のコネクタ部分が歪んでいた。
今日はそのために元電気街の部品屋まで足を運んでいた。第一世代で、ジュンに影響を及ぼしているので、早めにこの案件を終わらせたい。
ただ、アツコがまた部屋に入ってきて、「お客さん」と自分に言った。
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『キッド社、全世界でのアンドロイド人権の嵐で倒産』
アンドロイドのメネスカーが代表的なコンピュータ会社、キッド社が事業を停止し、破産手続きに入ったことが判明した。
韓国で始まった「アンドロイドに対する人権保護」の声が全世界に広まり、アンドロイドの普及率は一気に低下。キッド社もその影響を受け、負債を抱えた。
『生命の風 本当の勝利宣言』
人権団体、生命の風は代表のニックの妻、フランが衛星ラジオを通じて勝利宣言をした。
「キッド社の破滅によって現在のアンドロイド達に安息の時間がやってきます。永遠の命などありえません」
『メネスカー、幻の第五世代』
キッド社で幹部を務めていたとされる男がアメリカ政府運営の新聞社に、関連するデータを送付していたことが判明した。中にはメモリーカードが複数枚あり、市場には存在しないメネスカーの第五世代で動作するとされるオペレーティングシステムが保存されていた。
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「あなたも懲りないね」
409号室には黒の革張りソファが二つある。このホテルに初めて足を踏み入れたときからこの部屋にはソファがあったので、神田はここを勝手に応接室として利用している。神田は真向かいのソファに座る若い男に話しかけた。
「神田さん、わかっていると思いますが、ここは近いうちに再開発地区に指定され退去していただく必要があります。今日は再度お願いに参りました」
前にいる男はスーツを着ていて、ネクタイは首元まで締められている。スーツの胸部分には名札が付いている。「ニムラ」と書かれている。
「それはわかっているさ。でもこっちにも事情ってものがあるのさ」
「もう今回を含め、4回目です。他の人達は退去をしています。このエリアで意固地で話を聞こうとしないのは神田さんだけです。前回はここに違法に滞在していることを見逃すことを条件にお話したじゃないですか」
「一旦落ち着いたらどうだ。ほら、コーヒー」
神田は白のコーヒーカップをニムラの前に差し出した。ニムラはコーヒーカップを睨むように見た後、神田に顔を向けた。
「私はコーヒーが飲めません」
「何事にもチャレンジだよ。息子はご飯を食べられるようになった。何もかもチャレンジだよ」
ニムラはコーヒーカップを神田に戻すように押した。コーヒーの表面は揺れ動く。
「チャレンジ、だったら別の地区に移動すればいい。それもチャレンジと言うのでは?こっちは何度も好条件を提示してきたはずです。比較的、治安の良い郊外に住居エリアを用意しています」
「それは甘えじゃないかい。人の用意したレールに乗り込んで、これが人生だ!これがやりたかったことなのだ!と叫ぶのは、それは負けじゃないか」
神田はニムラの顔を除くように顔を動かしたが、無反応だった。
「馬鹿にしていますか」
「そんなことはない」
「あなたの退去しない事情というのはわかりません。教えていただけませんか、事情というやらを。もしかすれば少しでも考えが変わるかもしれない」
腕を組んで、天井を見た。天井には光が当たるとキラキラ光る装飾が付いていた。
「ここを退去しないのにははっきりとしたものはない。もちろん時間が経って、気が変わることもある」
ニムラは呆れた表情を見せた。ただ直ぐに表情を戻した。
「私にはあなたを強制退去させることも、処罰することも出来ません。あなただってわかるでしょう」
「薄々ね」
「郊外に出ていけば、少しはゆっくりと暮らせますよ」
「郊外に出ることは確かに一定の長さでは安泰だろうね。でも、必要としている人がいる。具体的には言えないけど」
「仕事ですか?」
「まあね」
「求められていることはとてもいいことだと思います。僕は・・・」
言葉に詰まったニムラは左右を見渡した。「僕は存在しないものですから」
誰からも存在を認められない。もし、自分がその立場だったら自分はどうやって生きていくだろう。首を掻き切って、泳げない水中で溺れるか。死ぬことだけを考えてしまうのだろう。
メネスカーの製造と発売は中止。とても残念だ。
確かに人には死というものがあって、それらが本人たちの承認なしに移行されるのは議論されるべきことである。
ただ、感情的になってはいけない。可愛そうだから、気に入らないから。たくさんの感情が混ざった挙げ句、生命の風なんて人権団体まで出てきた。生命の風は力を蓄え、この国でも勢力を広げ、記憶移行制限。
彼は大層満足したことだろう。目的はアンドロイドたちの人生を守るためだから。
しかし、記憶移行で亡くした家族を取り戻したいという強い気持ちを持っていたユーザーはどうする?
「人の人生は一度きりだからあなた達も従いなさい」
そんな冷たい言葉を投げかけられるだろうか。
私には出来ない。絶対にできない。
世界的な流行を見せた肺炎は姿を消したが、残ったのは人間が人間らしく生きることを強要された世界だった。
ニムラの悩みに触れた瞬間に神田は何かが話しかけてきた気がした。それははっきりとはしない。何が何だかもわかっていない。不安定になる。
「どうしました。体調でも悪いですか?」
「君に言ったところで上の人間に思いが染み渡るとは思えないから本音は言わない」
苦し紛れに言った、ニムラは神田の思いを読み取ったかのように、
「神田さん、この生活はあまりいいものではない。あなた自身はっきりとわかっているはずです」と言った。
説得に近いことを話し始めたが、神田は息を整えながら、「それはどうだろう」
「私は、ここで求められたことに全力で答える。だから今は簡単に逃げることもできない」
「・・・それは誰に求められているのですか。それは誰からの命令ですか」
神田は口を開けてニムラを見た。
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ニムラは30分程度でホテルを出た。四階からニムラのために出したコーヒー片手に、手を振ったが相手は振り返ることすらせず、そのまま消えていった。
自分の部屋へ戻り、クローゼットの中を覗いた。男の方から少し唸ったモーター音が聞こえた。機械の前に座り、記憶移行作業を始めた。
送られてきたメモリーカード内のデータを変換する作業に取り掛かる。他の記憶移行をするユーザーから譲ってもらった変換ソフトを介して先日運んできた第一世代のメネスカーにインストールをする。
黒色のウィンドウをバックにプログレスバーが進む。
その間に神田はクローゼットの中に入り、男のメネスカーを起動した。コネクタ部分は取り替えている。機械と接続をする。中にはオペレーティングシステムは入っているようだ。データの破損があるのか、再起動を繰り返している。中の記憶は残念ながらフィックス出来ていない。記憶は断片的に残っている。
起動後、10分程度待っても通常起動をしない。神田は、コーヒーカップを置きに部屋を出た。そして、違う部屋でソファの上で横になった。
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Reboot
Reboot
Reboot
Reboot
Fix The Problem
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敦子。敦子。
頭を打っていたみたい。
ここは病院だ。
二回目だね。
大丈夫、安心して。
僕がずっと付いているから。
僕は求められている
私は求められている
私は生まれた人たちを救うのだ。
私はそう、救世主になるのだ。
何かの罪を償うために。
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ニムラが座っていたソファに横になり、目を閉じていた。
はっきりとしない夢を見たあとの気分は良くない。
アツコの叫び声が聞こえた。神田は「どうした」と大きな声を出したが反応がない。アツコの部屋を進むと扉が外れていた。乱雑に部品や木片が飛び散らかっている。恐る恐る中に入る。アツコの顔が見えた。直ぐに駆け寄ると首や腕が反対方向に曲がっている。
「どうしたんだよ」神田は自分の声が震えていることに気づいた。恐れていたことが起きた。
「あ、あ、あ」
アツコは何か話そうとしているが言葉になっていない。
「喋るな。良いな。直ぐに直してあげるから」
今度は衝撃音があった。何か投げられたようだ。アツコが苦しんでいるところから離れるのは気が引けたが、隣の部屋に向かった。扉はアツコがいた部屋とは違い、律儀に閉められている。
扉をゆっくりと開ける。扉の先には裸の男が立っている。拾ってきたメネスカーだ。神田は「おい、お前」と叫んだが男は反応を見せなかった。恐る恐る近づく。ベッドが見えた。そこにはうつ伏せのジュンがいた。
痙攣を起こしている。「ジュン、ジュン」叫んでも反応はない。
男はゆっくりとこちらの方を向いた。目は灰色、メネスカーの機能が一部起動している状態だった。男は話し始めた。
「ここはどこだ」
「お、お、俺の家だ」
男は周りを見渡す。
「俺は誰だ」
「お前の事は知らない。だから、とにかく落ち着け。良いか、落ち着け」
神田は自分にも言い聞かせるように叫んでいた。
「勝手に記憶を覗いた」
「・・・自動修復したのか」
「俺は記憶を見られるのが一番嫌いだ。」
神田はメモ書きを思い出した。周辺に危害を加える可能性がある。ただ、実際にその場面に出くわしたことは今までで一度も無かったし、ありえないことだと考えていたからだ。製造時からある程度の制限をしているはずだ。ただこのメネスカーの言動から見て、以前の持ち主は解除しているようだった。もっと中身を見ておくべきだった。
「そんな単調な考えはやめろ。今、データを修復する。治す事ができる」
神田の問いかけには男は反応を見せない。神田は続けて話した。野生の動物に対して無駄に近い説得をするように口を大きく開いた。
「お前自分が何をしたのかわかってるか。二人だ。しかも同じメネスカーを殺そうとした。見逃す。見逃すから言うことを聞け」
男は首を回し、少し息を吐いた。動きは全く人間のようで、ロボットのようでもある。
「生きていく。仲間かどうかなど今は関係ない」
全く見えなかった。自分の首元にそいつの手が回った瞬間には指一本一本に力が入っていた。ガハッと弱々しい声が漏れたあと咄嗟に「やめてくれ・・・」と言っても男は力を入れていく。
足がギリギリのところで着く状態だ。手を相手の首元に回す、カチッと音がし、蓋が上から落ちてきた。床でカラカラと音を立てて回っている。指先でボタンを探る。指先に残った力でボタンを押すと男は首が真二つに割れたような動作を見せ、力が抜けていくように床に倒れかかった。
もうこいつは自分の考えなど関係ない。もうひとつの命として動いている。
神田は床に落ちた。全力で息を吸った。喉元に何かが突っかかる違和感を覚えた。ただ、ゆっくりしている暇は無かった。ボタンを押したメネスカーからモーター音が聞こえた。目は全開に開いているが瞳孔の部分が収縮を繰り返している。再起動を試みている。
近くのうつ伏せのジュンに這いずりの状態で近寄る。
「ジュン、ジュン」
声を掛けてもジュンは反応を見せない。口は広く開いている。頭を動かし、見てみると頬の部分が凹んでいた。
「ごめん、ごめん・・・」
顔を抱き寄せた。少しだけ暖かさが残っていた。
男のメネスカーからモーター音がうなり始めている。もうすぐで起動しそうだ。
アツコの部屋へ向かう。部屋の奥では先程と同じ、首は拗じられ腕は反対方向に曲がっている。顔に触れても冷たい。
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自分の部屋へ戻り、今後必要になるであろう、予備の機械とメモリーカード、現金をカバンに入れた。クローゼットの中にはもう一体の女性のメネスカーがいる。奥に置いていた専用のケースに入れようと考えたが、遠くから足跡が聞こえた。神田は入れるのを諦め、鞄の中を再度確認した。
現金はバラバラ、機械は傷が付いている。
メモリーカードは3枚。一枚一枚に付箋が貼られている。
「准」「敦子」「K 5G」
神田はそれらを確認し、カバンを締めた。3枚目の付箋をじっと見つめたあと、この部屋を出ることを決心した。
(終)
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ご覧いただいた皆さんに感謝いたします。
ええ、何が書きたかったのでしょうね?
お前が言うなよって話なんですが。
当初こそは、荒廃した世界で生きる話を書いてみたかったのもあったんですが、徐々に世の中から求められる意義というのを考えたくなったんです。
でも背伸びしすぎてまとめきる事はできませんでした。
リ・ボンの意味は、Rebornと装飾物のリボンをかけたつもりです。
生まれ変わる、生きる上できれいなものをつけないといけない難しさを表現したかったのですが・・・
格好つけるなよということです。全く。
設定もあやふや、登場人物の心の内もブレブレ。
一番の反省点は最後の対峙する場面での表現。
AV女優の演技ぐらいにひどいものでした。
もっと勉強をしていかなくては駄目だと痛感しています。
最後にどうせ読まれないとわかりきっているのですが、小説が私のnoteの中で一番読まれません。
映像や絵と違って、インパクトは全てを読み切ることで発生する小説はどうしても難しい生き物です。
素人のを読んで最後まで評価している人は私は尊敬しております。
プロのを読んでも合う合わないがあるのに、いやあすごいです。
そこからもっと読まれるためには、面白いうまい、そして宣伝も必要。難しいものだなって実感しています。
今年はもっと活発的に活動をしたいのですが、この作品と同じ路を進んでいる世の中に対してぶつける作品は私に出来るのだろうかとずっと考えています。
もう一度、ご覧いただいた皆さんには感謝しております。
またがんばります。
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